第2話

 山暮らし2日目。


 カーテンの向こうから差し込んでくる眩しい日差しに起こされた。


 現在時刻、朝の8時。


 目覚ましはかけなかったけど、ちゃんと起きれるもんだね。


 縁側に隣接している和室に布団があったので、それを使わせてもらった。


 ちょっと不思議だったのは、2ヶ月間押入れにしまったままだったはずなのに、フカフカだったこと。


 勘吉さんが干してくれてたのかな?


 おかげで、超久しぶりに熟睡できた。



「ん~、二度寝しても大丈夫って最高すぎ……」



 バフッともう一回布団に倒れ込み、思わずニンマリ。


 というか、一晩寝ただけでもう「我が家」って雰囲気になっちゃった。


 昔からそうなんだよね。


 すぐ馴染んじゃうっていうか。


 場所だけじゃなくて、人にも影響されまくる。


 例えば、社員に関西人がいるとエセ関西弁を喋りはじめちゃうし、付き合ってた彼女に影響されて、好きな食べ物や音楽まで変わったりする。


 そのせいで痛い目を見ることも多かった。


 その最たるものが仕事だ。


 会社の上司から「人の懐に飛び込むのが得意」だと勘違いされ、いきなり営業部に転属になった。


 人付き合いは大の苦手だったのに……。


 それでストレスを溜めて体を壊しちゃったわけだけど──まぁ、そんな話はどうでもいいよね。



「……しっかし、今日もいい天気だなぁ」



 縁側のカーテンを開けると、雲一つない青空がお出迎え。


 天気が良いと気分も晴れる。


 さて、今日は何をしよう?


 掃除は昨日終わらせちゃったしなぁ。


 何をしても良いって言われても、自由すぎて逆に困っちゃう。



「あ、そうだ。あのノートを読んでみようかな」



 昨日、書斎で奇妙なノートを見つけたんだよね。


 パッと見は良くある普通の大学ノートなんだけど、達筆で「困ったときのスローライフマニュアル」って書かれてた。


 早速、書斎から持ってくる。



「これ、おじいちゃんが書いたノートだよね?」



 縁側に腰を下ろし、中を拝見。


 イラスト付きで色々なことが書かれていた。


 付近でとれる山菜のことや、山菜を使った料理レシピ。


 畑で作物をうまく育てる方法。


 それに、石窯の作り方などなど──。



「これって、山暮らしをする上で大切な知識や知恵とかのメモかな?」



 おじいちゃんの長年の蓄積……まさにスローライフマニュアルだ。


 というか、すごい情報量だな。


 これなら山暮らし初心者の僕でもなんとかなりそう。



「助かるよ、おじいちゃん」



 ノートを閉じて、天国にいるおじいちゃんに向けて柏手を打つ。


 ありがたや、ありがたや。


 なんてやってたら、お腹がグゥと鳴った。


 とりあえず、食材でも買ってこようかな?


 麓の町には大きなスーパーがあるって勘吉さんに教えてもらった。


 車でいけばすぐの距離だ。



「……ん?」



 と、庭を経由して軽トラが停めてある裏の駐車場に行こうとしたときだ。


 広い庭の一角──。


 駐車場に続いている裏口が、なぜか開いていた。


 あれ? 昨日は閉まってたよね?


 うん、勘吉さんを見送ったときにちゃんと閉めた記憶がある。



「山に住んでる動物のいたずら……とか?」



 ふと、家の裏に広がる山を見る。


 庭の壁の向こうには畑もあるし、ひょっとすると食べ物を探しに来たのかもしれないな。


 そう言えばじいちゃんのスローライフマニュアルに、山に住む動物のことも書かれてあったっけ。


 タヌキにシカ。


 サル、ウサギ、リス。


 イノシシにクマみたいな危険な動物もいるっぽい。



「……クマ」



 な、なんだか怖くなってきたな。


 一応、勘吉さんに害獣対策を聞いとこうかな……?



***



 山暮らし3日目。


 奇妙なことが起きるなぁとは思ったけれど、流石に頻繁に起きすぎじゃないかと思い始めた。


 庭の裏口が開いてる……は、まぁいいとして、納屋に入れてある農具がひっくり返ってたり、夜中に雨戸を叩く音が聞こえるし。


 何かを探しているような雰囲気もあるし、本当にクマなのかもしれない。


 お腹を空かせて人里に降りてきてるとか。


 まぁ、ここは人里じゃないけど。


 一番近い家でも車で10分はかかるし。


 だけど、被害が出てからじゃ遅いし、やっぱり勘吉さんに相談してみよう。


 そう思って、スマホ片手に縁側へと向かう。


 家の中だと電波が届かない場所があるんだよね。


 無線WiFiが飛んでるわけだし、電話じゃなくてLINKSで連絡しろって話なんだけど。


 よいしょと縁側に座る。


 ぽかぽかとした暖かい陽気に、ついまったり。


 呑気に「ああ、今日もいい天気だなぁ~」なんて思ったときだ。


 納屋のほうからアヒルが3羽連なって、ヨチヨチと眼の前を横切っていった。


 ……ええっと。


 もう一回、言うね?


 ヨチヨチと3羽の見知らぬアヒルちゃんが歩いてきました!



「……アヒル、だよな?」



 錯覚かと思って何度か目をゴシゴシしてみたけど、どっからどう見てもアヒルちゃん。


 真っ白の毛並みに、つぶらな瞳。


 ペットとして人気があるとかなんとか聞いたことがある。


 お行儀よく3羽並び、お尻をフリフリしながら歩いてきたアヒルちゃんたちは、庭の一角にある大きな池にポチャンと飛び込んだ。


 そして、すい~っと泳ぎながら、毛づくろい。


 僕のことなんて全く気にしていない様子。


 やけに人に慣れてる感じだけど、以前から住んでるのかな?


 それとも、この山に住んでる野良アヒル?


 でも、スローライフマニュアルにはそんなこと書いてなかったしなぁ。


 パチャパチャと水浴びを終えたアヒルちゃんたちは、ヨイショと池からあがり、ポテポテとこっちに歩いてきた。



「……わ」



 流石にちょっとだけうろたえてしまった。



「な、何? 僕に何か用事でも?」

「くわっ!」



 先頭を歩いていたアヒルちゃんが元気よく鳴く。


 それに続いて、



「わわっ」

「わっ、わっ」



 と、他の2羽もちょっと控えめに声をあげる。


 な、何だろう。


 一体何を求めてるんだ?


 お前は誰だ……って尋ねてるのかな?


 う~ん、どっちかというと、僕が聞きたいんだけどな?



「ぐわっ」

「え?」

「メシ、くわっくわっ」

「……っ!?」



 ちょっと待って?


 今「メシ」って言わなかった?


 言ったよね絶対?



「ええっと、ご飯食べたいの?」

「ぐわっ!」

「……」



 何て言ってるのか良くわからん。


 そうだって言ってるような気もしなくもない。


 仕方ない、何か食べるものをあげよう。


 おじいちゃんが飼ってたペットかもしれないしね。


 というか、納屋を荒らしてたのって、この子たちの仕業?



「でも、アヒルって何をあげたらいいんだろう?」



 全然わからない。


 ペットなんて飼ったことないし。


 勘吉さんに聞いてみる……のはちょっと違うよね。


 う~ん、困ったなぁ。



「あ。困ったときのスローライフマニュアル……」



 僕の脳裏に浮かんだのは、おじいちゃんが残してくれたアレ。


 けど、アヒルの餌についてなんて書いてるのかなぁ?


 とりあえず、書斎に向かうか。


 ノートを取って縁側に戻ってきたら、3羽のアヒルちゃんたちはちょこんと座って待っていた。


 お行儀いいなぁ。体がお餅みたいで可愛い。



「ええっと、アヒルの餌……うわ、ちゃんと書いてるよ」



 ちょっとびっくりした。


 アヒルちゃんたちのことは書いてなかったのに、餌については書かれてた。


 てことは、やっぱりおじいちゃんのペットだったのかも?


 ざっと一通り読んでみたけれど、餌は水鳥用のペレットで十分らしい。


 でも、ペレットって何だろう?


 ──って思ったら注意書きで、「粉末状のものを小さく固めたもの」と書いてあった。流石おじいちゃん。さすおじである。


 ペレットにはアヒルに必要な栄養素がバランス良く含まれているんだけど、これだけに頼らないのもポイントなんだとか。


 赤ペンで「野菜や果物を入れること」って書いてたから、かなり大事なんだろうな。


 けど、今すぐペレットなんて用意できるわけがなく。



「……ん~、昨日作ったサラダでもいいかな?」



 昨日行った麓の町のスーパーで、一週間分の食材とか飲み物を買ってきたんだよね。


 ちなみに作ったのは、ミートスパゲッティとチョップドサラダ。


 チョップドサラダっていうのは、小さく刻んだ野菜を色々入れたカラフルなサラダのこと。


 僕の中で定番料理って言ったらコレ!


 まぁ、前に付き合ってた彼女に影響されただけなんだけど……。


 調子に乗ってたくさん作っちゃったら、冷蔵庫にたくさん残ってる。


 小さく刻んであるからむしろ食べやすいし問題ないよね。


 というわけで。


 アヒルちゃんたちにはちょっと待ってもらって、キッチンへ。


 冷蔵庫の中からボールに入ったサラダを出して、小皿に取り分ける。


 きっちり3羽分。


 ひとつだけだと喧嘩になっちゃうかもしれないし。


 再度、庭に戻る。


 アヒルちゃんたち、大人しく待っていてくれた。


 可愛いなぁ。



「さぁ、どうぞ」

「くわっ」

「くわっ」

「ぐわっ!」



 サラダを前に、いただきますと言いたげに鳴くアヒルちゃんたち。


 可愛いだけじゃなくて、超賢い!


 ──なんて思ってたけど、食べ方はすごく野性味あふれる感じだった。


 ガツガツ、ムシャムシャ、チャムチャム。


 勢いよくついばみまくって、野菜くずをそこらへんに散らかしまくる。


 もっと落ち着いて食べればいいのに。


 だけど、ちらかした野菜の破片も綺麗に平らげちゃった。


 3羽とも食べ終えると「くわっ」とひと鳴き。


 だいぶ満足したみたいだし、住処に帰るのかな……と思った矢先、ひょいっと縁側に上がってきた。



「……え?」



 アヒルちゃんたちは、困惑する僕の足元を通って和室に入り、ズンズンと歩いていく。


 そして、リビングにあるソファーの上に、ひょいっ。



「……」



 困惑に続いて、唖然としてしまった。


 ソファーの上に、ででんと鎮座する3つのお餅……じゃなくて、3羽のアヒルちゃんたち。



「ど、どど、どゆこと? まさかここに住むつもりなの?」

「くわっ」

「えええっ!?」



 なんか肯定されたような気がする!


 だってほら、すでにコクリコクリと船を漕いでる子もいるし……。


 というか、ちょっと人懐っこすぎやしませんかね?


 やっぱりおじいちゃんのペットだった説、濃厚?

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