輝きを知らない太陽は

エラ無し魚

プロローグ

 私を知らないあなたへ。


 寒さがひとしお身に沁みる季節となりましたが、いかがお過ごしでしょうか。

 今朝は、まるで銅を輝かしく磨いたような朝日の光が部屋のカーテンの隙間から室内に差し込んで来て、眠っている私の顔を照らしてきました。大半の人はそれで目覚めると気持ちの良さを感じることでしょうが、夜行性で日が昇ると同時に眠る私にとっては、とても不都合な陽射しでして。しょぼしょぼとした目を擦りながら、睡眠を妨げられたことに対する苛立ちを覚えています。

 そのまま、何となく眠ることが出来なくなって、カーテンを完全に締め切った暗い部屋の中、スタンドライトの明かりの下であなたへ宛てた手紙を書いているという訳です。


 ねえ、しゅんくん。

 今この瞬間も私はあなたのことで頭がいっぱいで、少しでもあなたの顔を浮かべれば、どうしようもなく胸が締め付けられて苦しい。息が詰まるのです。心臓を縄でギチギチと縛られているようなこの感覚、あなたは経験したことがありますか。

 この痛みの正体は、きっと恋なのだろうと思います。私は過去にも未来にもきっと一度きりしかない、人生を掛けれる程の燃え上がる恋愛を今あなたに捧げているのです。

 だけど、春くんは私がどれほどあなたを好きかなんて分からないですよね。

 だって、あなたは私のことを知らないもの。


 あなたに出会ったきっかけの話しをしましょうか。

 去年、私は友人に誘われて初めて2.5次元の舞台に行きました。

 見た目も性格も多種多彩な神様達がたくさん登場し、バトルを繰り広げるアクション漫画「奇神」は私の好きな作品で、それがまさか舞台化という形で実写化されるとは思いもしませんでした。

 実写化に対して批判的な意見が多い世間の声とは裏腹に、「奇神」という作品の人気と、あなたを始めとした俳優の人気でチケットは全日程満員御礼。

 当時の私は、友人に誘われ何の気なしに申し込んでいたのですが、今ではよくあの倍率を搔い潜りチケットを確保できたと、自分の強運さを褒めたくなります。

 そして、運良く取れたチケットで迎えた観劇日。

 舞台上で演技をするあなたの姿に私はすっかり魅了されていました。

 きっと役作りにはかなり苦労されていたことでしょう。プレッシャーも感じていたでしょう。

 というのも、ご存じだとは思いますが、あなたが演じたのは一番の人気キャラクター「ゼウス」役であり、物語の重要人物。その舞台化において、一番意見が割れる要因となったキャラクターです。

「ゼウスを実写化するなんて考えられない」

「ゼウス役の演技がダメなら、きっと駄作になる」

 そんな後ろ向きな意見を跳ね除けて、堂々と板の上で演技をする春くんの姿は、まるで本当に漫画からゼウス本人が飛び出してきたかのよう。

 私の脳内でイメージしていたゼウスの姿と、舞台にいるゼウスの全ての解釈が一致して、心臓をぐわっと掴まれたような感覚と、身体の奥底が興奮で熱くなるような感覚が込み上げてきました。それらが私の本能を支配してきて「片時も春くんから目を離すな」と、あなたに釘付けになったのです。

 これが私の心と人生を変えた運命の舞台の話です。


 私は、春くんの演じる役に出会えたことを運命だと思うことにしました。

 そこから、春くん自身に運命を感じるようになったのは、そう遠くはありません。


 実はね、私たちってたくさん会っているんですよ。

 最初は、あなたは舞台の上で私は客席。

 次第にそれだけじゃ足りなくなって、もっとあなたを感じていたくなった私は、今度はラジオを聴いたり配信を見るようになった。

 それも最初は見たり聞いたりするだけで満足していたけれど、コメントを読んでもらえる他のファンの子が羨ましくなって、今度はコメントを送ったり、お財布に余裕があれば課金してスーパーチャットを送り始めた。

 時々私のコメントに春くんが反応してくれるだけで満たされていたけれど、でも気付けばそれじゃ全然足りなくなっていて、もっともっとあなたに私を見てもらいたくなった。

 オンラインで春くんとお話しできるイベントに参加したのを皮切りに、春くんに関われるイベントがあれば必ず行くようになった。

 オフラインで開催されるトークショーやイベントにも足を運ぶようになり、例えば他の俳優が主役のイベントでも、春くんがゲストで少しでも出演するのであれば必ず行った。

 それと同時に出演する舞台はもちろん出来る限り全部観に行く。だって、私は春くんの演技がきっかけで運命を感じているのだから。仕事的にも金銭的にもしんどいと感じる日々が増えたけれど、春くんに会えるなら全然苦じゃなかった。

 あっ、そうそう。この前のCDの購入者から抽選で参加できるイベントにはどうしても行きたくて、人生で初めて百枚もCDを買ったんですよ。今までそんなことをするのはアイドルのオタクだけだと思っていたから、まさか自分がそれをする日が来るなんて思いもしなかった。

 稼いだお金の使い道は春くん、お休みの予定も有給休暇の予定も全部春くんの舞台やイベント次第。

 正直春くんといる以外の時間は何もなくて、空っぽで苦しい。

 でも、そんな苦しい思いをしながらでもいっぱい春くんに会いに行って、そこで春くんと一緒に過ごせた時間と空間…、何もかもが私にとってはかけがえのない大切な宝物なんです。


 だけど、あなたにとってはその全てがただの仕事なんだよね。


 分かっているはずなのに、それを自覚してしまう瞬間がいつも堪え切れないほどに苦しい。私はこんなにあなたの物になっているのに、あなたは私の物になってはくれないどころか、私の全てを占領していることに気付いてもくれないなんて。

 でもただのファンである私にこんなこと言われても、優しくて人想いな春くんを困らせてしまうだけだから良くないってことも分かっています。

 それにね、例えばこの手紙に私の名前を書いたとして、あなたには少しも私の人物像がピンとも来ないことも私はちゃんと分かっている。

 だからせめて、これからもイベントで直接2人きりで会える瞬間だけは、春くんの人生のコンマ数ページを私一色に染めて欲しい。このファンレターを読んでいる時間は私のことだけ考えていて欲しいのです。

 …なんて、これはファンとしてはさすがに重すぎるから、今の言葉は取り消しますね。


 だけど春くん。もしも、もしもの話しだけれど、仕事ではない完全にプライベートな環境で私と出会えたら、それは本当の運命だと思っていいかな。

 あなたに期待してしまってもいいかな。

 仕事をしている春くんの姿は、他のファンの子と比にならないくらい見ているし、最近は春くんの演技、声から今日の調子がどれくらい良いかも分かるくらいになってきた。それだけ仕事しているあなたを私は見てきた。

 でも、もうそれだけじゃ満足できない私がいます。

 今まで出待ちをしたことなんてないし、後を付けたりなんてもっての外。そこらへんのファンよりもファンマナーは良いつもり。

 これからも良いファンのままでいますので、ほんの少しの「もしも」を期待させてください。

 そうしないと、自分が壊れてしまいそうで怖いのです。


 最後に、私事ですが最近仕事を変えました。

 今までよりももっと大変なお仕事だけど、休みは自分の好きな時に取ることが出来るし、お給料も前よりもっと良くなったから、今までよりも春くん中心に生活することができそうです。


 だからね、今までよりももっとたくさん、あなたの近くにいることが出来ると思うの。


 ねえ、私あなたが欲しくて堪らないよ。

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