恋愛マスターと勘違いされる俺、彼女がいると見栄を張ったら「私、人のものってすぐ欲しくなっちゃうタイプなんです」と肉食系後輩が食いついた

午前の緑茶

第1話

「天童寺くん。ありがとう! おかげで彼と付き合えちゃった!」


 昼休みの自分の教室。ゆるふわなカールを巻いた茶髪の女の子が目の前で頭を下げている。ここ2週間ほど相談にのっていた相手だ。どうやら無事成功したらしい。


「神田さん。上手くいったなら良かったよ。助言した甲斐があった」

「本当にありがとう。さすが恋愛マスター」

「恥ずかしいからやめてよ。大したことしてないし」

「ううん。友達に勧められた時は疑っていたけど、こんなに上手くいったのは天童寺くんのおかげだもの。恋愛マスターって呼ばれるのは伊達じゃないんだなって」


 きらきらとした瞳が眩しい。思わず身体を捩る。


「どうしたらそんな巧みなアドバイスが出来るの? やっぱり長く付き合っている人は違うなー」


 一人で頷く神田さん。


 (……納得しちゃったよ。ごめん神田さん。長く付き合うも何も一度も付き合ったことすらないんです)


 心の中で呟きつつも態度には一切出さない。なによりこんな会話は慣れたもの。当然のように口からスラスラと言葉が出てくる。


「……まあね。長く付き合うにはやっぱり異性の気持ちとか考えも大事だからね。上手く気持ちを読めるようにならないと」


 渾身の澄まし顔と共に自分で言ってもよく分からない説明が湧いて出た。


「おおー。ためになる!」


 ならないよ? 適当なこと言ってるだけだからね? テストに出ないから忘れてください。


 最近周りの人に何を言ってもこの調子で非常に困る。ちょっとそれっぽいことを言ってたら、いつのまにか恋愛マスターなんてあだ名までついてしまった。しまいには長年付き合っている彼女持ちなんて設定まで出来てるし。……まあ、否定しなかった自分も悪いんだけど。


 でも、言い訳させて欲しい。ほら、やっぱり彼女持ちって優越感凄いじゃん?羨ましいじゃん?

 ええ、もちろん彼女どころか仲良い女の子もいませんよ?なんなら告白なんて一回もされたことないですが。


 でも、だったらちょっと彼女持ち感を出すくらい良いじゃん!?  彼女持ちの余裕感を出してる高校生活を送らせてよ。彼女の話を会話の端っこに匂わせたいんだよ。……あと、なにより、恋愛相談にドヤ顔で乗ってる人が、一回も女の子と付き合ったことがないなんて恥ずかしすぎるし。


 こういうわけで見栄を張った結果が現在だ。

 

「ねね。天童寺くんの彼女って凄い美人なんでしょ?」

「いや、そこまでじゃ……。普通の女の子だよ」

「またまたー。とびきりの美人だって話だよ。なんならモデルだから写真を見せられないんだろうって。ほら交際禁止とかあるでしょ?」

「いやいや、どうしたらそうなる……」

「でも、理にかなってるし。他には本当は彼女なんていないからだ、なんて噂もあったけど」

「え?!」

「そんなことあるわけないのにねー。わざわざ嘘付く理由ないし、何よりそんなことしても虚しいだけなのに。意味わかんない」


 ぐはっ。神田さん、やめてください。致命傷です。死んでしまいます。その虚しいだけの人が目の前にいますから。にこにこ笑顔でとどめを刺さないで。


 今すぐ帰って泣きたいけど、それより聞き捨てならないことがある。まさか、彼女持ちが嘘説の噂が流れているなんて。これは非常にまずい。


 彼女持ちだと見栄を張って一番致命的なことはなにか。それは彼女持ちが嘘だとバレることだ。周りからの嘲笑はもちろん、奇異な視線、そして黒歴史は確実だ。成人式後も散々いじられることは確定してしまう。それはなんとしても避けなければ。


「ほんとだね。ただ恥ずかしいから隠してるだけなんだけどなぁ」

「そうなの? モデルだからじゃないの?」

「違うって。本当に一般人。写真だってあるし」

「え、見たい見たい!! 恋愛マスターの彼女さんがどんな人なのか、女子みんなの中で話題なんだから」

「い、いや……」


 まずい。非常にまずい流れになった。もちろん、彼女がいないのに彼女の写真なんてあるはずがない。なんなら仲の良い女子もいないので、あるのは推しの女優の写真だけだ。そんなのバレるに決まっている。


 冷や汗をかきながら、なんとか逃げ道を探す。ここで無理やり終わらせてもいいけど、そしたらなおさら彼女持ち嘘説に信憑性が増してしまう。

 どうしものか返答に困っていると、その間に「なになに。天童寺くんの彼女の写真?!」とクラスの女子が何人も集まり始めてきた。ぞろぞろと時間が経つごとに食いつきが大きくなる。あわわわわわ。


  やばい。やばい。なにか誤魔化す方法を模索しながら、スマホの写真フォルダを漁っていると、一つの写真を見つけた。


(こ、これは……)


 写っているのは、黒髪の長髪にワンピースを着用した人物。その隣には自分。並んで映る姿は出かけた時の写真のようにしか見えない。これなら誤魔化せるだろう。だけど、いいのか? あとからが怖い。もう戻れないところまで来てしまっている気がしてる。

 そっとスマホから視線を上げてみると、前右左と10人以上人が集まっている。ひえぇ。そんなきらきらした目で見ないで……!


 逃げるようにもう一度だけスマホの写真を確認する。どうするどうする。悩んでみても、もはや、選択肢はこれしかない。他の方法はない。覚悟を決めて写真を見せる。


「この子だよ」


 周囲の視線が手元の画面に集中する。一瞬の静寂。そして。割くように喧騒が湧き立った。


「え、可愛くない?!モデル?!」

「全然知らないから一般人でしょ」

「でも可愛すぎるでしょ。天使?」

「そりゃあ、天童寺くんも隠すわけだ」

「芸能人でもおかしくないって」


 様々な声が上がるが、どれも容姿を褒める声。確かに写真に写っている人は、間違いなく可愛い。ダントツで抜けていると言ってもいい。


 (……だけどその人、男なんです)


 何を隠そう。みんなが褒めまくっているその人は、俺の生まれた時からの幼馴染、赤坂蓮(男)だ。たまたま家での罰ゲームで蓮が女装をした時に撮ったのだけれど、確かにこの時の蓮はびっくりするくらい可愛かった。姉の化粧パワーのおかげで完全に女子になっていた。


 ここまでの反応なら、上手く誤魔化せたのは間違いない。俺の彼女持ち嘘説の噂も無くなるだろう。

 ああ、よかった。問題解決。万々歳。そう言いたいところだけど、残念ながら新たな問題が起きている。


 喧騒の中心からそっと後ろに視線を向ける。斜め後方。自分の席から三つ後ろの場所。じっと見つめてくる親友の顔。怖くてそっと前を向いた。ダレカタスケテ。


♦︎♦︎♦︎


「それで、言い訳を聞こうか?」


 自分の家に帰って部屋の扉を開けると、仁王立ちで腕を組む蓮がいた。笑っている顔が怖い。


「ご、ごめんって。ああするしか誤魔化す方法が思いつかなかったんだよー」


 頭を地面につけて平伏す自分。慣れすぎって? そりゃあ何回もしてますから。

 げしっと頭に重みがかかる。い、いたい。顔が潰れちゃう。


「あの写真は絶対出すなって言ったよね?忘れちゃったかな?」

「い、言いました。忘れてないです……!」

「なら、なんで見せてるのかな?」

「そ、それが神田さんの追及が強すぎてですね。あとだんだん周りの人が集まってきて……」

「それで引くに引けなくてあの写真で誤魔化した、と」


 そっと頭上の重みが無くなったので、恐る恐る顔を上げる。こちらを見下ろす蓮は、呆れた表情でため息を吐いた。


「あのさ、そもそも傑が彼女がいるとかいう馬鹿な見栄を張るからこうなったんだよ。言ったよね。いつかはバレるって」

「で、でも、ほら、みんなの恋愛相談にドヤ顔で助言してるのに、付き合ったことないとか言えなくない?」

「まあ、確かに、傑が助言してる姿は毎回笑うけど」

「ほ、ほら!」


 やっぱり俺が考えてることは正しかった。そう思ったところで思いっきり頬を引っ張られる。


「ほら、じゃないでしょうが!反省しろ」

「い、いたいいたい」

「学ばないでさらに誤魔化してるから躾けてるんだよ。その見栄っ張りなのなんとかしなよ」

「ご、ごめんって」


 謝ってもさらに頬が引っ張られる。の、伸びちゃう。


 このまま続けてもひたすら蓮に責められるだろう。そんなことしたら俺のメンタルが終わってしまう。

 だけど、そんなことはさせない。蓮も自分のことを知り尽くしているだろうけど、こっちも蓮のことら知り尽くしているのだ。


 リュックから先ほど姉の部屋に余ってた本を取り出す。声優として活動する姉の部屋には、ファンにはたまらない限定系の本が山ほどあるのだ。


「ほ、ほら、お詫びとして姉貴の限定ファンブックあげるからさ」

「……そんなんで誤魔化せると思ってるわけ?」

「じゃあ、いらない?」

「……いる」


 作戦通り。相変わらずチョロいですね。


 蓮が葛藤しながらファンブックに手を伸ばす。しっかり確保すると、目を背けるようにしながら呟いた。


「仕方ないから今回のことは許すけど、いい加減見栄を張るのはやめなよ。そのうち絶対バレるからね」

「分かってる。でも、今回は本当に助かったよ。ありがとう」


 なんとか上手くいったことに安堵する俺は、あの一枚の写真からあんな展開になるとは思ってもいなかった。






 

 



 


 


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