第44話

「丁度ルソーの教会に用事があったので良いですよ」



 メノウさんがヤマメの甘酢だれ天ぷら丼を食べ終わって1時間ほど。


 ひょっこりと自宅にやってきたリノアちゃんにルソーまでの道案内を頼んだところ、ふたつ返事で承諾をしてくれた。


 だけど──。



「あの、案内は構わないのですが……」



 リノアちゃん、どこか不安げな顔。


 どうしたんだろう?


 もしかして報酬を求めているのかな?



「安心してよ。お礼にイチゴ豆大福をあげるから」



 リノアちゃんが大好物なイチゴ豆大福。


 これさえあれば万事解決──と思ったんだけど。



「えっ……?」



 きょとんとするリノアちゃん。


 あれ? そういうことじゃなかった?



「ごめん、てっきり報酬を求めているのかと」

「んなっ!? そ、そんなものを求めるわけがないじゃないですか! わ、わ、私は神獣巫女でございますよ!?」

「そう? じゃあ、いらない?」

「いりますとも!!」



 リノアちゃんがふんすと鼻を鳴らす。


 可愛い。



「そうではなく、私が気になっているのはその方のことで……」



 リノアちゃんが視線を送ったのは、直立したまま固まっているメノウさんだった。

 

 彼には事前に「神獣巫女のリノアさんという方が来ます」と伝えていたんだけど、そのときからこんなふうに緊張しちゃっている。


 なんでも、神獣巫女と会える機会なんてそうないのだとか。


 神獣巫女は異世界ではとても誉れ高い方たちで、立場のある人でも望んで会うことは難しいらしい。


 リノアちゃんって、そんな凄い人だったんだな。


 イチゴ豆大福ぶら下げてたら、ほいほい現れるから全然わからなかった。


 って、そんな話はどうでもよくて。



「あ、ごめん。紹介がまだだったね。この方は御科岳に迷い込んでしまった行商人のメノウさん。ルソーに行く途中で山に迷い込んじゃったみたいで」

「え? もしかしてリュナミスから……?」

「ですね」

「な、なんと……そういう事でしたか。これは大変ご迷惑をおかけしました」



 と、リノアちゃんが深々と頭を下げる。


 僕にではなく、メノウさんに。


 え? なんでリノアちゃんが謝るの?



「メノウさんが迷子になったこととリノアちゃんに何か関係があるの?」

「私というか、神獣巫女が所属している教会に関係があるというか……」

「……?」



 なんとも歯切れの悪い返答に小首をかしげてしまった。


 なんだか大人の事情っぽいし、あまり触れないでおこう。


 というわけで。


 山に入る準備をして、僕たちは異世界の町ルソーに向けて出発することにした。


 服装はいつも御科岳に入るときに着ている作業着で行こうと思ったんだけど、リノアちゃんから「防寒具を用意しておいてください」と言われた。


 どうやら向こうはすごく寒いらしい。


 こっちは秋なんだけど、異世界は冬だったりするのかな?


 クローゼットから買ったばかりのダウンジャケットを取り出しリュックの中に詰め込んだ。


 冬を前に買っておいたんだよね。


 ちょっと気が早いかなと思ってたけど、正解だった。



「くわっくわっ!」



 玄関の門を開けた瞬間、アヒルちゃんズが元気よく飛び出す。


 さっき川遊びをしにいったばかりなのに、実にパワフルだ。



「わっ!」

「ぐわ~っ!」



 モチたちは「私たちについてきて!」と言いたげに、ときおり後ろを振り向きながらドタドタと走っていく。


 道案内役はお前らじゃなくてリノアちゃんなんだけどな……。


 というか勢いよく走っていったけど、異世界への行き方、知ってるのかな?


 異世界の景色を見たことはあるけど、立ち入ったことは一度もない。


 ただ山を逆側に降りるだけってわけじゃないとは思うけど。



「ねぇ、リノアちゃん? 異世界側にはどうやって行くの?」



 リノアちゃんに尋ねてみた。



「簡単ですよ。ゲートをくぐります」

「ゲート? 門ってこと?」

「そうです。リュミナスに通じている魔導ゲートですね。そこを通ってリュミナス側へ行きます」



 なるほど。


 ドラ◯もんのどこでもドア的なやつか。


 リノアちゃんが続ける。



「魔導ゲートはジェラノの決められた場所に建てられているんです」

「ああ、そういうことか。その場所を知る人と一緒じゃないと無理なんだね」

「その通りです。でも、ごくたまに偶然ゲートをくぐってしまう人がいらっしゃって……」



 リノアちゃんが、ちらっとメノウさんを見る。


 視線を受けたメノウさんが気まずそうに頭を掻いた。



「あ、あはは……私、偶然くぐっちゃったみたいですね」

「み、みたいですね……すみません」



 ペコリと頭を下げるリノアちゃん。


 思わず僕も苦笑い。


 ラッキーと言っていいのかはわからないけど、凄い確率なんじゃなかろうか。


 リュミナスからこっちの世界に来るにも、そのゲートをくぐる必要があるんだな。


 神獣様が御科岳に来るときも、そのゲートを使っているんだろう。


 でも、リノアちゃんに道案内を頼んで正解だったな。


 メノウさんとふたりで出発していたら、延々と御科岳をさまよう羽目になるところだった。



「ゲートはこちらです。参りましょう」



 リノアちゃんに連れられ、いつも歩いている道(集水桝につながっている道)を外れ、薄暗い森の中へと入っていく。


 ちなみに、自信満々で先を歩いていたモチたちは急いで呼び戻した。


 ほんとこいつらってば。何も知らないのにズンズン歩いていくなよ……。


 そうして山の中を歩くこと、10分ほど。


 僕たちは奇妙な建造物を発見した。


 四角くカットされた石で組まれた門のようなものだ。

 

 枠だけが残っている扉といえば分かりやすいかもしれない。



「到着しました。これが魔道ゲートです」



 リノアちゃんが奇妙な建造物の前で足を止める。


 どうやらこれが異世界に通じている魔導ゲートらしい。


 大きさは3メートルほど。苔が生えていて古めかしい感じだけど、よく見ると石材自体は真新しい。


 しかし、とそんな魔導ゲートを見て思う。


 大きな石がアーチ状に組まれているけど、どういうふうに作ったんだろう?


 両サイドの部分は縦に組んでるからいいとしても、アーチの部分の石がなぜ落ちてこないのかわからない。


 もしかして、魔法で作られているのかな?


 メノウさんが驚いたような声で言う。 



「しかし、ここに魔導ゲートがあるなんて全然わからないですね」

「……確かにそうですね」



 注意して見ると扉の枠みたいなものがあると認識できるけど、ゲートは苔やツタで覆われているから、周囲と同化しまくっている。


 これじゃあ、気づかずにゲートをくぐっちゃうな。



「その点に関して、神獣巫女の間でも問題視されているんです」



 申し訳なさそうに肩をすぼめるリノアちゃん。



「メノウさんのように間違って異世界に迷い込む事例が最近増えているんです。なので、近々ジェラノをまわってひとつひとつゲートを綺麗に掃除する予定なのですが」

「あ、そうなんですね」



 ちょっと安心した。


 だったらメノウさんみたいな人は減るかもしれないな。


 ──と思ったんだけど。



「ただ、教会でもジェラノにあるすべてのゲートの位置を特定しているわけではないようで」

「ダメじゃん」



 それ、もう手の施しようがないやつじゃん。


 リノアちゃんは山にあるゲートの位置は5つほど覚えているらしいのだけれど、残りの10ほどの位置は把握していないらしい。


 だが、彼女もそれはまずいと考えていて、時間を見つけては山を回っているという。


 さらに、教会上層部に「ゲートの位置を再調査すべきだ」と進言しているらしいのだけど、動いてくれないのだとか。


 なるほど。だからさっきからメノウさんに謝ってたわけか。


 しかし、ちゃんとメモしておこうぜ、教会の偉い人。


 これじゃあ、気軽に山を散歩できないじゃん。


 気づいたら異世界にいましたとか、勘弁してほしい。


 あれ? そういえば、この前モチたちと散歩しているとき異世界の景色が見えたけど、あれって気付かないうちにゲートをくぐってたの?


 こ、こわっ……。



「それでは参りましょう」



 リノアちゃんを先頭にゲートをくぐる。


 恐る恐る、慎重に。


 アーチの下を通って、向こう側に。


 しかし、僕の体には特にこれと言って変化はなかった。


 変わったことと言えば、ゲートが少しだけ青白く光っただけ。


 この光り方、どこかで見たことがあるなと思ったけど、集水桝だ。


 あの集水桝もこんなふうにぼんやりと光っていたっけ。


 リノアちゃんに尋ねてみる。



「山にある集水桝もこんなふうに光ってた気がするんだけど、あれも異世界の技術が使われているのかな?」

「集水桝……? あ、水を貯めているあれですか?」

「そう。それそれ」

「そうですね。あれにもゲートと同じ魔晶石が使われていて、半永久的に水を綺麗に浄化させているはずです」

「おお、やっぱりか」



 魔晶石って、神獣様のブラッシングにも使うやつだよね。


 てことは、おじいちゃんが異世界の人に頼んで作ってもらったのかな。


 魔晶石ってかなり希少なものって聞いたけど、そんなものをふんだんに使えるなんて、おじいちゃんの交友関係が凄い気になるな。


 ゲートをくぐり、再びリノアちゃんを先頭に山の中をひたすら歩く。


 途中で小川を発見したので小休止をすることになった。


 アヒルちゃんたちには川の中で遊んでもらい、僕たちは家から持ってきたヤマメの天ぷらを具にしたおにぎりで軽く腹を満たすことに。


 甘酢だれがいい味を出していて、おにぎりにすごく合うんだよね。


 リノアちゃんが「これはなんでございますか!? 美味の極みでございます!」と大興奮していた。


 今度うちに遊びに来てくれたときにご馳走してあげましょう。


 それから再び山の中を歩き始めたんだけど、次第に雰囲気が変わってきた。


 立ち並んでいる樹木の種類が変わってきたのだ。


 今までは葉が広く平たい広葉樹だったのが、葉が針のようにとがっている針葉樹になった。


 さらに、山の中に流れる空気が冷たい。


 その証拠に、吐く息が白くなっているし。


 霧も出てきているみたいだし、これは──。



「……もしかして、標高が高い場所に来てる?」

「はい、そうですね」



 こくりとリノアちゃんが頷いた。



「ルソーはまもなくです」

「おお! 本当ですか!」



 僕より先に嬉しそうな声をあげたのはメノウさん。


 相当長い間、山の中を彷徨ってたみたいだから感動もひとしおだよね。


 たぶん、久しぶりに帰ってきたモチたちも同じ感覚かも。


 と、前を歩くモチたちの可愛いお尻が目に留まる。



「かなり寒くなったけど、モチたちは平気なのか?」

「ヘイキガ〜」

「サムクナイガ〜」

「ウモウ、アルガ〜」



 あ、そうか。


 こいつらって、僕が来てるダウンジャケットの素材にもなってる羽毛で覆われてるんだった。


 標準装備であったかぬくぬくなんて、ずるい奴らだ。


 なんて軽く嫉妬していると、前を歩くモチの足がピタリと停まった。 



「……」



 前を向いたまま、じっと何かを見ている。


 だけど、モチが見ている先は何もない。


 何を見てるんだ……と疑問に思って、ふと気づく。


 そうだ。アヒルちゃんって目が横に付いているから、くちばしの方じゃなくて横を見ているんだった。


 てことは、横に何かが──。



「……あっ」



 横を見て、思わず声が出てしまった。


 樹木の隙間から見えたのは──荘厳な山岳地帯。


 山頂が雪で覆われている山々が、木々の向こうにずっと連なっていた。


 そして、その山に寄り添うように広がるいくつもの建物。



「あれがルソーですよ、アキラ様」



 リノアちゃんが、笑顔で言う。


 その言葉で改めて気づく。


 どうやら僕は、本当に異世界に来ちゃったみたいだ。






―――――――――――――――――――

《あとがき》


ここまでお読みいただきありがとうございます!


少しでも「先が気になる!」「面白い!」と思っていただけましたら、

ぜひページ下部の「☆で称える」をポチポチッと3回押していただければ、執筆の原動力になって作者が喜びます!

フォローもめちゃくちゃ嬉しいです〜!


また、新作も始めました!

人生に疲れたリーマンが、モンスターと人間が平和に暮らしている奇妙な田舎町で、たぬきちゃんとスローライフする物語です!


タヌキとのんびり田舎暮らししたい方は必読ですぞ!!


「とあるリーマン、もふもふタヌキと田舎暮らしをはじめる 〜ふらりとたどり着いたのは、人とモンスターが平和に暮らす不思議な田舎町でした〜」


https://kakuyomu.jp/works/16818093086504238966

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る