第33話:夏は短し戦(バト)れよ乙女⑦
「リサ! そこから離れて、危ないわ!!」
「陛下、大丈夫です!! 我々の方でもあらかじめ備えを――」
真夏の太陽でも落ちてきたか、と思うほどの強烈な光で目が眩んで、まずいのは分かっているのに身体が動かない。心配してくれる陛下と、それをなだめようとする殿下の声が聞こえる。そうこうするうち、頭上でぶん、と何かが大きく動く気配がした。明らかに、振り香炉とは音が違う。
(あああ、やばいやばい……!!)
――どぉぉぉぉん!!!
直後、思った通り巨大なものが落ちてきた。が、幸い理咲は掠りもしていない。誰かが思い切り引き寄せて、庇ってくれたおかげだ。
「賢者殿、ご無事か!?」
「あ、はい、何とか……、え?」
まだ目がちかちかするのを堪えて見上げた先に、聖堂まで案内してくれた儀仗兵たちのリーダーがいる。相変わらず兜の面宛てを下ろしたままで、顔は全く見えない。
なのに、何故だろう。いまになって急に、どこかで会ったことがある気がしてしょうがないのだが。
「ラウラ殿! 宰相方を転送術で隊舎前に、ここは自分らが食い止める!!」
「了解!! 小鳥ちゃんのことも頼んで良いわね!?」
「無論です!! ――皆、逆賊を討つ用意は良いか!?」
「「「応ッ!!!」」」
リーダーの号令一下、今まで壁際に整列していた儀仗兵たちが、一斉に兜を外して放り投げた。その下から現れた面々を見て、こんな状況にもかかわらずあっ、と叫んでしまう。なぜなら、
「アベルさんとロイくん!! それからえーっと、こないだ火傷の治療に来たみんな!?」
「ははっ、良い反応ですねぇ。こっそり仕込んどいて正解でした」
「ケガがなくてホント良かったです! でもあの、おれたちよりも後ろの人に気付いてあげてほしいかなー、とか……」
「え? うしろ?」
「……余計な気を回さんでいい、ロイ」
言いにくそうに指摘する友人に首を傾げたところ、それを補足するように知った声がした。こちら側に来てからほぼ毎日聞いている、大変耳が幸せな良い声だ。間違うはずもない。
「ノルベルトさん!? えっ、さっきと声が違いますよ!?」
「兜の口元に、声音を変えるための術を掛けていただきました。あれは我らの声を知っておりますゆえ」
会ったことがある、と思うはずだ。リーダーのひと際立派な兜の下から現れたのは、異世界初日からお世話になりまくっている第二隊長だった。相変わらず理咲に掛けてくれる声は優しいが、言葉の端に鋭い棘を感じる。原因は言うまでもない。
「あれって何よあれって!! たかが兵隊のくせにエラそうにしてんじゃないわよ!!!」
「まだいたの……って、うわ、何ですかあれ!?」
「おそらく、装身具に魔石を使っていたのでしょうな。魔力を含んだ宝石で、錬金術師の加工によって
相変わらず二目と見れない形相の星蘭を担いで、聖堂に仁王立ちしている巨大な影があった。いずれも彼女が身に着けている、揃いの意匠のアクセサリーにはまった宝石と同じ真紅で、目も鼻も口もないのっぺらぼう。だが首から下はゴリゴリのマッシブ体型で、二の腕だけで理咲のウェストくらいはある。そんな異様な風体の存在が、全部で三体居並んでいた。
ノルベルトの解説がなかったら、絶対守護者だなんて分からなかっただろう。そんな異形の肩の上から、使用者が金切り声で喚き散らしてくる。
「ちょっと顔が良いからって調子に乗るなバーカ!! あんながり勉根暗のちんちくりんにホレて、四六時中付きまとう変態なんてこっちからお断りよ!! あたしが声かけた時にもっと愛想よくしとけば、愛人くらいにはしてやったのに!!!」
「……うーわ。前情報である程度分かっちゃいましたが、こりゃ凄いのが来ましたねぇ」
「ふ、副隊長!! そんなこと言ってる場合じゃありませんってばーっっ」
聞くに堪えない罵詈雑言に、肩をすくめてみせるアベルを必死で突っつくロイ。そりゃそうだ、理咲だって同じことを思った。
なんせ、言われた当の本人――理咲を庇うように背中を向けているが、とにかくその周辺がすうっ、と寒くなったのだ。空気が冷えたとかではなく、物理的に温度が下がっている。今までの比ではなく、心の底からやばい!
「――言いたいことはそれだけか。ならば自分からも申し上げるとしよう。
己が愛を乞う相手は、己自身で決める!!
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