第14話:ああ、素晴らしき妖生⑤
当たり前だが王城は広い。複数の階層と棟が連なって入り組んでいるので、数年来務めている侍従やメイドでも時おり迷子になるらしい。こちらに来て数日の理咲がひとりで出歩くのは自殺行為といえよう。
もっとも、なるべくして複雑な構造になっている、という部分もあるそうだが。
「万が一敵に攻め込まれた際、陛下方をお守りするための時間稼ぎですな。王宮の見かけは煌びやかでも、城砦としての機能は必ず備わっておりますゆえ」
「なるほど、あっちが迷ってる間に逃がしてあげられますもんね! 上手くすれば待ち伏せとかして、少ない人数でもけっこう迎撃できるかもだし」
「……、リサ殿、もしや城攻めの経験がおありか……?」
「えっ何で!? 全部フィクション、えーっと、作った話で見たり聞いたりしただけです! はい!!」
横にぴったりついて歩く、いわゆるエスコートの体勢で案内してくれるノルベルトが急に真顔になったので、あわてて訂正を入れておく。この人はちょっと真面目過ぎる上に、理咲をやたらと高く買ってくれているところがあるので、ほっといたら本来備わっていないスキルまで持っていると思われかねない。
くだんの魔導師さん、ポーペンティナ曰く『ラウちゃん』の持ち部屋は、王城東側の三階にある。そのまま真っすぐ上がって行ければ楽なのだが、先に述べたように城内が入り組んでいるため、階段にたどり着くまで結構歩くことになった。どこも内装が凝っていて、眺めていて飽きないのがありがたい。
(これは迷子っていうか、軽く遭難するレベルだな……)
ひとりで来なくて本当によかった、と痛感する。それでもどうにか目的の階まで登ってこれて、ほっと一息ついた時だ。
「――おお、ノルベルトじゃないか! どうしたんだい」
出し抜けに横手から、それはもう朗らかな声がかかった。どこかで聞いたことがあるな、と振り返るより先に、傍らのノルベルトがさっと礼を取る。あわててその真似をしつつ、こっそり視線だけを上げてみると、
「これは殿下、このようなところでお会いするとは」
「そんなに畏まらないでくれ、ここは謁見の間じゃないんだから。本当に生真面目だなぁ」
「恐縮です……が、失礼ながら侍従と護衛の衆は? 姿が見えないようですが」
「大丈夫、隠れてもらっているだけだよ。ずうっと見られていると思うと気が休まらないって、セイラが辛そうだったから」
「――畏れ入ります、クリスティアン様」
(げ!)
控えめな質問ににこやかに答える、金髪碧眼でいかにも王子様といった容姿の青年。間違いない、数日前召喚された時に見た王太子、つまりここの国のお世継ぎである。さらに、そんな彼の背後から現れた女性を目にして、理咲は思わず心の中で呻いてしまった。
明るい栗色でふわっと巻いた髪、目鼻立ちのくっきりした華やかな美貌。聖女の肩書に相応しい、正絹の光沢もまぶしい純白のドレス……なのだが、襟足と胸元が大胆に開いている上にがっつりマーメイドラインという、かなり攻めたデザインだ。仮にも聖職者が日中からこれってどうなのか。
思っていても顔には出していなかったはずだが、目が合った、と感じた瞬間に思いっ切り逸らされた。さすがに眉根を寄せた理咲を完全に無視して、恭しく一礼した聖女が淑やかに口を開く。
「ごあいさつが遅れて申し訳ありません、ノルベルト様。セイラ・カノウと申します、もったいなくも聖女の役目を仰せつかりました。どうぞお見知り置きを……」
「これはご丁寧に。慣れぬことも多いでしょうが、まずは大役に相応しい器を身に着けられると良い。
そのための時間は大いにありましょう。幸いなことに、我が国には賢明なる現王陛下と王太子殿下が在らせられるゆえ」
「っ、……お、畏れ入ります……」
(……あれ? ノルベルトさん、なんか怒ってる……??)
妙に甘ったるい声の挨拶に対して、隊長殿の返答はなかなか手厳しかった。言い方は慇懃だが、それってつまり『自分にゴマを擦っている暇があるなら、役目を全うするための勉強をしろ。王族の目は節穴じゃないぞ』ってことなのでは……
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