第4話

 俺が首をかしげると、相手も負けじと首をかしげている。


 なんとも言えない神妙な空気が、俺と茅野の二人しかいない教室内を流れていく。計画は一つも進んでいない。


 ちょっとしゃべっては沈黙を繰り返していた。


「茅野。まじでさ、首ひねってないで考えてくれよ」

「考えてるよ、ちゃんと」


 即答するわりには、なにも考えていないような表情をしている。眠たそうな目もとが、彼女の表情をよりいっそう読み取りにくいものにしていた。


「昔は、入ってもよかったみたいなんだけどな」

「そうだったの?」

「ああ。でも、フェンスの外にまで登ったアホな生徒がいたようで、それ以来、立ち入り禁止」

「ちなみに、その人は落ちたりして……?」

「ないない。そんなことがあったら、大騒ぎだよ」


 けが人は出なかったものの、学校側は屋上を開放するのをやめたのだ。


 今はそのアホを恨んでも仕方がないが、ひとこと言わせてもらえるのなら「バカ野郎」につきる。


 その「バカ野郎」を超えることをしようとしているのだから、悪口を言える立場ではないのだが。


「ダメだな。これじゃらちが明かない」


 俺たちだけじゃ、屋上に登るどころか、到底盗賊も泥棒もできないだろう。


「素直に先生に言ってもダメかな?」

「それはもう試した先輩たちがたくさんいて、もちろん結果は惨敗」


 教育現場というのは、なにかがあってからじゃ遅いらしい。

 それに、一人に許可を出したら、全員同じにしないと不公平になるということらしい。


 大人というのは、もっともらしい嘘をついて子どもたちを抑圧する生き物なのかもしれない。


 誰も、責任を取りたくないんだ。


 もちろん俺が教師の立場だったら、絶対に許可なんかしない。面倒ごとはごめんだから。


「やっぱりこっそり行くしかないのかなぁ」

「だとしても、大会議室が厄介なんだよ」


 屋上につながる通路の奥には、教師たちが使う大会議室がある。そのため、その周辺は職員がよく行き来している。


 見つかったときを考えると、あんまりよくない。万が一謹慎になったら、親になんて言い訳するかを考えただけでげっそりする。


「でもまあ、謹慎くらいならいいか……内申書に書くぞとか言われるよりは……」


 俺がブツブツ呟いていると、教室の引き戸が開いて長身の生徒が勢いよく流れ込んできた。


 突然のことに驚いた茅野が、文字通り両肩をびくっと跳ね上げる。


「……ナル! いた!」


 大声で俺のあだ名を呼びながら入ってきたのは、色の浅黒いかなりの長身の生徒だ。


「……上杉?」


 彼――上杉浩平うえすぎこうへいはこちらに向かってずかずか歩み寄ってくると、「ほれ、早くせんか!」と言いながら俺の手を引っ張る。


「は? なに?」


 わけがわからなくて上杉を止めようとすると、彼は俺の顔を見て眉毛をつん、と上げた。


「『なに?』じゃないだろ。今日火曜日、チューズデー。部活部活!」


 上杉の言葉の意味を理解するまで一拍間があいた。そしてから、やっと事の重大さに気付く。


「……うわ、忘れてた」


 上杉の手を離すと、急いで立ち上がる。


「悪い、茅野。また明日!」


 上杉は、そこで初めて茅野がいることに気付いたようだ。しかし俺はすでに教室の扉までダッシュしていた。


 教室から取り残された茅野が、不思議そうな顔で手を振っている。手をふり返すと、狼狽えている上杉を引っ張って教室を出た。


「まずい、急がないと……!」


 焦っていると、隣を走っていた上杉が、俺の肩を文字通りがっと掴んだ。


「わっ――なんだよ!」

「ナル、すまん!」


 上杉は両手を頭の上で合わせ始める。走るのをやめて、俺は上杉に向き直る。


「なにが? どうした?」


 いきなり、なにに対して謝り始めたのか理解ができない。心配になって彼の肩に手を置くと、上杉ははじかれたように顔を上げた。


「茅野との時間を邪魔したよな、俺」


 上杉が俺のことを上目遣いで見てくる。


「悪かった! 怒らんでくれ。悪気があったわけじゃないんだよ」

「いや、邪魔したのは邪魔したけど、別に……」

「というか、二人がそうだったとか知らなくて!」


 意味がわからなかったのだが、上杉の言動からやっと察しがついた。


 放課後に二人っきりで教室に残ってにらめっこしていたら、さすがに俺だって俺じゃなくったって、いろいろと勘繰ってしまう。


「俺と茅野のことだよな?」


 上杉は声にならない息を漏らして、またさっきみたく俺を拝む格好になった。


「勘違いしているみたいだけど、付き合ってるとかじゃないよ」

「マジ?」

「嘘つく必要がないだろ」


 上杉は俺の言葉をきっちり理解したようだ。


 しかし、彼の表情にはいまだに困惑と疑問が残っている。


 じゃあなんで二人でいたんだ? なにをしていたんだ? というのがそのまま顔に書いてあるかのようだった。

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