うとうとしているうちに死んでしまえればいいな、とぼんやり思う。うとうとついでの地獄落ちだ。痛いのや苦しいのは嫌だから、このまま転寝の続きとして、もうなんの痛みも苦しみもない場所まで行ければいい。そうなったら、姉は後を追って来てくれるだろうか。どこまでも一緒よ、と、俺を抱いたあのひとは。そして俺は、あの人に追って来てほしいのだろうか。地獄の底まで。

 夢うつつでそんなことを考えていると、枕元でスマホが鳴った。誰だろう、と引き寄せてみると、姉からの電話だった。もう、夫の次の出張日程が決まったのだろうか。それとも、昼間にどこかで食事でもしようという誘いだろうか。とにかく俺は、電話を取った。セフレの部屋で、裸のまま。俺はこれまで一度も、姉の電話を無視したことはない。

 「もしもし?」

 電話に出ると、躊躇うような一瞬の間。そして電話口から聞こえてきたのは、男の声だった。

 『祐樹くん?』

 聞き覚えのある声だった。でも、とっさに誰かわからず、俺は曖昧に頷くしかなかった。

 「……はい。」

 そして頷いてから、クローズアップされるみたいに一人のひとの顔が頭に浮かんだ。ああ、姉の夫だ。最後に会ったのは、俺が18だった大学の入学式。それ以来顔を合わせてもいないから、すぐには思い出せなかった。

 俺がそうやってぼんやりしている間に、控えめだけどきちんと意志の強いそのひとは、俺に会って話したいことがある、と持ちかけてきた。俺は少し迷った後、電話で今、話してくれないか、と頼んだ。

 恩のある人だ。このひとがいなかったら、今でも姉はあのいかがわしい酒場で働いていただろうし、俺は当然大学には行けなかった。それなのにそのひとの言うことに従えなのは、単純に会いたくなかったからだ。俺は、このひとに会いたくない。いいひとなのは知っている。金銭的な援助もうけている。それでも、どうしても。

 やさしい姉の夫は、しばらく黙った後、静かに口を開いた。

 『そろそろ、進路のことを考える時期だよね?』

 俺は、はい、とだけ答えた。大学三年の夏。もう、そんな時期なのは分かっていたけれど、俺はまだなににも手を付けてはいなかった。単位は足りているから滞りなく卒業はできるだろうけど、その先のことは、なにも考えていない。俺にとって将来なんて、ただぽっかりと口を開けている、暗くて底の見えない穴みたいなものだった。

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