第11話:ああ、素晴らしき妖生②


 「――よし、出来ました。ぴりぴりしたりしませんか?」

 「わあ、火傷が……!! はい、平気です! ありがとうございますっ」

 念のために確認した理咲に、処置を終えた若い騎士はうれしそうに頭を下げてきた。腕まくりした右の上腕部から、ほんのりとラベンダーの香りがしている。今しがた手作りの軟膏を塗ってあげたところの皮膚は、何ごともなかったかのようにきれいな状態になっていた。

 「良かった。それじゃあ、今日一日しっかり休んで下さいね。身体が疲れてると、小さい傷でもなかなか治らなかったりしますから」

 「はい、わかりました! あの、本当にありがとうございました! 賢者様!!」

 「賢、……いやあの、待って? どこから生えたのそんな呼び方!?」

 「生えた、ってリサさん……」

 「あっはっは、リサちゃんらしい~」

 今にもスキップしそうな足取りで去って行く女性騎士に、一瞬固まってからあわてて声掛けするが、すでに去って行った後だった。がっくりうなだれる背後で、付き添いのロイと医務室詰めのポーペンティナが言い合っているのが聞こえる。いいな、楽しそうで。

 ――異世界に巻き込み召喚されてから、早くも数日。本来何の役割も負っていないはずの理咲は、何故かばりばり働くハメに陥っていた。



 ……一応断っておくが、別に働きたくなかったわけではない。燐火蟹の一件後、理咲はちゃんと自己主張をした。

 「あの、隊長さん。身寄りがなくて後見人もいない女性が付けて、ついでに一生続けられる仕事って、どんなのがあります?」

 「は? ……もしや、独力で身を立てるおつもりか!?」

 「はい、いつまでもこちらでお世話になるわけにいかないですし。やっぱりメイドさんとか、調理場の下働きとかですかねえ」

 「ですからお待ちを! 貴女の身柄は国で保護することになっておりますゆえ!!」

 「え゛っ、それって監禁……っごほん! いえ、あの、ありがたいですけど、でも」

 「召喚魔法の欠点については、随分前から言われていたことです。ゆえに、せめてもの償いとして巻き込んだ方々の衣食住を賄わせていただく、と定められております。貴女には何の非もないことですので」

 「は、はあ」

 (――って、もっかい土下座とかしかねない勢いで言い張られて、結局頷いちゃったんだよなぁ)

 願ってもないことだが、そもそもそういう魔法って、なにがしかの危機的状況で発動する最終兵器ではなかろうか。そんな切羽詰まった国で全面的にご厄介になるのは、いくら当然の権利でも申し訳ないような……

 いや、せっかく気に掛けてもらっているんだから、それに文句を言うのは筋違いというものだ。今はもっと気にしなければならないことがあるだろう、自分。

 「……何でわたしまで特別枠? 賢者ってどゆこと?? 単にカニさんの群れを追っ払っただけなのに……???」

 「単に、じゃないんですって。不定期発生するたびに、割とシャレにならない被害が出てたんですから」

 「そうそう。さっきの子みたいに、対応したときひどい火傷して、痕が治らないって泣いてた騎士さんもいっぱいいたしね。特に女の子は気にするもん」

 「う、それは……その哀しさは想像に余りあるけども……!」

 「でしょー? ボクたちの知らない知識と技術を持ってる人、つまり賢者さん。ね、何にもおかしくないでしょ」

 にこーっと、満開の笑顔で言い切ってくれる医官さんである。そう言われればそうかもしれないけど!


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