第五章 奇妙な異世界に足を伸ばそう

第42話

 とある日の朝。


 僕は畳間の寝室で、いつものように目を覚ました。


 だけど、縁側から差し込む朝日で気持よく起床した──というわけではない。


 なんか、もぞもぞする。


 布団の中の股あたりが、異様にもぞもぞするのである!


 おまけに時々「……くわっ」みたいな声も聞こえるし。


 一体何者!?


 布団をバッと開けると、モチと目がばっちりあった。



「……いや、何してんのさ?」

「くわっ?」 



 広げていた足の隙間に、大福餅みたいなモチがすぽっと収まっていた。


 何故かまっすぐ足を伸ばせなかったし、股の部分が異様に暑かったんだけど、全部モチのせいだったのか……。


 しかし、布団に潜り込んだのがモチだけでよかった。


 ポテとテケテケも入ってきてたら、完全にサウナ状態だったよ……。



「ぐわっ!」

「わっわっわっ!」



 なんて思っていると、僕の声を聞きつけたのかポテとテケテケがリビングのほうからドタドタと走ってきた。


 その勢いのまま布団の中に突っ込んでくるかと身構えたけど、2匹は布団の周りをぐるぐると回りはじめる。



「ぐわぐわぐわ」

「ぐっぐっ」

「アキラ、アサゴハン、タベルガー」



 どうやら朝ご飯の催促に来たらしい。



「……はいはい、わかりましたよ」



 ため息混じりでのっそりと布団から出る僕。


 僕に気を使ってる風に「アキラ、ゴハンタベルガー」なんて言ってるけど、食べたいのは自分たちなのだからたちが悪い。


 お腹いっぱいのときは絶対起こしに来ないもんな。


 まぁ、可愛いから良いんだけど!


 モチも布団から這い出てきて、みんなで一緒にリビングへと向かう。


 リビングのカーテンを開けて、朝日を取り込む。

 

 窓から見上げた空は、水のように澄み切っていた。


 正に気持ちがいい秋晴れ。


 うん、神域のおかげで今日も良い天気だな。


 コーヒーメーカーのスイッチを入れ、待っている間にストレッチ。


 足元にやってきたモチが、僕の顔を見あげる。



「ぐわっ」

「ん? どした? 僕の代わりに朝ご飯を作ってくれるの?」

「ムリガー」



 ですよね。


 いや、わかってたけどさ。


 どうやら「早く朝ご飯作ってよ」と催促しに来たらしい。


 ちょっと待ってろって。


 てなわけでコーヒーを飲みながら、ちゃちゃっと朝ご飯を準備することに。


 今日の朝ご飯は、昨日食べた焼き魚の残りに味噌汁、白米。


 実にオーソドックスな日本スタイルである。


 アヒルちゃんたちには、味噌汁の中に焼き魚を投入した。


 普通のアヒルちゃんに食べさせるようなものじゃないけど、異世界の神獣グリフィン様だから大丈夫なのである。


 むしろ、こっちが良いまである。


 Mamazonさんで購入したアヒル用ペレットもあるんだけど、僕と同じものを食べたがるんだよね。


 おかげでうちのエンゲル係数がバク上がりだよ……。



「お待たせ。朝ご飯だぞ」

「くわっ〜」

「マッテタガ〜」

「イタダキマスガ〜」


 

 地面に味噌汁のどんぶりをおいた瞬間、ガッツキはじめるモチたち。

 

 周囲に食べカスを飛び散らせながら一心不乱に食べる。


 朝から見事な食べっぷりですこと。



「くわ」

「くわっ」

「ぐっぐっ」



 あっという間に綺麗に食べ尽くしたアヒルちゃんたちが、3匹揃って物欲しそうにこちらをジーっと見つめてくる。



「……いや、やらないからね?」

「ケチガー」

「んなっ!?」



 ちょっと待て! ケチってなんだよ!?


 ご飯の量は普通だっただろ!


 お前らの食欲が異常なんだよ!!


 ていうか、その小さな体のどこに食べたものを収納してるんだ!?


 大福餅みたいな体だけど、一緒に暮らしはじめたころから変わらないサイズで──



「……あれっ?」



 「ヨクバリガー」とか「シュセンドガー」などと暴言を吐きまくるアヒルちゃんたちを見て違和感を覚えた。


 何だか前よりデカくなってない?


 3匹とも同じサイズだから気づかなかったけど、味噌汁のどんぶりがやけに小さく感じるし。

 

 前はどんぶりよりも一回りくらい大きいくらいだったけど、子どもの茶碗くらいのサイズ感になってるし。


 これってもしや──成長期!?


 元は猛々しい大鷹の翼と上半身に、強靭かつしなやかな獅子の下半身を持つ神獣様(リノアちゃん談)って言ってたし、その姿に戻りつつあるとか?


 ううむ、できれば今のもちもちアヒルちゃんの姿で居てほしいけどな……。


 成長するのは自然の摂理だし、仕方がないか。


 しかし、成長期なのであれば食事の量を増やしてあげたほうがいいかもしれないな。


 エンゲル係数がまずいことになっているから、できるだけ自給自足をしつつ食事の量を増やしてあげるか。


 自前で賄うとすれば裏の畑の野菜か、御科岳で取れた山菜。


 ──いや、ここはアレだな!



「よし、今日のお昼ご飯も魚にしよう!!」



 焼き魚を食べながら声高に発表した。


 アヒルちゃんたち、一斉に首をひねる。



「サカナー?」

「ナイガー?」

「イマ、タベタガー?」



 確かにモチたちが言う通り、冷凍保存してあった魚は朝ご飯の分で終わってしまった。



「だからこれから確保するんだよ」

「カクホ?」

「そ。魚を捕るんだよ」

「トル?」

「マサカ!?」

「うん! 川に釣りに行こう!」



 瞬間、3匹そろって翼をバタバタと羽ばたかせはじめる。



「くわっ!」

「わっわっ!」

「カワ、イクガー!」



 大興奮のモチたちが、ドタドタとリビングを走り出す。


 そうとう嬉しいらしい。


 川遊び、大好きだからな。


 ふふふ、可愛いやつらめ。


 まぁ、今回の主な目的は遊びじゃなくて釣りなんだけどな!


 頑張って数日分のヤマメを釣らなければ。


 てなわけで、朝食の後片づけと洗い物をしてから、釣りの準備をはじめることにした。


 用意するのは川釣り用の釣り竿に、餌。釣った魚を入れるクーラーボックス。(最近買った)


 そして、忘れてはいけないのが、これまた先日購入したひとり用のバーベキューグリルだ。


 一見、化粧ポーチサイズのすんごく小さいアタッシュケースなんだけど、パカッと開くと火床になるというもの。


 焼き網も着いているので、これだけでバーベキューや焼き魚ができるという優れものなんだよね〜。


 これを使って、現地で川魚を塩焼きにしていただくことにしましょう。



「……よし、それじゃあ出発だ!」

「わっわっ!」



 山用のジャージに着替え、荷物一式をリュックに詰め込みいざ出発!


 今日の御科岳は良い天気で、まさに散歩日和だった。


 夏が終わって秋になり、少しづつ紅葉も楽しめるようになってきたものグッド。


 水路の道の周囲に立ち並ぶ御科岳の木々も、だいぶ色がついてきている。


 お尻をフリフリしながら歩く真っ白なアヒルちゃんの背中と、紅葉のコントラストが楽しめる……うん、これぞ秋の山暮らしの醍醐味。


 そんな御科岳だけど、1ヶ月前の土砂崩れ事件以降は事件や事故もなく、至って平和な日々が続いている。


 神獣様たちやリノアちゃんはウチを訪れてるけどね。


 少し冷えた秋の空気を胸いっぱいに吸い込みながら、のんびりモチたちと歩いていく。



「……わっわっ!」



 いつも遊んでいる小川が見えた瞬間、前を歩いていたアヒルちゃんたちが猛ダッシュしはじめた。


 バタバタバタ……。


 勢いよく、川の中にドボン。


 スイーッ。



「くわっ」

「わっわっ」

「ぐっぐっぐっ」



 アヒルちゃんたちが、縦横無尽に川を泳ぎまくる。


 思い思いに毛づくろいをしたり、川の中に顔を突っ込んだり。


 うん、実に気持ちよさそう。



「アキラモハイルガー」

「いやいや、僕はいいよ」



 夏の間は一緒に入ったりしてたけど、もう川の水は冷たくなってきてるし。


 アヒルちゃんは全く寒くないだろうけど、人間様には羽毛がついていないんだよ。



「僕はみんなのお昼ごはん用のヤマメを釣らなきゃだし」

「ソウカ」

「ソレナラ、シカタナイナ」

「ガンバッテ、ツッテ」

「……」



 スイーッと僕の前を通過していく3匹。


 彼らの可愛い後ろ姿を見て、閉口してしまった。


 いやね? 僕は最初からヤマメを釣るつもりだったから良いんだけど、「釣りなんて良いから一緒に遊ぼうぜ!」みたいに誘ってくれてもいいじゃん?


 もしくは「手伝ってあげるよ」とかさ。



「まぁ、良いんだけどさ……」



 楽しそうなモチたちを見るのは癒やされるし。

 

 てなわけで、悲しさを背負いながら川に糸を垂らす。


 しかし、こうして川釣りするのも慣れてきたな。


 以前は「糸を垂らしながら、ただぼーっとする時間」だったけど、最近はぼーっとする時間のほうが短くなってきている。


 勘吉さんに教えてもらって、自分から魚に餌を食わせるようにしているからだ。


 これを釣りの専門用語で「アワセ」というらしい。


 餌に反応が来た(アタリというらしい)瞬間、竿をクイッとあげて針を掛けにいく。


 このアワセが最近、少しづつできるようになってきたんだけど──。



「……おっ?」



 早速、餌に反応アリ!


 すぐさま竿を上にあげ、グイッと引っ張る。


 すると竿から大きな反応が。

 


「よっしゃ! 早速来たっ!」



 魚の重みが竿を伝って両手に伝わってくる。


 川釣りをやっているとき、この瞬間が最高に幸せなんだよね!


 リールを巻き、針に食らいついた獲物を引き上げる。


 すぐにまだら模様の魚が姿を現した。



「ぐわっ!?」

「ツレタガ!?」

「マサカ!?」



 泳ぎながらチラチラとこちらの様子を伺っていたアヒルちゃんたちが、驚いたような声をあげた。



「わっはっは、どうだ! 見よ、このヤマメのデカさを!」



 釣り上げたヤマメを片手に、ドヤ顔。


 サイズは20センチくらい。


 実に食べ応えがありそうなヤマメだ。

 

 

「今日から僕のことを釣りマスターと呼んでもらってもいいからな?」

「アキラ、ツリマスター!!」

「ありがとう、ありがとう」

「アキラ、リョウリモウマイ!」

「サンキュー」

「ヤサイソダテル、チョットヘタ!」

「ありが……いや、チョット待て」



 最後のはいらないだろ。


 まぁ、本当にキャベツの育成に失敗しちゃったけどさ。


 植えたキャベツの半分くらいが枯れてしまったんだよね。


 神域パワーで育ちやすくなっているのに失敗するってどうなのよ……。

 


「と、とにかくだな! 今日は釣りまくるから、楽しみにしといてくれ!」

「くわっ!」

「テツダウガー!」



 僕の釣り技術を見て、モチたちの狩りの本能に火が付いたらしい。


 アヒルちゃんたちも一緒に、ヤマメ釣り&捕獲大作戦が開始した。


 30分ほどで、8匹ほどヤマメを釣るコチに成功した。


 たまに釣りはしてるけど、ここまで上手くいったのは初めてだ。


 うん。成長してるじゃない、僕。


 ちなみに、アヒルちゃんたちは全部で12匹ほどゲットしていた。


 ドヤ顔で「アキラノマケガー」って言ってたけど、アヒルちゃん1匹につき魚4匹だから僕の勝ちなんだよね。



「それじゃあ、お昼ごはんの準備をするか」

「くわっ!」

「ヤッター!」



 こうして釣ってすぐに食べられるのも、川釣りの醍醐味だよね。


 モチたちに川で遊んでもらっている間に料理の準備を開始する。


 まずは持ってきたミニグリルを開いて、中に炭を投入。


 この炭もミニグリルと同じ会社が売っているやつで、普通の炭と違ってすごく簡単に火がつくんだよね。


 ズボラな僕にピッタリな商品だ。



「お次はヤマメの下処理だな」



 グリルが温まる間に、ヤマメの下処理をする。


 山暮らしをはじめたころはおっかなびっくりだったけど、何ヶ月も住んでいるともう手慣れたものだ。


 まず、塩で軽く魚をもみ洗いする。


 こうすると川魚特有のニオイが弱くなるんだよね。


 そして、ヤマメが新鮮なうちに腹を開き内臓や血合い、エラを取り除いていく。 


 川の水でさっと血を洗って下処理は完了。


 一匹づつ、串に刺していく。


 串が焦げないように、水分を含ませておくのを忘れずに。


 最後に、丁度いい感じで温まったグリルに串を刺していく。


 焼き網の隙間に串を斜めに刺して、直立させる。



「よし。これで後は待つだけだな」



 時間で言えば10分くらい。


 ヤマメから滴り落ちる油が固まってきたら、焼き上がりの合図だ。


 あ、そうだ。おまけに網で野菜も焼いちゃおっと。


 裏庭の畑で採れたニンジンにタマネギ。じゃがいもにかぼちゃ。


 どれも甘くて美味しい自慢の野菜たちだ。



「おお、一気に彩りが豊かになってきたな」



 焼き網の上にズラッと並んだ野菜を見てほっこり。


 ヤマメもジュージューと良い音を奏ではじめ、思わずゴクリ。


 これはビールが欲しくなりますなぁ……!


 5分くらい待って、ヤマメから滴る油が固まってきた。


 お腹の部分から見える身も白くなって綺麗に焼けている。


 よし。そろそろ頃合いだな。 


 モチたちを呼ぶか。


 あいつら、アヒルのくせに熱々の塩焼きが大好きだからな。


 ……いや、アヒルじゃなくて、グリフィンか。



「ぐわっぐわっ」

「……お、噂をすればやってきたな我が家のギャングたち」



 匂いを嗅ぎつけ、ドタドタとモチたちがやってきた。


 持ってきた紙皿に一匹づつ塩焼きと野菜を載せ、モチたちに渡す。


 僕? もちろん、直接串からいかせてもらいますとも!



「それでは、いただきますっ!」

「イタダキマスガー!」



 早速、お腹の部分にガブッと食らいつく。


 パリッと焼けた皮を噛んだ瞬間、ジュワッと油が滲み出てくる。



「はふはふ……う、うまっ!」



 すごいジューシーで、塩も効いていてすごく美味い。


 外はパリッと、中はジュワッと……。


 あ〜、何度食べても美味しいなぁ。



「くわっ!」

「ウマッ!」



 モチたちもガガガガッと勢いよくついばむ。


 実に美味そうに食べてる。家よりも勢いがすごいのは、やはり釣りたてのヤマメだからかな?


 ヤマメの塩焼きの次は、いい感じで焼けている野菜をパクッ。


 あ、こっちも美味しい。


 生で食べるより、甘みがすごい出ている。


 なるほど、火を通すと野菜は甘みが強くなるんだな。


 というか、このミニグリルって、本当にすごいよね。


 小さいサイズなのに塩焼きも野菜もしっかり焼けてるし。


 これはいい買い物をしたなぁ。



「その小さな窯みたいなものは何ですか?」

「これですか? これはミニグリルですよ。携帯できるバーベキューコンロで──ッ!?」



 バッと振り返る僕。


 僕の背後に立っていたのは、不思議そうに首をかしげている小柄な男性だった。


 体がすっぽり覆われた大きいマントに、羽根が付いた帽子。


 ウエーブがかったグレーの髪をした、どこか気弱そうな雰囲気の男性だ。


 さも当然のように答えちゃったけど、どなたですか?



「ほぉ〜……みにぐりる、ですか。初めて見ました」

「あの……どちら様ですか?」

「ああ、すみません。自己紹介が遅れましたね。私、行商人をやっております、メノウと申します」

「……メ、メノウ、さん?」



 お見知り置きくださいと、ニッコリスマイルを覗かせるメノウと名乗った男性。


 だけど、こっちは笑顔を返す余裕なんてなく。


 行商人のメノウさん?


 名前からして日本人じゃないし……。


 え? もしかして、リノアちゃんと同じ異世界の方ですか?




―――――――――――――――――――

《あとがき》


ここまでお読みいただきありがとうございます!


少しでも「先が気になる!」「面白い!」と思っていただけましたら、

ぜひページ下部の「☆で称える」をポチポチッと3回押していただければ、執筆の原動力になって作者が喜びます!

フォローもめちゃくちゃ嬉しいです〜!


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人生に疲れたリーマンが、モンスターと人間が平和に暮らしている奇妙な田舎町で、たぬきちゃんとスローライフする物語です!


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「とあるリーマン、もふもふタヌキと田舎暮らしをはじめる 〜ふらりとたどり着いたのは、人とモンスターが平和に暮らす不思議な田舎町でした〜」


https://kakuyomu.jp/works/16818093086504238966


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