第2話 決別



「あの!下ろして下さい!お母さんのところに行かなきゃ!」

「無茶よ!」

 

医師が叫ぶ。確かにそうだ、それでも私は助けに行かなくてはならないんだ。

 

「お願いします!お母さんを...お母さんを!」

「もう既に避難してるわ!だから大丈夫よ!」

 

医師は必死に言うが、私は納得出来ずにいた。私が行っても意味が無いかもしれない。でも、行かなきゃならない気がしたんだ。だから私は医師に懇願する。

 

「アウル...お願い。」

 

医師は静かに頷く。そして高度を下げてくれた。

 

「ありがとうございます...!」

 

私はお礼を言うと、急いでお母さんの所へ向かう。あの職場へ。またはシェルターへ。

 

「お母さん!」

 

私は叫び、走る。母の名前を呼びながら。必死に荒廃した街を走り抜ける。そして、職場のビルにたどり着いた。

 

「お母さん...!」

 

そこは既に崩れ去ってしまっていた。

 

「嘘...まだシェルターがあるはず!」

 

私は再び走り出す。そして辿り着いた。だが、そこにはもう誰も居なかった。

 

「そんな...何で...」

 

足を動かし、ゆっくりとシェルターに近付く。するとシェルターの入口に、見覚えのある美しい水色の髪をした女性が血に塗れて倒れていた。

 

「そんな..嫌!お母さん!!」

 

私は急いで駆け寄り、その身体を抱き抱える。

 

「お母...さん...?」

 

だが返答は無い。ただ静かに虚空を見つめるだけだった。

 

「お母さん...お母さん!お母さん!お母さん!!!」

 

私は何度も何度も、泣きながら呼び掛ける。身体を揺すり、涙を必死に堪えながら、何度も。

 

「起きて!お願い!目を開けて!」

 

体を揺らすが反応は無い。ただ静かに横たわっているだけだ。その綺麗な蒼色の目はもう二度と開かない。血に塗れた母を私は見つめた。

 

「嫌...嫌ぁ...!」

 

ただ叫ぶことしか出来ない私。何も出来ない自分が憎い。そう憎みながらも、母を抱き抱えることしか出来なかったのだ。そして母は私の頬に優しく手を添える。彼女の身体は...既に冷たかった。私は思わず嗚咽を漏らす。そして母を抱き締めることしか出来なかった。ただ、ひたすらに泣き続けた。

 

「うっ...ううっ..!」


涙が止まらなかった。止めどなく流れ落ちる涙は彼女の頬を濡らした。だが、その涙もやがて枯れ果ててしまった様だ。母はもう動かないおし、何も喋らない。私の腕の中で静かに眠るだけだ。彼女をゆっくりと地に下ろすと、私はその場に座り込んだ。

 

「どうして...こんな...」

 

街は一瞬にして荒廃し、大切な母を失った。そして...何もかも失った。


「...見つけた。」

 

医師の声だ。私は顔を上げ、その姿を見る。その表情は言葉に表せ無かった。憐れむ訳でも無く、諭す訳でも無い。ただ私を見つめて、その感情を向けていた。

 

「...辛いよね。でもキミがどれ程辛いのか、私には分からない。でも、これだけは言える。」

「...。」

 

私は何も答えられなかった。だが彼女は続けた。


「...忘れなさい。貴女が傷つく必要は無いわ。」

 

優しく諭す様な口調で言う彼女に対し、私は首を横に振った。

 

「無理です...忘れたくない!」

「何故?辛いだけよ?」

「それでも!」

 

私は立ち上がり、彼女の目を見つめる。その目は真っ直ぐ私を見ていた。だから私も見つめ返す。そして口を開いたのだ。自分の思いを全てぶつける為に。

 

「こんなに街が壊されて...お母さんも居なくなって...何も無くなったこの風景を見ても、絶対に忘れない。大切なお母さんがくれた温かさも、愛してくれた事も全部覚えてる!だから私は逃げません!」

「...」

 

彼女の表情は変わらないままだ。だが、何処か哀愁を感じさせる様な瞳をしていた。そして彼女は言う。

 

「...じゃあ着いてきてくれる?」

「えっ?」

 

私は思わず聞き返してしまった。当たり前だ、いきなりそんな事を言われたら誰でも驚くだろう。彼女は私に近づくと手を差し出した。その手を掴み立ち上がると同時に、彼女はこう告げた。

 

「最悪な状況から、最高な状況に変える。」

 

私は首を傾げてしまった。一体どういう意味なのか、全く分からない。だが、彼女はそのまま話を続ける。

 

「...色々話す事が有る。だけど今は移動しなきゃならない。着いて来て。」

 

そう言われた時には、既に手を握っていた。そしてそのまま歩き出す。瓦礫の山を登り、街の外れへと進む。そこで彼女が立ち止まった。

 

「ここよ。」

 

その建物は見た事ない場所だった。瓦礫に埋もれていた為気付かなかったが、よく見ると扉がある様だ。私は彼女に質問した。

 

「ここは?」

「私の元隠れ家...とでも言っておく。」

 

私は不思議に思ったが、それ以上にこの場所に興味を持ったのだ。どんな場所なんだろう?と。そして彼女は石壁を触る。すると突然、壁がスライドして開いたのだ。

 

「入って。」

 

そう言われたので、恐る恐る中に入るとそこは薄暗く、蝋燭の火が部屋を照らしていた。冷たい空気に包まれ、私は身震いをする。

 

「寒かったらこれを使って。」

 

彼女はコートを私に手渡した。そしてそのまま奥へと進む。私もその後を追った。すると突然彼女が立ち止まったのだ。

 

「...まず、キミに告げなきゃ行けない事がある。」

「えっ?」

「これから...最悪な喜劇が幕を開ける。」

「どういう事ですか?」

 

最悪な喜劇とは一体何なのか?私は理解出来なかった。

 

「あのね、簡単に言うと...今街にいるのは、生き残った契約者だけ。だからきっと...契約者同士の殺し合いが始まる。」

「えっ!?」

 

私は絶句した。殺し合いが始まったら、私は生き残れる気がしない。

 

「キミにはね、私と協力して欲しい。」

「協力?」

「そう。この街には必ず...契約を利用して、何かを企んでいる奴等がいる。そいつらを絶対に止めなきゃいけない。だから協力して欲しいの。」

「...。」

 

私は悩んだ。確かにこの街は、もう既に壊れてしまった。契約を交わしたとは言え、私如きが力になれるのか。非力な女一人に、何が出来るのか。そんな不安が胸の中に渦巻く。だが...彼女が私を必要としてくれるなら...それに応えたい。そう思ったのだ。


「...やります。」

「そう...ありがとうね。じゃあ、仲間の証として名乗ろっか。私は【小夜 美末】。」

「私は【海鰭 美希】です。えっと...これからよろしくお願いします!」

 

私がそう言うと、彼女は少し微笑んだ。色々考えていると、そして夜を迎えた。私は彼女から貰ったコートを羽織り寝る事にした。毛布は無いので、地面の上で丸くなる。束の間の休息。きっと明日からは忙しくなるだろう。そう思いながら、私は瞼を閉じた。

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ヤトミ @Yatomi369396

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