疾走する獣のスカッド

えるん

n話

 あたり一面を覆うのは砂と砂と砂、たまにコンクリートの建造物、しかし建造物のおおよそ十割は破壊され風化され、建造物と称するに甚だ疑問な状態で砂に斜塔のごとく突き立っているだけの代物だから、実質、砂の他には何もない不毛の大地が拡がっていると言ってよい。

 焦焦じりじりと大気を焦がす天体は二つ、一つは昔なじみの、もう一つは数百年前に発生した大異変の果てに発生した新参者の太陽だ。

 二つの陽の下をゆく凸凹の人型も二つ。陽から守るべく頭に覆いをして面差しが陰になっていてもわかるほど小汚く目立つ無精髭と浅黒の肌、そのだらしない風貌に反して背筋はしゃんとして足取りも砂上とは思えないしかとした足取り。

 もう一方は男よりも頭一つ、二つ……小柄、貧相、体を頭巾のついた外衣、であったと思しきぼろきれで覆っているが、フードは使われておらず、その細い首の裏側で歩くたびにぺらぺらと揺れる。苛烈な陽光にさらされているのは貧しい身なりに似合わない白金のようなアッシュ・ブロンドヘア。少年のような乱暴な大股で歩く少女に従って、頭巾ともにしゃらしゃら揺れ動いている。

 あたりには何もないのに、歩く先には何もない光景が続くだけなのに、二人の足取りは確然として迷いがない。

 やがて二人は立ち止まる。視線は前でも上でもない、匙ですくいとったようにくりぬかれた、砂漠のクレーターに生えた街に、注がれていた。

 街。辛うじて廃墟ではない建造物と、後付けの粗末な建物、小屋などが寄り集まっているから街、という程度のもの。何より、人がいる。

 砂漠に突き立つ建造物のようなコンクリートではなく、廃材などで組み立てた粗末な小屋のひとつに看板らしきものが付けられていて、書かれた文字の意味は『ソバ』。

 内側、照明はなく薄暗いが、空から降り注ぐ二重の光は照明設備がなくとも十二分に明るい、少なくともメシを食うのには困らない。

 ずぞぞぞぞずるずると、薄汚いこの街の、あまり柄のよくない人々でも眉をひそめる品のない音を立てて『ソバ』をすするアッシュ・ブロンドヘアの少女。すすり上げると、細首に鈍重な首輪がはまっているのが見える。

 ハシ――これも廃材を再利用しているだけの代物で長さもまちまちで形も歪だが、そんなこととは関係なく少女の持ち方は幼児のごとくで、すすれているのが不思議なほど。

「…………」

 向かいには無精髭の男、頭の覆いを外したことで、右の眼が何かの革で隠されている様子が露わになっている。少女が乱暴にすするたび『ツユ』が男の眼帯に頬にぴっちぴちと跳ね飛ぶ。 男も同じ物を食っているから手には『ハシ』がありお手本のように綺麗なフォームで握られているのはだらしのない身なりとどこか野生の獣めいた風貌に反していて、意外の念をまわりに与えるだろう。

 何度目かのすぞぞぞぞずるずるで跳ね飛んだ『ツユ』が男の『ドンブリ』の中にイン。

 男は机を叩いて立ち上がり少女の名を怒鳴りつけた――が、呼ばわった少女の名は、建物を震わせるような咆哮にかき消された。

 街の人々はことごとく恐慌に囚われた。

 床に落ちて割れる『ドンブリ』、こぼれ拡がる『ツユ』、踏みにじられる『ソバ』、少女は食べる手を止めてそれらを見ていた。つやつやと光る瞳と唾液に危険な兆候を見た男が「食うんじゃないぞ」と釘を刺す。

「第一、食べている場合じゃなくなったようだ」

 付け加えて男は『ドンブリ』の上に『ハシ』を並べて置いて、出入り口、外から聞こえてくる人々の恐慌の声と、建物に響いていてくる振動、巨大な足音に意識を向けた。

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疾走する獣のスカッド えるん @eln_novel_20240511

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