第30話:夏は短し戦(バト)れよ乙女④


 「………………、はあ??」

 実に十秒ばかりは沈黙しただろうか。わざと溜めたわけでも何でもなく、本当に意味が分からなかったのだから仕方がない。

 が、相手はそんな理咲の態度がお気に召さなかったようだ。わりと離れているにもかかわらず、星蘭の頬のあたりが痙攣したみたいにぴくぴく動いたのがよく分かった。まずい、あれってワガママが通らなくて爆発する寸前の顔だ。

 そう危機感を覚えたところで、気を利かせた殿下が間に入ってくれた。ありがたや。

 「やあ、突然済まない。ちょっと困った事態になってしまってね、いくつかリサ殿に訊きたいことがあって呼ばせてもらったのだが」

 「……大体想像がつきますけど、一応お聞きしますね。何がどうなって罪人扱いされてるんですか、わたし」

 「うん。ここしばらく、城内でものが壊されたり、あるいはなくなったりという事が続いている。いずれの事案もリサ殿、君が住まっている王城東側に集中しているらしい。何か心当たりはないだろうか」

 「あぁ~~~~……はい、聞いてはいます、ええ」

 知っているかも何も。東側どころか王城全体、いや王都全域の事件は、ノルベルトが所属する近衛騎士団に報告が入るのだ。所轄によって実働する部隊は違うらしいが、オパールのお膝元で起こったことなら、確実に彼らの知るところだ。

 だからもちろん、彼らに常日頃から良くしてもらっている理咲だって知っている。知ってはいたのだが、まさかこんな真正面からケンカを叩き売られるとは思っていなかった。笑うのを通り越してあきれてしまう。

 (……うん、わたしだって異世界転移とか転生モノ知ってたしな? 星蘭が悪役令嬢モノとかざまぁ展開、って概念を全然知らない、わけないよなぁ)

 そして身に覚えのない罪状について、はなからこちらが犯人と決めつけた上でさらし者にする。その手のマンガや小説でよくあった、いわゆる断罪シーンそのものだ。

 (目立つの大好きな星蘭のやりそうなことだな……状況からして、上層部にはとっくに根回しが済んでるはずだし)

 医務室、もしくは近衛第二隊の面々に、アリバイを証明してもらうという手はある。が、この場に宰相クラスばかりが集まっているところを見るに、無実を訴えてももみ消されるだけだろう。それだけならまだしも、庇ってくれる皆にまでいらない弾圧が降りかかる危険があった。

 コネと愛嬌をフル活用して、自分の良いように状況を転がすのは、相手のいちばん得意なやり方である。はた目には完全に『詰み』の状況だ。現に聖女様、さっきの目がつり上がった恐ろしい形相を引っ込めて、実にイヤな感じににやにや笑っている。自分の勝利を信じて疑っていないのだろう――、引っくり返す余地はある!

 「どうしたの~? ほらほら、言いたいことがあるなら言ってごらんなさいよ。聞くだけ聞いてあげるから――」

 「うっさい!」

 「ッ、は!? しょっ、はあ!?」

 「すいません殿下、ここにわたしの味方してくれるひとっていないと思うので、ちょっと応援呼んでいいですか?」

 「ああ、もちろんだとも。儀仗兵の誰かに遣いを頼もうか?」

 「大丈夫です! 自分で呼んでこれるはずなので!」

 「待ちなさいよちょっと!! あんたねぇ、容疑者がふらふら出歩けるとでも思って」

 「黙らっしゃい!!」

 「「「くさっ……!?!?」」」

 お言葉に甘えて、ずっと言いたくて仕方なかったことをガンガン言い放ってやる。本人だけでなく何故か宰相たちまで凍り付いているが、そんなことは一切構わず思いっきり息を吸い込んだ。大丈夫、きっと届くところに来てくれているはず!!

 「出番ですよ!! よろしくお願いしまーす!!!」



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