第4話
山暮らし7日目。
あっという間に一週間が経った。
何をするわけでもなく、のんびりしてるだけなのに一日のスピードが異様に速い気がする。
一昨日はホームセンターに行き、アヒルちゃん用のペレットを買ってきた。家に帰ってきて早速あげたら、うまそうに食べていた。
昨日は縁側でコーヒーを飲みながら、まったり読書。
本は全部電子書籍でスマホに入れてるから楽ちんなんだよね。
とはいえ、サラリーマンをやっていたときは読書なんてやる暇も気力もなかったから、電子積本してたんだけど。
一日かけて5冊くらい読んで、お腹が空いたら簡単な料理を作って食べて、お風呂に入って寝る。
う~ん、なんて贅沢な時間の使い方だろう。
とはいえ、ぐーたらしてばかりもいられないので、今日は庭の掃除をやる予定だ。庭は結構広いし、いい運動になるよね。
「……運動といえば、畑もやりたいな」
壁の向こうには、そこそこの広さの畑があるし。
元々おじいちゃんがやっていた畑なので、そこを引き継げばいくらか楽に始めることができそう。
ちなみに、おじいちゃんのスローライフマニュアルには、野菜の育て方も詳細に書かれていた。
特に土の作り方はひときわ丁寧に書かれていて、3月くらいに耕運機を入れて肥料を土に混ぜる必要があるみたい。
今は5月なのでしばらくは大丈夫だけど、耕運機を使うときは勘吉さんに相談してみよう。
「しかし、綺麗な庭だなぁ」
納屋から持ってきたホウキを片手に、しみじみ思う。
ここに来て一週間も経ってるのに、雑草ひとつ生えていないし。
実家の庭はすぐに雑草ジャングルになってたのに、不思議だよね。
おじいちゃんが除草剤でも撒いてたのかな?
「……お?」
ひょこひょこと、縁側に3羽のアヒルちゃんがやってきた。
ぴょんと庭に降りて、そのまま池に直行。
パチャパチャと体を洗い始める。
朝ご飯の後は、こうやって水浴びするのがいつものパターンなんだよね。
あの池の水っていつ見ても綺麗なんだけど、どうなってるんだろ?
山から水を引いてるのかな?
アヒルちゃんたちは、水浴びしたあと縁側に置いてるタオルでちゃんと足を拭いてくれる。本当に賢いやつらだ。
そんなアヒルちゃんだけど、この数日で3羽の違いが少しだけわかってきた気がする。
何ていうか、性格の違いっていうのかな?
3羽とも同じ「アヒルちゃん」呼びはなんだか可哀想だし、名前をつけてあげようかな。
「ぐっ、ぐっ、ぐっ」
早速、1羽のアヒルちゃんがやってくる。
体が一番小さいメスのアヒルちゃん。
メスかどうかは尻尾を見るとわかるとノートに書いてあった。
この子は一番優しい性格で、いつも僕の傍にいる可愛いやつ。
「よし、お前は『モチ』だな」
だって一番もっちりしてるし。
安直だけど。
「どう? 気に入ったかい?」
「くわっ!」
なんだか「気に入った!」と言ってるような気がする。
お尻をふりふりしてるもん。
うふふ、可愛いなぁ。
モチに続いてやってきたのは、2番目に体が大きいメスのアヒルちゃん。
「ん~……お前は、『ポテ』でどう?」
「ぐわ~っ!」
こちらも気に入ってくれた……と思う。
この子は引っ込み思案で警戒心が強く、餌のときも一番遅れて恐る恐るポテポテと近づいてくるんだよね。
最後にやってきたのは、一番体が大きいオスのアヒルちゃん。
「お前は『テケテケ』だな」
「ぐわわっ!」
元気よくバタバタと羽を羽ばたかせる。
うんうん、そうかそうか。気に入ってくれたか。
こいつは一番好奇心が旺盛で、とりあえずなんでもくちばしで突っつく性格なんだよね。
餌のときにテケテケッと元気よくダッシュしてくるので、そう命名した。
ちなみに、一番突っついてくるのもこいつ。
ちょっと痛いけど、可愛いから許す。
「これからもよろしくね。モチ、ポテ、テケテケ?」
「わっ」
「くわっ!」
「ぐわわ~っ!」
順番どおりに返事をするアヒルちゃんたち。
す、凄い。
一回教えただけで覚えるなんて、僕より頭が良いんじゃない?
アヒルってトイレの躾ができないってネットに書かれてたけど、この子たちってちゃんと教えたところでウンチをするんだよね。
人の言葉も理解してるみたいだし……。
「もしかしてお前らって、アヒルじゃない別の生き物とか?」
「ぐえっ!」
「ぐわっ!」
「ぐわわぁっ!」
「……」
こ、肯定なのか否定なのかさっぱりわからん。
アヒルちゃんたちは、いそいそと家の中に入っていく。
水浴びを終えた後はソファーでのんびりタイムなのもお決まり。
庭掃除を手伝ってくれてもいいんじゃないかなと思わなくもない。
「……まぁ、流石にそれは求めすぎだよね」
というわけで、さみしくひとりで庭掃除をはじめる。
山から飛んできた落ち葉を集めてゴミ袋に。
庭には松の木しかないから大した量にはならないだろうって思ってたけど、あっというまに45リットルサイズのゴミ袋がいっぱいになっちゃった。
周りは山だし、結構飛んできてるんだな。
落ち葉集めが終わったのは正午を回ったくらいだった。
いい感じで体を動かしたから、お腹も空いてきた。
「よし、お昼ご飯の準備をしよう」
掃除道具を片付けてキッチンに行くと、カチャカチャと音を立てながらアヒルちゃんたちがやってきた。
各々、お皿を咥えている。
「くわ」
「……」
なるほど。
お昼ご飯を催促しているらしい。
実に賢い。
だけどキミたち、残念ながらご飯を作るのはこれからだ。
「ゴメンな。今からお昼ご飯を作るから、少し待っててくれ」
「……ぐ〜っ」
少しだけ残念そうな声で鳴いたあと、3羽で集まって「くわっ」とか「ぐえっ」とか会議をはじめる。
そして、しばしの話し合いを終え、庭へと出ていく。
一体何をするつもりなんだろう?
ちょっと気になってそっと縁側を覗きに行くと、モチがバタバタと羽を羽ばたかせながら空中で何かをキャッチしていた。
「……え? もしかして、虫を捕ってるのか?」
アヒルは虫も食べるってスローライフマニュアルに書いてたけど、上手に捕食するんだな~。
なんて関心してたら、テケテケが家の壁に向かってダッシュし、壁をスタタッと忍者みたいに走って跳躍した。
視界からスッと消え、数秒後にボテッと落ちてくる。
その口にはでっかい昆虫。
どうやらカナブンを捕まえたっぽい。
「……」
唖然。
ええっと……上手く捕食するなんてレベルの話じゃなくない?
あれ? アヒルって空を飛べたんだっけ?
飛べたとしても家の壁を走るとか無理だよね?
いったいどうなってんだ?
「……くわ?」
「あっ」
モチとばっちり目が合ってしまった。
その目からは「見たな……」みたいな雰囲気を感じなくもない。
き、気まずい。
「あ~、いや、盗み見したみたいでゴメンな? だけど、モチたちって本当にアヒルなの?」
「ぐわっ!」
はい、良い返事。
意思疎通できてるみたいですごく嬉しい。
……だけど肯定されたのか否定されたのか、全くわからんです。
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