序③

 顔なじみや幼馴染がたくさんいて、たいがい一緒に育つ。なのに、茅野とはしゃべった記憶がほとんどない。


「だって私、中学で転校してきたから」

「うそ? 初耳」


 だから彼女は昔の俺のことを知らないし、俺も茅野のことをまったく知らなかったのか。


 転校生なら目立つはずなのに、ちっとも覚えていないとは。


「成神くんって、あんまり他人に興味ないよね」

「否定したいけど、実際そうだな。茅野とは小学校から一緒だと思っていたみたいだし」

「あはは、記憶違いだよ。でも、なんかそう思ってもらえるの嬉しいな」


 他愛のない話をしながら歩くと、いつの間にかわかれ道に到着する。この道をまっすぐ行けば俺の家の方向だが、右に曲がると茅野の家らしい。


 彼女の家に向かう道は山の裾に繋がっている。すでに山のふもとまで雪雲が下りてきているのか、靄がかっていた。


 茅野の家は山の裾に近い中腹にあるのだ。


 彼女の小柄な身体が、家に到着するまでに雪に埋もれてしまわないか心配になった。


 赤いマフラーを巻いた、小さい影が俺から数歩離れた。というより、俺が立ち止まり、茅野が二、三歩歩いたんだ。


 茅野はポケットに手を突っ込んだまま、マフラーと同じ色に鼻と頬を染めてこちらを振り返った。


「じゃあね、成神くん。また一緒に帰ろう」


 俺はうなずいて、ポケットにしまっていた手を出して振った。外気に触れた手が、ものすごく痛い。


 斜めになっている道を、茅野はとことこと歩いていく。


 彼女の後姿を、小さくなって見えなくなるまでずっと見ていた。


 雪が彼女をすぐに包んでしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る