第26話:呪い前線異常アリ⑨



 得意分野。それはすなわち、転移初日から各方面で好評を博しているアレだ。もちろん、理咲だって目の前に困っている人がいるなら力になりたい、と思う。しかし、

 (ケガの治療とか悪酔い防止とか、そんな次元の問題じゃないよこれ……!)

 今までは、あくまでも根底にアロマテラピーという基礎があって、その知識を元に『似通ったケース』の対処方法をアレンジしてきた。だがオパールの場合は体質というか、持って生まれた魔力が大きすぎるという、ファンタジーまっしぐらな原因があってのこと。これを現実世界の健康問題になぞらえるのは、結構かなり難しい。

 (もし仮に、魔法を使える人たちにとっての魔力が、血とか酸素とか……とにかく、身体にとって絶対必要なものだとしたら?

 減らすとかせき止めるとかは……その逆なら得意なんだけどなぁ。少なくともアロマテラピーに出来る事じゃないな、うん)

 そもそも魔力がある、という感覚は、異なる世界からやって来た理咲には想像するしかない。制御や制限となるとなおさらだ。どうやって置き換えたら、力になってやれるだろうか。

 険しい顔つきで考え込んだ理咲を、周りは口を挟まず見守ってくれている。オパールの周りで現れた薔薇の群れは、風の吹かない室内でふよふよ、と不思議な揺れ方をしていた。大きさはまちまちで、中には男性陣よりも大きいものすらある。しかし見えてはいても触れることはなく、ベッドの敷布や周りに垂らした幕に当たってもするりとすり抜けてしまう。

 「……すいません、あれって実態がないんすか? 陛下」

 「そうね、魔法って形になるまでは、物理的な影響は与えられないみたい。無意識にこぼれた魔力が、分かりやすい形をとっているだけだから……もうちょっとだけ力を込めたら、大分しっかり触れると思うわよ? 多分」

 「ホントっ!? じゃあそれで引っこ抜きましょう、わたし草むしり得意ですよ!!」

 「待って待って大ダメージ食らうから!! 触れなくても陛下の魔力って濃度が激高いの、浸り続けたら毒だからっっ」

 「原液のようなものゆえ、例え具現化してもじかに触れるのは御法度です。リサ殿も言っておられたが、純粋過ぎる物質はときに人体を破壊しかねない」

 考えあぐねて原始的すぎる方法に飛びつきかけた理咲を、ラウラと隊長が必死で止めてくれて事なきを得た。両肩を手でぎゅっ、と押さえつけるようにされで、ちょっとだけ痛い。――その前腕に触りそうになった薔薇が、ふよん、と身を逸らして避けた。

 (ん??)

 思わず身を乗り出して凝視する。首を傾げているノルベルトは、マントを軽く広げて壁のようにしてくれている。そこへ再び薔薇が近寄ってきた、その時だった。

 

 ――うねんっ。


 擬態語にしたらこうだろうなぁという、ちょっとばかり気持ち悪い動きで、花たちがのは。

 「やっぱり弾いた!! ノルベルトさん何したの、いま!?」

 「は? い、いや、特別なことは」

 「マジですか!?」

 マントに仕掛けがあるとか、そういうことではないらしい。本気で困惑している隊長殿がいやいや、と片手を振ってみせた拍子に、ふっと鼻先を掠めたものがある。理咲にとってはなじみ深い――いや、ちょっと待て!

 迷わず相手の服を掴んで引っ張り、気色悪いことをしているのは承知で思いっきり息を吸い込む。されている方が完全に硬直する中、ようやく確信を得た理咲がぱっと顔を上げ、勢いよく質問に掛かった。

 「ノルベルトさん、うっすらハーブの香りがしますね。何で?」

 「……あ、ああ、塗り薬でしょうな。もうほぼ治っておりますが」

 「リサちゃんが医務室に置いといてくれたやつだよ! ノルさん、燐火蟹をザルで運んだときにいっぱいヤケドしたのほったらかしてたんだけど、リサちゃんが作ったよって言ったらすぐ持ってってくれた~~」

 「詳細な情報をばらさないで下され……!!」

 ポーちゃんに横着したのをバラされたからか、はたまたリサ謹製と聞いて手のひら返しした方か。とにかく全身から居たたまれない、という雰囲気を醸し出すノルベルトはちょっと面白かったが、今はそれどころじゃない。思わぬところで大ヒントを拾ってしまった理咲は、突如ぶち上がったテンションのまま、掴んでいる相手を全力で揺さぶった。

 「もしかしなくても分かったかも!! ちょっと手伝ってください、今からいろいろ試してみるから!!!」




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