第三章 2


ヤス目線


最近一人で帰る日が増えた。


まぁもっともアイツが居ない時はいつも一人な訳だが。


いつもの帰り際。


次第に雨が降り始める


「朝は晴れてたんだがな。」


一人ボヤく。


「折り畳み……はロッカーに入れっぱか……。」


傘と言うのは面倒だ。


必要な時に無いと困るのに、必要ない時にあると邪魔でしかない。


アイツみたいだな。


いや……アイツはいつも邪魔だったわ……。


幼馴染の春樹とは、かれこれ十数年の付き合いだ。


小さい頃から無口でどこか冷めてると言われていた俺と真逆で、鬱陶しいくらいにヤンチャで明るく、友達も多い。


性格も趣味だって違った俺達だったがどう言う訳かアイツはよく俺に絡んできた。


「ヤス!一緒に虫取りに行こうぜ!」


「……暑いから嫌だ。 」


「暑いから行くんだろ?」


「馬鹿じゃねぇの……?」


そんなこんなで俺はなんだかんだコイツとよく遊んだ。


ヤンチャ故にか、よく怪我をするコイツに絆創膏を貼ってやったのも一度や二度の話じゃない。


唯一コイツと趣味が合ってた戦隊ヒーローのヒーローごっこをやってはレッド役をめぐって喧嘩になったりもしたが、喧嘩が終わった後にはなんだかんだ笑い合う。


俺とアイツの関係はいつもそんな感じだった。


それから母さんが死んだ後、アイツはそれまで以上に俺に構ってくるようになった。


「なぁヤス!今日さ!」


「おはよう!一緒に行こうぜ!」


「それでさぁあのテレビでさ!」


「よーし一緒に帰ろうぜ!」


「そんじゃ、また明日な!」


おはようからおやすみまで、飽きもせずに、だ。


「うぜぇ……。」


「酷くね……?」


必然的に俺はコイツといる時間が長くなる訳だが、春樹は俺と違ってその明るさとどこか憎めない人懐っこさで俺以外の友達も出来ていたし、高校になると彼女まで出来ていた。


その都度もうこいつも絡んで来ないだろうと思ったりした。


でも、だ。


「あぁ、悪い。


今日はヤスと帰るからさ。」


「昼飯、ヤスも一緒で良い?


出来れば仲良くしてくんね?」


挙句の果てには、二年になると彼女そっちのけで俺と飯を食おうとしてみたり。


と、言う具合にコイツは不気味なぐらいに俺との関わりを優先しようとした。


ある日、気になって聞いた事もあった。


「お前なぁ、なんでそんなに俺を巻き込もうとすんだよ。」


「いや……巻き込むって……別に良いだろ?


お前も皆と仲良くすれば良いだろ?」


「俺は一人が好きなんだ。


群れるのは嫌いなんだよ。」


「またそんな事言って。


だからほっとけねぇんだって。」


「意味わかんねぇっつの。」


いつものように軽くあしらうと、春樹はため息を吐いて肩を竦める。


「まぁ……ヤスは分からないか……。」


なんだよ。


と、悪態をつきたくなるが、どうせコイツなりに心配してるのが空回りしてるだけだろ。


くだらねぇといつも通り俺は机に突っ伏して目を閉じる。


コイツとの関係は大体こんな感じ。


とは言え、今更になってそれに変化が起きた。


アイツが彼女と別れた。


そして奴は……その寂しさを埋めるかのように俺に更に絡んで来た。


代わりに弁当を作って来いとか言い出した時には吐き気を覚えたりもしたが、、結局コイツは最終的に自分で自分の気持ちに気付いて、それを沢辺に打ち明けた。


そして沢辺もそれを受け入れた。


過程がどうあれ、最終的にまた繋がってでなんやかんやハッピーエンド。


これで俺の役目は本当に終わり。


いつも通り俺は一人で平穏な日常を送る。


平穏……か。


ここ最近はあいつの周りだけじゃなく俺自身にも色んな事があった。


合宿では夜にトランプしたし、夏休みにはカラオケに行ったり。


ん、俺どっちも寝落ちしたんだっけか。


体育祭もなんだかんだ本気出したっけか。


そのせいで久しぶりに体調を崩した時には春樹だけじゃなく小池が見舞いに来たりとかもした。


そう言うのはまぁあいつのおかげ……いや、あいつのせいだな。


普通に面倒事に巻き込まれただけだわ……。


でもなんだかんだ悪くなかったのかもしれない。


まだ母さんが生きていた頃。


体が弱かった母さんを助けるために俺は自分に出来る色んな事をした。


部屋の掃除も洗濯も、料理だってそれなりには覚えた。


でも今はその母さんは居ない。


なんだかんだ俺は、そのやたらと……鬱陶しいぐらいに絡んで来る頼りない幼馴染と母さんを重ねていたのかもしれない。


面倒事を押し付けられたと思っておいて、結局ここ最近過ごした時間はなんだかんだ悪くなかったのかもしれないと思える。


でももうあいつも大丈夫だろう。


俺が何かをする必要はない。


たまに背中を蹴り飛ばすくらいで充分だろう。


あんなに大事だった母さんを失ったあの日から俺は、守りきれず最後に泣かせてしまった後悔と罪悪感。


そして。


なら俺は今何のために存在しているのだろか。


そんな思いばかりがいつも頭の中を駆け巡る。


当然いつまでも考えたところで答えなんて出ない。


その答えを誰かが教えてくれる事だってない。


そんな事はもうとっくに分かっていた。


雨脚が段々強まる。


手近な屋根のあるスペースに駆け込む。


めんどくせぇな。


こうしてその場しのぎの場所を見付けたは良いものの、いつまでもここにとどまっている訳にもいかない訳で。


ちょっとでも弱まったら走って帰るか。


そう思って空を見上げるも、雨は収まる所か


より勢いを増していく。


こりゃ……覚悟を決めるしかねぇか……。


頭に鞄を乗せるように構え、突っ走る準備をする。


と、そこで。


「あ!敵!」


めんどうな奴に絡まれた。




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