第四章 3


摩耶目線。


「…ちゃん。」


朝、通学中に立ち寄ったコンビニ。


「え、あんたコーヒー苦手じゃなかった?」


「大丈夫、これすっごく甘いし。」


そんな同じ制服の女子達の会話が聞こえて来て、彼女達が去った後に気になって手に取ってみる。


マッ〇スコーヒー。


練乳入りと書いてある。


試しに買って飲んでみると、確かに甘くて飲みやすかった。


「そうだ。」


もう一つ買い、カバンに入れる。


短時間に同じ物を二回を買うと、店員さんも微妙な反応をしてきた。


でも別に良い。


昨日のお礼とこないだのお返しも兼ねてアイツに押し付けてやろう。


今度は敵としてじゃなく仲間として挨拶してみよう。


そんな事を考えながら学校に着き、挨拶をする。


中川に感謝の言葉を告げられた時は少しドキッとしたが、悟られないように軽口で返し、早々にその場を離れた。


で、昼休憩。


「摩耶ちゃん!」


「は!?」


「もぉ…!


さっきからずっと呼んでるのに!」


「ご、ごめん。


なんだっけ?」


「朝からずっとぼーっとしてるんだもん!


挨拶しても返してくれないし…。」


「え!?

私そんなにぼーっとしてた…?」


「うん!すっごく!」


言われてみれば、朝の記憶はあるのにその後から今までの記憶は全くない。


うーん……私どうしたんだろう……。


そんな事を考えながら、ミルクティーを飲んでると、目の前に座る静が一瞬考え込んだかと思うと唐突に口を開く。


「摩耶ちゃん、もしかして恋したの?」


「ブフッ!?ゲホゲホ!


何よ!?いきなり!」


「ご、ごめん大丈夫?」


「あんたが急に変な事聞くからよ!」


「いや……えっと…この前恵美ちゃんに借りた漫画に描いてあったの。


周りが目に入らなくなるくらいぼーっとしてる時は、大切な人の事を考えてる時だって。


だってそれだけ集中出来るのは、好きだからだって。」


「わ、私は別にそんなのじゃないし……。


それに、私は彼氏なんかいらないって……!」


「摩耶ちゃん無理してる。」


言い切る前に静が口を挟む。


「…っ!?」


「私は摩耶ちゃんがどうしてそんな風に恋人を作るのを嫌がってるのかは分からないけど、無理してるって言うのは何となくだけど分かるよ?」


「別に私は……そんな……。」


「ごめんね、摩耶ちゃん、あんまり話したくないみたいだから聞かなかったんだけど……。


でもね、ここ最近様子がおかしいし……。


もし摩耶ちゃんが無理してそう言ってるんなら心配になるよ。


だって友達だもん。」


「静……。」


言われて静に打ち明けなかった事に申し訳なさを感じる。


でも私にとって静は初めて出来た大事で掛け替えのない友達で、こんな重たい話をして不快にさせなくなんてないと言う思いもある。


「私は摩耶ちゃんに無理してほしくない。」


分かってる。


静がそれで不快に思ったりドン引きしたりするような子じゃない事くらい。


でも怖いのだ。


どこかでまだあのクソ親父に裏切られて生まれた他人への不信感がチラついている。


アイツには全て話せたのに?


頭の中の自分がそう責めてくる。


「摩耶ちゃん?」


「ごめん……私……ね、その……恋愛にトラウマがあって……。」


振り絞るようにそう切り出す。


「う、うん! 」


「で、でもね、それはもうちゃんと決着つけたから!


だからもう心配なくて……その。」


「うん。」


「ごめん。」


「ううん、話してくれてありがとう。」


「うん。」


話したと言っても具体的では無い。


とは言え今はこれが精一杯だった。


実際決着は着いた。


クソ親父と決別し、私は私で幸せになるって誓った。


でもだから恋愛をする……?


正直まだ怖い。


自分もお母さんと同じ思いをするのでは?


そうなったら多分立ち直れない。


そんな事を考えて体を震わせた私を、静が優しく撫でてくれる。


「摩耶ちゃん、大丈夫?」


「う、うん。」


実際静だってつい最近振られたばかりでまだ辛い筈なのに。


「で、でも……もしもしもだよ?


私が恋人が出来たらあんたとそんなに一緒にいれなくなるかもしれないんだよ!?


あんな事があった後だし…。」


今の静を一人にしたくない。


そんな思いもあった。


でもその言葉を聞いた静は少し悲しそうな顔をする。


「摩耶ちゃん、私に遠慮してたの?」


「そ…それだけじゃないけど、でもそれもあると言うか…。」


「確かに摩耶ちゃんとそんなに話せなくなるのは悲しいけどね。」


「で、でしょ?」


「でも私に遠慮して幸せになれない摩耶ちゃんを見るのはもっと悲しい。」


「…っ!!?」


「私は、幸せな摩耶ちゃんの方が見てて嬉しいよ。


遠慮させてたなんてそっちの方が悲しいなー。」


「静…。


静!ごめん!本当にごめん!」


私は泣いた。


多分今までで一番。


そんな私を静は優しく撫でてくれた。


私はやっぱりまだ子供だ。


静の言葉に、あの時のお母さんの言葉を思い出す。


分かってるつもりだったのに。


一緒に泣いてくれたお母さんの気持ちに。


なのに静にまでそんな思いをさせてしまうなんて考えもしなかった。


アイツにあんな偉そうな事言ったくせに。


「私も全く他人の事言えないじゃん…。」



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