バレッタと魔女

ろぜ

第1話 魔女ひとり、少女ひとり



今日は学校へは行かない。

母から家の手伝いを頼まれたから。

まぁ、その頼まれたことが厄介なんだけど。

これは今から数時間前__。


今日も学校行かないんでしょと母は私を呼び止めた

その手は産まれたばかりの弟のおしめを替え左足の指でパペットを掴み転んで泣いてる今年3つになる妹をあやす。そのまま口を動かし私にこう言った。

「ネージュの森まで行ってきてくれない?見ての通り忙しいのよ。そこに置いてあるバスケット持って魔女の家まで届けてきて!頼んだわよ!」

そしてそのまま体よく半ば追い出されとぼとぼ歩いて今ネージュの森の半分まで来たところ。

疲れたけど休んじゃいけないよね。ちゃんと届けよう。

バスケットの中身はリンゴ。これを必要とする魔女ってどんな人なんだろう?

みんないいかげんな噂ばかりでどんな人かはまったく知らない。

目がひとつしかないとか長髪の美男とかうちの妹ぐらいとかどの噂も一貫性がない。

段々木が別れて道になってきた。あの奥に見えるのは小屋?それとも家なの?


その時風がビュウと吹きそのまま家の中に押し込まれてしまった。

「な、何!?」驚いている私を見もせずその人は言葉を返してきた。

「何はこっちの台詞。誰お前。リンゴはありがたく貰うけど」そうだバスケットは!?

辺りを見回すと積まれた本の上にきちんとバスケットは傷一つなく乗っている。なんで?

ううん、答えは分かってる。

目の前に居る青みがかった白髪がほつれたローポニーに結ばれて、ネイビーのワンピースはぼろぼろの白衣で覆われてる。アンバーの瞳、眠そうなタレ目。この人が魔女だ。


「ずっとちんたら歩いてくるから日が暮れるかと思った。だから突風を起こしてうちに招いたの。で、もう1回訊くけど誰お前」

そう言われて自分が名乗っていないことに気付いた。

「私は、ベリル=シャプロン。北の街レンガ通りから来ました。母の手伝いで」へぇとつまらなさそうに一言で片付けられる。

「お前目悪いのか」その通り。私は3ヶ月前から金縁の丸眼鏡をかけるようになった。

「そうです。見た通りで…」魔女は山のように手に取った瓶を机に置いた。

「ふぅん。私は嫌いだそれ。自分の目でしっかり見る気がないやつが付けるものだ。お前に必要なのはそれじゃない」目が悪くなったからつけてるんだけどな。

「その目、治してやろうか」魔女ってなんでもできるんだろうか。

「出来るならお願いします!」

「なんだよ出来るよ案外失礼だなお前」

初対面でお前呼ばわりの方が失礼な気もするけど気分が変わったら困る。

「すみません、お願いします」

はいはいと流されてしまい「お前何が払える?リンゴは別だよ」

そうか、対価…はお財布家に置いてきたし、渡せる物が無い。

「ていうか10代からお金とるんですか?」魔女の片眉が上がる。

「何もお金とは言ってないし依頼するなら支払って当たり前。年齢は関係ない。10代からとるななんて法律もない」淡々と言われ、ぐうの音も出ない。

「でも今お渡しできるものは特に無くて。」魔女はニヤリと笑った。

「じゃあその眼鏡でいいよ」

魔女と私は3mは離れてるけど眼鏡はふわふわと宙を漂って魔女の手元に渡ってしまった。本当に魔法使いなんだなぁ。


「ピクシーが脱いだ羽、朝露に濡れたバラの花びらを4枚、巨人の汗を1滴、そして丸眼鏡」

それらは大釜で溶かされ1つに混ざっていく。

魔女の指先からはよく見えないけど光が放たれてる。

輪っか状の雲が出たところでそれは終わったようだった。

「この小瓶をぐっとひと息で飲んでごらん」

ペリドット色の液体がひし形の瓶に詰められてきらきら輝いてる。

これを飲めば目が治る?本当に?

半信半疑で言われたままひと息で飲んでみた。

なんだか不思議な酸味が舌を直撃した。

「うっ。美味しくない…。」魔女はケラケラ笑っている。

「でもよく見えるだろ」


あぁ、あんまりに酸っぱかったせいかな。なんだか涙が溢れて止まらない。

それは若干14歳という多感な年頃の娘を泣かせるには十分劇薬で、ずっと胸で塞き止めていたすべてを涙に変えて洗い流してくれるようだった。

そして気持ちが落ち着いて顔を上げてみると

そこには古びた木枠の窓越しに小鳥が飛ぶ青い空が広がってた。

そうだ、空ってこんな色だった。くもりのない心でしっかり空を見上げたのはいつぶりだっただろう。

もうきっと、あの春から見てなかった気がする。

「あの、あれはなんの薬だったんですか」

分からないで飲んだ私も私なんだけどなんだか急に気になった。

「ただの泣き薬」そんな。私はこの人の悪戯でただわんわん泣かされただけだったの?

「そんな顔するな。嘘だから。あれは心のくもりをとるんだよ。疲れのもとみたいなもんかな。心がくもるとレンズもくもる。だから急に目が悪くなった気がしたんだよ。いまは気分が晴れてるからちゃんと見えてるだろ」

そうだ、魔女は私が泣き続けてる間も温かいお茶やティッシュを傍に置いて何も聞かなかった。

眼鏡を盗った時のように魔法じゃなく手作業だった。

その温かさに安心して泣けたのかもしれない。

「ありがとうございます。あの、名前を伺ってもいいですか」この人のことが知りたい。

「魔女が簡単に名前を明かすわけないでしょ」

一蹴されてしまった。

「ここにも必要ないならもう来なくていいよ。親にも伝えておきな」

なんだか一気に距離を置かれてしまった。名前を聞いたのが良くなかったかもしれない。

でも、でもだよ?そんな言い方ある?

ずっとこの人単調にしか喋んないし見た目私と歳がそんなに変わらなさそうなのに。

なんだか腹が立ってきた。


「いいえ!対価以上に恩を返したいのでこれから毎日来ます!」魔女は目をひん剥いてこちらを見る。

目がちゃんと見えるようになって気付いたけど、この部屋すっごく汚い!

薬棚は綺麗だけど、本棚も壁も床も埃が積もってくすんでいる。バスケットの下なんて10冊以上は本が積まれてる。大釜だって煤だらけ。今にもねずみが出てきそうだ。

「明日は掃除道具を持ってここに来ますから!」

そう言って私は魔女の家から駆け出した。眼鏡がなくなったことは怒られるだろうけど、とってもいい気分だ。魔女の家にはきっと私がやれることがある。

これからの毎日を見つけた気がした。

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