第16話:ああ、素晴らしき妖生⑦


 猫妖精。現実世界ではイギリス北方の言い伝えで、猫たちの国を治める王様であるとされる。全身真っ黒だが胸元にだけ白いブチがあって、後ろ足で二足歩行が出来、大きさはちょっとした仔牛くらい……

 「いや待って!! 仔牛どころかヒグマよりもおっきいですよ!?」

 「お嬢が言うにはだが、仔牛云々は魔法で縮めた段階の話らしい。本性は皆あのくらいだそうだ、済まんな」

 「それ妖精じゃなくて妖怪だーっっ」

 「まあ、我が国グランフェルトでは両者の区別が曖昧ゆえ……いや、それは一旦置いておくとしよう。バルト殿、ああなった原因に心当たりがおありか?」

 「一応は。部屋にこんなものがあった」

 応えてすぐに差し出されたのは、小ぶりな硝子の瓶だった。理咲でも片手で持てるくらいの大きさで、中に鮮やかな黄色のジャム、のようなものが入っている。ラベルは特に貼られておらず、見た目だけで材料を判断することは難しかった。

 「茶請けにするつもりだったようでな。クラッカーに塗って、いくらか口にした形跡があった。使った匙が銀製で、特に変色がみられなかったから、毒の線はないと見て良い。材料はおそらく鳳梨アナナスだ」

 「アナナス……?」

 「南国原産の果物です。果肉はこのように鮮やかな色ですが、表面を松かさのような固い果皮が覆っており――」

 「あっわかった、パイナップルだ! ええと、今までに食べて具合が悪くなったことってありましたか?」

 分かりやすい説明のおかげで、すぐピンと来た。毒が入っていないのなら、他に考えつくのは食中毒やアレルギーの可能性だ。が、

 「残念ながら。わりと長い付き合いになるが、口にしたときに限って体調を崩した、というものはなかった。ペーストはあまり見たことがないが、アナナス自体は何度も食べているしな」

 「ううう、そっかぁ……」

 びーっと、会話の合間を縫って耳障りな音が響いた。全員で注目した先で、先程の猫妖精が廊下のカーテンにじゃれつき、ツメで引き裂いている光景が視界に飛び込んでくる。そのまま床にうずくまって、千切った布で遊びながらゴロゴロ言い始めた。仕草だけなら、完璧にご機嫌状態のネコである。と、

 《ふなぁ~~~……、ひっく》

 「今しゃっくりした!?」

 「……酔っているのか?」

 「いや、お嬢は部屋に酒を置かん。匂いもしていなかった」

 鮮やかな紅い髪を振って、バルトはきっぱり否定した。だが妙にご機嫌なのや先程の千鳥足も合わせると、やはり酔っ払っているとしか思えない。しかし、酒でないなら何が原因なのか。

 わからないまま下手なことをすると、体調が悪化する危険もある。下から専門家ポーペンティナを呼んできた方が安全だろうか……

 色々考えながら、もう一度瓶を見てみる。カーテンが破れたところから午後の日差しが差し込んでいて、明るくなったおかげで中身がよく見えた。パイナップルらしい明るい黄色の中に、黒い粒が点々と――

 「ん!?」

 急いで窓辺に行って光にかざす。黄一色だと思っていたが、ところどころまだらに明るい黄緑が混ざっている。ふたを開けて香りを確かめると、特にこれと言った特徴はなかったが、そのおかげで確信できた。もしもが入っているなら、この状況も説明できる!

 「――原因、分かったかもしれません!! あの、ちょっとあの子にアロマテラピーしてみて良いですか!?」


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