Ⅱ
ヤトミ
____第1節 【決意】
第1話 契約
「君可愛いね~。今学校帰り?一緒に帰ろうよ」
「いえ、結構です」
「そんなこと言わずにさ~」
馴れ馴れしく話しかけてくる男を振り払うために足早になる。
「そんな態度とるなんて酷い子だな~。少しお仕置きが必要かな?」
「い、嫌っ!」
男の手が手首を掴み無理矢理引き寄せられる。力の差では勝てるはずも無い。非力な女に出来ることは男に従うことしかない。
「離してくださいっ!」
「いいねぇ~、その嫌がる顔。」
男は私の顎を掴み顔を上に向かせる。
「嫌っ!誰か助けてっ!!」
私は必死に抵抗するが男の力には勝てない。もう駄目だと諦めかけた瞬間。
ドンッ!!!
「っぐ...!!」
男が石壁へ吹き飛ばされた。突然の事に理解が追いつかず、ただ唖然としていた。
「え...?」
「畜生...このガキがァ!!」
恨みを晴らさんとばかりに迫る男。私は恐怖で足が竦んで動けなかった。
だが、拳の風圧を感じ取った時。その瞬間に男は、まるで引き裂かれたかの様に肉塊へと変貌した。
「きゃぁああぁあっ !!」
あまりの恐怖に、家へ駆け出した。一刻も早く安心を得る為に。
「ただいま...。」
私は家に着いた。玄関で靴を脱いでいると、奥からお母さんが顔を出し、心配そうな表情を浮かべていた。
「お帰り...何か嫌なことでもあったの?」
「...私、明日病院行く。」
「え、えぇ...分かったわ。」
お母さんは何かを察したのか、それ以上は聞いて来なかった。私は自分の部屋へと向かい、布団を被り恐怖で震える体を必死に抑えていた。
「さっきのは何...!」
あの光景は夢であってほしい。そう願うばかりだが、事実として目に焼きついている。
「こんなこと初めて...。」
私は今日あったことをノートに書き留めておこうとペンを手に取り、事の詳細を書き留めた。
そしてその日の夜は、一睡もすることが出来なかった。
___翌日、私は病院へ足を運んだ。もしも親を連れたら、大事になり兼ねないから私一人で向かう。
病院に入ると、いつもの感じの良い受付のお姉さんが出迎えてくれた。
だが、私は昨日のことで頭が一杯で上の空だった。受付を済ませた後は待合室で自分の番をただ待つだけ。静かな空間にただ時計の秒針の音だけが響く。そんな時間に耐えきれなくなり、つい貧乏ゆすりをしてしまう。
「海鰭さん。1番診察室へお入りください。」
「君可愛いね~。今学校帰り?一緒に帰ろうよ」
「いえ、結構です」
「そんなこと言わずにさ~」
馴れ馴れしく話しかけてくる男を振り払うために足早になる。
「そんな態度とるなんて酷い子だな~。少しお仕置きが必要かな?」
「い、嫌っ!」
男の手が手首を掴み無理矢理引き寄せられる。力の差では勝てるはずも無い。非力な女に出来ることは男に従うことしかない。
「離してくださいっ!」
「いいねぇ~、その嫌がる顔。」
男は私の顎を掴み顔を上に向かせる。
「嫌っ!誰か助けてっ!!」
私は必死に抵抗するが男の力には勝てない。もう駄目だと諦めかけた瞬間。
ドンッ!!!
「っぐ...!!」
男が石壁へ吹き飛ばされた。突然の事に理解が追いつかず、ただ唖然としていた。
「え...?」
「畜生...このガキがァ!!」
恨みを晴らさんとばかりに迫る男。私は恐怖で足が竦んで動けなかった。
だが、拳の風圧を感じ取った時。その瞬間に男は、まるで引き裂かれたかの様に肉塊へと変貌した。
「きゃぁああぁあっ !!」
あまりの恐怖に、家へ駆け出した。一刻も早く安心を得る為に。
「ただいま...。」
私は家に着いた。玄関で靴を脱いでいると、奥からお母さんが顔を出し、心配そうな表情を浮かべていた。
「お帰り...何か嫌なことでもあったの?」
「...私、明日病院行く。」
「え、えぇ...分かったわ。」
お母さんは何かを察したのか、それ以上は聞いて来なかった。私は自分の部屋へと向かい、布団を被り恐怖で震える体を必死に抑えていた。
「さっきのは何...!」
あの光景は夢であってほしい。そう願うばかりだが、事実として目に焼きついている。
「こんなこと初めて...。」
私は今日あったことをノートに書き留めておこうとペンを手に取り、事の詳細を書き留めた。
そしてその日の夜は、一睡もすることが出来なかった。
___翌日、私は病院へ足を運んだ。もしも親を連れたら、大事になり兼ねないから私一人で向かう。
病院に入ると、いつもの感じの良い受付のお姉さんが出迎えてくれた。
だが、私は昨日のことで頭が一杯で上の空だった。受付を済ませた後は待合室で自分の番をただ待つだけ。静かな空間にただ時計の秒針の音だけが響く。そんな時間に耐えきれなくなり、つい貧乏ゆすりをしてしまう。
「海鰭さん。1番診察室へお入りください。」
やっと自分の番が来た。私は椅子から立ち上がり、診察室のドアの前に立った。そして小さく深呼吸する。
この先に何があるのか。何を告げられるのか分からない。
だが、受け入れなければならない。
私は覚悟を決めてドアを開く。
診察室に入ると、優しそうな女性医師が座っていた。
「こんにちは。海鰭さんですね。どうぞこちらへ。」
私は診察室の奥にある椅子へ案内される。そして医師は私の目を見つめると、優しく微笑む。
「海鰭さんは、今何に悩んでいるんですか?」
「その...私を連れ去ろうとした男が、私の目の前で突然引き裂かされたように死んだんです...。」
「ふむ...。」
医師は手を顎に当て考える。そして私を見ると、真剣な目付きになる。
「海鰭さん、あなたには『ソロン』が取り憑いてる。」
「ソロン...?」
聞き覚えの無い単語に私は首を傾げる。医師は話を続ける。
「『ソロン』は、宿主を求める。ざっくり言えば、怪物。まぁ正体は不明だし、あまり詳しい事は分からないの。」
「それって、あの...怪物が私を狙ってるってことですか?」
「まぁある意味ね。あなたに取り憑いてるソロンは、あなたを守護する為に宿主に取り憑いてる。悪いヤツじゃ無いから安心して。」
「でも、その怪物はどうやって私を守ってるんですか...?」
「その質問か...。...見せた方が早いな。」
そう言うと医者は、目を見開いた。するとその瞬間、彼女の傍に 頭が梟の人型の怪物が現れた。背中の翼を広げ、自身の黒いコートをなびかせている。
「ひっ...!」
私は恐怖で体を強ばらせた。
「見えるんだったら、確実にソロンが憑いてるね。こんな感じで、私は彼に守られている。どう?キミの後ろとか。」
「え、後ろ!?」
私は咄嗟に振り返ってしまった。その時の私が見てしまった物は、立ち上がったサメの様な姿に、腕に刃物が生えた怪物だった。
「あ、あぁ...!!」
恐怖に負けて、椅子から転げ落ちそうになる。
「おっと...!大丈夫?」
医師は私を抱え、椅子に戻してくれた。そして彼女は再び話し始める。
「大丈夫、落ち着いて聞いて欲しいの。彼は悪いヤツじゃない。だからね、契りを結ぶの。」
「ち、契り...?」
「そう、契りよ。要はパートナーになるって事。ソロンと契りを結び、彼をコントロールするの。」
「じゃあ、もしも私が嫌がったらどうなるんですか?」
「ソロンはあなたから離れてく。それだけ。」
その話を聞き私は少し考えた。でも答えは何故か一つだけ。これしか無い。
「私...結びます。」
「本当にいいの?」
「...はい。」
私は小さく頷く。医師は優しく微笑んだ後、私にある物を渡す。
それは小さな箱だった。中には指輪が入っていた。
「これは...?」
「契りの証よ。これを付けて。そうすれば彼はあなたの力になってくれるわ。」
私はその指輪を受け取り、自分の指に嵌める。そして、怪物に声を掛けた。
『ウケイレルカ。』
「えっ...」
声が聞こえた。でも怪物からではなく、自分の脳に直接語りかけられた感覚だった。
「受け入れます。」
そう言った瞬間、伸ばしていた髪が一気に一直線に切られた。
「えっ!?」
「多分、契りの代償ね。」
「そんな...。」
自分の綺麗なロングヘアーが一瞬でショートになってしまった。そんな私を見て、宥める様に 医師は言う。
「安心して。契りは日常生活に影響しないから。それと、ソロンがあなたを守るのには条件があるの。」
「条件...?」
「それは、『人を殺しちゃいけない』って事。いい?絶対に守らなきゃダメよ?」
「...分かりました。ありがとうございます。」
「ふふ、頑張ってね。」
私は椅子から立ち上がり診察室を出る。医師は手を振ってくれた。
外へ出て陽の光を浴びながら大きく深呼吸する。とても心地の良い風と共に新鮮な空気が体へと染み渡る。そして、背後に強大な力を感じた。
契りを結んだことでソロンの力を感じることが出来るようになったからだ。
「これが...あなたの力なんですね...。」
私は振り向くことなくそう呟く。返事はもちろん無いが、何故か安心している自分がいた。
『キヲツケロ。』
そう言われ、一瞬立ち止まり、周りを確認する。車も来ないし、人通りも少ない。特に危険は無いだろう。
「分かりました。早く帰ります。」
私は早足で自宅へ帰ることにした。そして家に帰ったら、まずお母さんに会おう。そして抱き締めて貰おう。安心感を得るために。そう思いながら、再び帰路に着いた。
「ただいま...。」
「お帰りなさい。」
お母さんは優しく迎えてくれる。いつもの安心感が私を包み込んだ。
「昨日は心配したのよ?あんなに震えて帰って来たんだから。」
「ごめんなさい...。」
「何で謝るのよ。ほら、今日はゆっくり休みなさい?」
私はお母さんに言われた通り、自分の部屋で休むことにした。部屋のドアを開け、服を着替える。
「ふぅ...。」
ベッドに倒れ込むと、どっと疲れが押し寄せてくる。だが、その疲れもすぐに消え去った。ソロンの力が働いているのだろう。
「私...本当に契約しちゃったんだ...。」
そう呟くと同時に、再び声が聞こえた。
『キヲツケロ。クル。』
「えっ...?」
辺りを確認するが、何も無い。またか、と思ったが再び声がする。先程より強く。
『二ギレ。』
「握る!?」
『テヲニギレ。』
「手!?手を握ればいいんですか!?」
私はベッドから立ち上がり、自分の左手を右手で握る。そして力を込めた。すると、突然目の前に黒い靄が現れた。その中は真っ暗で何も見えない。だが、その中に何かが居るのは分かる。その瞬間、私の左手に痛みが走る。まるで針が指に刺さったような鋭い痛みが私を襲ったのだ。
「...っ!」
その苦しみと同時に、黒い靄の中から、契約した彼が現れた。彼はゆっくり私の前に立つ。まるで庇うかの様に。その瞬間。窓が割れ、6本の黒い槍の様な物が、ソロン目掛けて襲い掛かる。彼は槍を握り潰し、粉々にした。
「な、何...!?」
突然の事に理解が追いつかない。何故私に危険が迫ったのか。そして、あの槍の様な物体は何なのか。
「ありがとうございます...」
『...イヤナヨカンガスル。』
そう言うと、彼は姿を再び闇に消してしまった。取り敢えず、塵取りでガラスの破片を掃除していると、お母さんが部屋に入って来た。
「どうしたの?って、ガラスが...!怪我はしてない?大丈夫?」
「うん、大丈夫だよ。」
私は作り笑いを浮かべるが、お母さんは心配そうな顔で私を見つめた。そしてこう言ったのだ。
「明日病院へ行きましょ?」
「えっ!?」
思わず声が出てしまった。突然そんな事を言われたのだから当然だ。
だが、理由は何となく分かってしまう。また心配を掛けてしまうからだ。
「でも...」
「美希が心配なのよ。」
お母さんは私の手を握る。その手はとても暖かく、優しさで溢れていた。だから私はこう答えたのだ。
「...うん、分かった。」
「じゃあ、今日は寝なさい?」
「うん、お母さん。おやすみ。」
私はお母さんに挨拶をし、自分の部屋に戻った。そしてベッドに入る。だが中々寝付けない。この感覚はいつ以来だろうか?と考えているうちに眠りについてしまった。
翌朝、目が覚めると、既に時計の針は9時を示していた。ヤバいと思った時にはもう遅かったが、幸い今日は土曜日だ。学校は休みだからまだ良い。そう安堵し、一階に降りる。ドアを開けると、お母さんから置き手紙が。
『美希へ。仕事が入っちゃったの、ごめんなさい。冷凍庫にパスタが入ってるから、朝はそれを食べてね。それと、病院の予約はしたから、9:00に着く様にしてね。母より』
私は手紙の内容を理解し、冷凍庫を開けると、確かにそこにはパスタが入っていた。だが、問題はそこでは無い。何故か、異様に胸騒ぎがするのだ。
「...早く病院に行かないと。」
私は着替え、お母さんから貰ったお金を持って家を飛び出した。走って向かったのは病院だ。
「予約した川鰭です!」
「あっ、丁度良い所に。海鰭さん、こちらへ来て下さい。」
私は看護師さんに呼ばれ、案内されるがまま奥の部屋へと入る。するとそこには、いつもの医師が座っていた。
「こんにちは、海鰭さん。」
「こ、こんにちは。」
「契約してから雰囲気が変わりましたね。」
「えっ?」
私は思わず聞き返してしまった。だが、確かにそうだ。ソロンと契約した事で髪が短くなり、指輪を付けている。
「あ、あぁ...はい...。」
「ふふ、良い事よ?さてと...」
そう医師が言おうとした瞬間。街全体にアナウンスが入った。
【緊急速報。緊急速報。住民は速やかに避難、またはシェルターへ避難して下さい。】
アナウンスが入り、医師と私は立ち上がる。
「逃げるよ!アウル!」
彼女はソロンを出現させ、此方に手を伸ばす。
「掴まって!」
「は、はい!」
彼女の手を掴むと、窓の外から医師のソロンが飛んできた。
「乗って!」
「はい!!」
私は言われるままに、ソロンの背中に乗る。その瞬間、窓から飛び立ち、空に避難した。
「ねぇ、さっきのアナウンスって...」
『キヲツケロ。』
彼が私に警告する。その直後、街の方から爆発音が聞こえた。振り返ると、巨大なビルが崩れていく光景が見える。そして、そのビルの上空には...巨大な人型のナニカがいた。
そして街は爆発によって...変わり果ててしまった。ビルも, 民家も, 公園も, 何もかもが。
「何なの...これ...」
今までの当たり前が、一瞬にして崩されてしまった。荒廃した街に、人々の哀哭が響く。全てが消えて、全てを失った。
『...ハハオヤ。』
ソロンが静かに言う。そうだ、お母さんは仕事に行ってしまった。
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