12.2cmの黄金

竜田くれは

射手が射抜くは黄金の円

 矢が風を切って飛んで行く。

 長かった予選ラウンドは間もなく終わる。予選で行われる72射中、最後の6本。

 青年が放った5本目の矢は、中心から少し右に外れて赤い円の中に命中した。

「9時の8。ナイショ!」

 後ろでスコープを見ているチームメイトの声が届く。青年も自分のスコープを覗き込む。9時方向の、8点。チームメイトの言葉が正しかったことを確認した後、小さく息を吐く。 

(あと10点……)


 自己ベスト更新まであと10点。この一射で最高点である10点を獲得、つまり中心にてなければならない。予選の結果は翌日に行われる決勝ラウンドのトーナメントに影響する。だが、組まれるトーナメントのことなど今は彼の頭の中には無い。過去の自分を超えたい、自分との勝負、その思いだけだ。

 タイマーに表示されている残り時間は32秒。それをちらりと確認した彼は深呼吸をして集中する。

 重い弓を長時間使い続ける筋力と持久力、正確な動作を確実に繰り返して矢を放つ技術、そして如何なる時でも揺らがない心。心技体の三位一体、どれもアーチェリーには欠かせない。まだまだ動く体、研鑽を積んできた技、それを信じる心でただ、構える。


 彼は矢筒クィーバーから最後の矢を取り出し、つがえ、弓を水平に保ちながら持ち上げる。そして、弓がある方の左腕所謂押し手引いている右腕所謂引き手の力を均等にして引き分け、顎まで引き切る。弦を引いている右手を顎につけて、照準サイトを的の中心に合わせる。

 

 的の中心、10点の円の直径は12.2cm。色は黄色。アーチェリー競技者アーチャーはそれをゴールドと呼ぶ。おおよそDVDの直径と同じサイズのを狙い、彼は矢を放つ。


(完璧だ……)

 リリースの後、フォロースルーをしながら、彼はそう感じた。完璧だったという、感覚。だが、感覚は感覚であり、実際の結果はまだ分からない。

 瞬き一つほどの間に、矢は的に到達した。直後、タイマーのカウントが0になりブザーが鳴る。後ろのチームメイトは、何も言わない。弓をスタンドに置き、得点のカウントと、矢を取りに的前へ向かう。


 矢を取り終えて戻ってきた彼は、チームメイトと拳を突き合わせグータッチする。

 最高点ゴールドを打ち抜き自己ベストを更新した彼は、にこりと笑った。

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12.2cmの黄金 竜田くれは @udyncy26

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