第38話
*
塩原とタイマンで話したあと、俺は熱中症のようなものになって家でぶっ倒れた。
午後にやりたかったことも夕食も全部パスして、水をがぶがぶ飲んで氷枕をして寝られるだけ寝た。
翌日にはすっかり良くなっていたから、ただの緊張疲れだったのだろう。念のため今日はゆっくりしようと思っていたところ、上杉から電話が来た。
上杉はこのままじゃ夏休みを楽しく過ごせないと言い出し、彼の家に急きょ呼び出されていた。
「ナル! なんだよその顔! もっとしゃきっとしろ、まだ朝だぜ!」
「ちょっと昨日熱で倒れて」
「はあ、病弱か!?」
上杉はかなり元気らしい。家に上がると、寝起きの上杉姉がいた。
「おはよ。あれ? 蒼環くんじゃない。久しぶり」
寝起きの姉の顔は、弟の上杉ととてもよく似ている。
「おはよう。薫さんも夏休み?」
「そんな感じ」
じゃあね、と言って、上杉姉は台所までふらつきながら歩いていった。上杉がやれやれ、という顔をしている。
「やっぱり似てるね」
上杉の部屋に入って腰を下ろすと、俺は思い出し笑いをしてしまった。薫さんも上杉と一緒で、ちょっと色が浅黒くて笑うと愛嬌がある。
「そうか? でも、ナルんちもそれなりにそっくりだぜ」
「俺と、遙?」
頷きつつ、上杉が散らかった机の上から紙とペンを探している。ペンが見つかる頃には、机がまた一段と汚くなっていた。
俺が部屋の隅にある小さな折りたたみ式のテーブルを床に出すと、その上に上杉が紙とペンを置き、俺の正面にどかっと座った。
「じゃあまず、これからの一週間の計画。動けなくなるくらいまで遊びまくるぞ」
「それはちょっとやりすぎ。っていうか、その前に遊ぶって誰と?」
「俺と琴音とナルと茅野」
「えっと……」
動揺している間に、上杉は「ここは、山登りだな。決定!」と勝手にスケジュールを組み始めている。
「次の週には川に行こうぜ」
「ちょっと、上杉。気が早いって。川田には茅野のこと話したのか?」
「おう。びっくりしてたみたいだけどな」
さらっと言われて、俺のほうが目を丸くした。
「それで、川田はなんて?」
「別に、なんとも言ってなかったぞ」
そんなものなのか? あれだけ村のことや文化について真剣に考えていた川田が、茅野の正体を知ってなにもないはあり得ない気がする。
「そういうナルこそ、茅野とは話しついたかよ?」
――そうだ、茅野。
俺はまだ、肝心な茅野と話をしていない。
「まだだよ」
「じゃあ、今から茅野本人を召喚だ」
「はぁっ!?」
俺が素っ頓狂な声を出した時には、上杉はすでに携帯電話を耳に当てていた。
「上杉ちょっと待てって!」
俺が止めようとしたのを片手で阻止して、上杉は「もしもし~!」と大きな声を出している。
斎主をすると決めたけれど、茅野と話す内容をまだまとめ切れていない。
だが上杉は俺のことを待ってくれるはずもなく、電話に向かってけらけら笑っている。
「じゃあ顔洗って十分で来いよ。無理とか言うな、茅野ならできるっ! ナルもいるんでじゃあな!」
なんなんだ、その『ナルもいるんでじゃあな』って!
上杉を止めることができなかった俺は、もうなんだかいろいろとあきらめた。
「ナル。そんな顔すんなって。茅野来るってよ」
「わかったよ」
このままじゃ話さないまま時間だけが無駄に過ぎていく。
だから、上杉みたいな猪突猛進な性格の奴が近くに居てくれるのは、俺にとってはいいことなのかもしれない。
しばらく二人で夏休みの計画を立てていた。三十分ほど過ぎたころだろうか。階段を上ってくる足音がした。
「……入ってもいい?」
コンコン、というノックのあとに、小さな声が聞こえた。
一瞬、俺の心臓が大きく脈打つ。茅野だ。
「ナル、しっかりしろって。麦茶のんで、深呼吸して!」
「大丈夫だから、あおるなよ」
上杉は「どーぞー!」と大きな声で茅野の入室を許可した。
ゆっくりとドアが開いて、隙間から覗き込むようにして茅野が顔をだす。
「おはよう」
毎日会っていたのに、夏休みになって数日あわなかっただけで、ずっと会っていないような気分だ。
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