第31話:夏は短し戦(バト)れよ乙女⑤



 ――ぶおおおおおおん!!!


 「「「わあああああ!?!」」」

 重い風鳴りを引き連れて、巨大な影が降ってきた。あわや居並ぶ面々を直撃する、と思いきや、すれすれのところでぐんと弧を描く。そのまま反対側の壁際まで振れていったのは、鈍い金色に輝くボールのようなものだった。複雑な模様に切り抜かれた籠のようになっていて、天井から頑丈そうな鎖で吊るされている。

 振り香炉というものだ。本来は両手で持てるくらいのサイズだが、ヨーロッパのとある教会に巨大なものがあって、何かの行事がテレビ中継された時に見たことがある。中で炭と香を焚いて、その煙を参加した信徒さんたちの上に振りまいて祝福するために使うらしい。あれって頭に当たったらすごい痛そう、という、わりと失礼な感想を抱いたものだが、それはさておいて。

 キリスト教の教会ではなく、こちら側の神様を祀った聖堂だが、基本的な用途は一緒だ。現に集まった一同の頭すれすれを、物騒な音とともに行ったり来たりしている振り香炉からは、もうもうと煙がまき散らされていた。理咲の好みで行くとかなり甘めだが、エキゾチックかつ柔らかい良い香りだ――と、

 「「「う゛……っ!?」」」

 一斉に呻いて、宰相たちがその場にひざを付いた。皆一様に口元を押さえて、青い顔で震えているのを見て、星蘭がさらに混乱する。

 「えっなに、皆さんどうなさったの!? ちょっとあんた、破れかぶれで毒でも盛ったの!?!」

 「盛るわけないでしょーが。ていうか黙っててくれる? 聞こえないから」

 「はああ!?!」

 いい加減やかましいのでぴしゃりと撥ねつけたところ、相手の顔がみるみるうちに真っ赤に染まった。自分のセリフを途中で遮られたことなんてないんだろうなぁこの人、と冷めた思いで睨んでいると、

 「~~~~っまことに申し訳ない!! わしら欲に目が眩んでおりました、偽証すれば領地の資金繰りに力を貸すと言われ、つい!!」

 「聖女様の仰る通りに証言すれば、筆頭宰相に推挙してくださると言われ……!!」

 「う、うちは家内と揉めてて……仲を取り持ってやろうと言って下さって……」

 「子どもらに王家のツテでいい縁談を下さると……ううう、お恥ずかしい」

 「「「うおおおおお~~~」」」

 「ちょっとー!!! なにあっさり暴露してんのおっさんたち!?!」

 突然滂沱の涙にむせび始める、グランフェルトの中枢を担っているはずの皆さん。華麗過ぎる手のひら返しに、持ちかけた側が大慌てしているが、バラされた時点で後の祭りだ。

 (よし、読み勝ち! 宗教にかかわりが深いって来歴のおかげだ、アドバイスありがとうラウラさん!!)

 実は医務室で別れた二人、大人しく待機などしていない。あらかじめ決めてあったとおりに先回りして、振り香炉の中に出来立ての精油をありったけ注ぎ込んでくれたのだ。

 その内訳は白檀サンダルウッド乳香フランキンセンス没薬ミルラ。どれもこれも昔から、寺院や神殿の儀式で魔除けなどとして焚かれてきたものである。こっちの世界でもそれは同じで、理咲のアロマテラピーがプラスされたことによって更なる相乗効果が得られた。

 考えてみてほしい。私利私欲で人様をハメようとするとき、これは悪いことだと自覚していないものの方が少ないはずだ。欲の方が何らかの理由で消滅したとき、自覚しつつ見ないフリをしていた罪悪感はどうなるか。――答えは目の前の、ちょっとばかり異様な光景が物語っている。



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