第3話:森中探索

 牙の森を彷徨い続けて約二時間。

 正確な時間は分からないけど、大体そのぐらいだろうと思いながら進んでいれば、短い時間で好物になったこの森特有の真っ赤な木の実をまた見つける事が出来た。


「確かこの木の実は体力とスタミナを回復できるんだっけ?」

 

 攻略ノートに目を通しながら食べてみれば、少し傷ついた体が軽くなるのが分かった。

 

 流石は王道ファンタジー。

 ただの木の実ですらこんな効果があるなんて本当に凄い。これならあと数時間は動けるだろうし、もしもの時の為に数個は鞄に入れて置いたのだ暫くは持つはずだ。


「そういえば俺って、今どこに向かってるんだろう? フェンリルがいる神殿に向かってるつもりなんだけど、景色が変わらないせいで全く分からないんだよね。ねぇ、どう思うキキョウ?」


 俺の側には彼女しかいないし、何より話し相手がいないのが辛かったから彼女に話しかけてみたのだが、返事は一鳴きだけ。一応力を借りた副産物として大体何を言っているか分かるが、今回の返事は酷い物で私には分からないというものだった。


「……迷った僕が悪いけどそれは酷くない? まあいいけどさ」


 ちょっと不貞腐れてそう言ってしまったが、どう考えても迷った俺が悪いのでこれ以上の文句はない。でももうちょっと何かあってもいいだろう。例えば慰めるとか。

 ……あ、はやく歩けと。ごめんって、家帰ったら鹿肉上げるから許して。

 

「え、何? 熊肉もくれるなら乗せてくれるって? 早く言ってよ、それだったらすぐにそう言ったのに」


 なんだこの相棒は、そういう事ならもっと早く言って欲しかった。

 だってそれならこの長い森を歩きで二時間も彷徨う必要がなかったのに……そんなに文句言うなら乗せない? ごめん謝るから乗せて。 


 結局優しいキキョウは俺を背中に乗せてくれたのだが、これがすっごい快適だった。疲れないし、何より毛並みがとても触り心地がいいのだ。


「じゃあフェンリルの元まで出発だ。多分奥にあると思うしこのままいけば着くでしょ」

 

 キキョウに乗せて貰いながら先へと進むこと数十分、周囲に視線を向けながら探索していれば今更ながらあることに気付いたのだ。

 

「今って……昼だよね」


 早朝からこの森に潜って約二時間程いたことは覚えている。

 それから数十分、今もこの代わり映えしない森の中にいる事は分かるのだが、あのノートが間違っていなければこの森は日が出ている間は光に満ちる聖域で暗くなることなんて有り得ないのだ。


「これってもしかしなくてもやばい?」

 

 そう小声で呟いて一度キキョウに止まるように指示してみたのだが……急にキキョウが草むらに向けて吠え始めたのだ。魔物か? と思った俺は瞬時にキキョウの力を借りて剣を構えたが、


「……血の臭い?」

 

 聞こえる足音――いやこれは何かを引きずっている音だろうか? 何かがいるのは分かるが、相手はこちらを襲ってくる様子は一切なく、ただ噎せ返るような血の臭いを放っていた。


 だけど油断は出来ない、この森は聖域とはいえ曲がりなりにも魔物が溢れるダンジョンだ。何がいるのか分からないので油断とか絶対にしてはいけない。


 警戒し相手が出るのを待っていれば、茂みから現れたのは白銀の毛を持つ狼だった。キキョウの漆黒の毛並みとは違う輝く銀の毛……だけどその大部分は赤黒く染まっていた。


 獲物を狩った事による返り血……違うな、これは全部自分の体から出した物だ。

 血濡れの来訪者、それはこの森の主である筈のフェンリルで、様子を見るに誰かに襲われたことは確実。


 此方の存在に気付いたこの狼は敵意を表しに睨んでくるが、すぐに体をぐらつかせその場に倒れてしまった。


「厄介ごと……でも」


 攻略ノートのフェンリルの記述はここに辿り着くまでに何度か見たが、フェンリルという聖獣は何があっても襲ってはいけない神聖な者として扱われている。


 それはこの森にいる魔物も同様の筈で、むしろ率先して未来の主である子フェンリルを守ろうとさえするとあるのだ。


 だからこそこの状況はおかしい、この森にこの獣を襲える魔物なんかいる訳がないし、何より裏ボスである巨大なフェンリルではないとはいえこの聖獣を倒せる者がいるとは思えない。


「見捨てる事は、出来ないよね」

 

 フェンリルは此方に睨み威嚇してくるが、その傷は深く何もする事が出来ない。

 今しかチャンスはないと思った俺は、そのままそいつに近づいて鞄に入っている包帯を取り出して、

 

「ちょっと待ってね、すぐ治療するから」


 そう言ってみたのだが、近づいた瞬間噛むという意志が分かるほどに吠えてきたのだ。このままだとこの狼が死んでしまう……でも治療を受けさせてくれる気配はないし。


「なら……ちょっと痛いけど」


 俺は自分が持ってきていた護身用の剣で自分の手の甲を傷つけてから、それを持っている包帯で巻き、こうやって治療するという事を見せてみたのだ。


「これをやりたいんだけど、どうかな?」


 目線を合わせるようにして、そうやって聞いてみれば許してくれたのか少し大人しくなってくれた。

 

「良い子だね、あとこれも辛いかもしれないけど食べてよ」


 ここに来るまでに集めておいた真っ赤な木の実。

 これにはHPの回復効果があるので、気休めかもしれないが少しはこの子の体力を回復させることが出来る筈だ。


 下手かもしれないが精一杯包帯を巻き、治療を終えればフェンリルは動けるようになってくれてお礼なのか一度鳴いたのだが、すぐに怒りを浮かべ俺の後ろに吠え始めた。


「なにって……君達、誰?」


 急にどうしたんだ? 

 何か不味いことしたのかなと思い後ろを見てみたのだが、そこには蝙蝠の羽を持った男と女に老人の三人組がいて、男がニヤニヤと君の悪い笑顔を浮かべて俺の事を見ていたのだ。


「おい小僧、その獣を渡せ。そうしたら命は助けてやる」


 テンプレな台詞を吐いたそいつは、家畜を見るよな目で俺を見下していて、どう考えても生かして返してくれる様子はない。それにそいつの後ろにいる女はこっちを見てまだ笑っているし気味が悪くて嫌な予感が拭えない。


「やだよ、それよりおじさん達は何なの?」


「なにただの狩人だ。その獣を狩りに来ただけのな!」


 最後声を荒げたそいつは紅い槍を此方に投げてきた。

 なにかされると思ってずっと警戒していたおかげか避ける事が出来たのだが、


「ねえ、あの子供貰って良いかしら? 生きが良さそうで飼い甲斐がありそうなの」

「いいぞ、だが趣味悪いな。あんな子供のどこがいいんだ?」


「だって見てよ、私達を見ても怖がらずに向かおうとしてるのよ? そんなの面白いじゃない?」


 そのせいか女に目を付けられてしまい、相手に火を付けてしまったようだ。

 後ろは森前には蝙蝠のモンスター? いや違う、この容姿に紅い瞳……そしてさっきの槍から考えると此奴らは吸血鬼。

 こんな序盤のダンジョンにいるはずのない魔族と呼ばれる者達だ。


「キキョウ逃げるよ、フェンリルも!」


 吸血鬼の推奨レベルそれは三十以上。

 今の俺のレベルは分からないが、絶対に勝てない相手であり、こんな場所にはいてはいけないであろう奴だ。

 フェンリルは最初向かうと牙を構えたが、すぐに言うことを聞いてくれてキキョウに乗り走り出した俺に着いてきてくれた。


「出口分かる!?」

 

 言葉は通じるか分からないが聞いてみた所、すぐにこの子は方向を変え一度鳴いてから右の道に進み始めた。キキョウもキキョウでその鳴き声に返事をし、その後を着いて行き始める。


 だけど相手は吸血鬼。

 空を飛べ何より夜目が利く彼奴らからしたら、この真っ暗な森は自分の庭同然の狩場である。しかも彼奴らはフィールドが暗いほどにその能力が上がったはずだ。

 今の暗さなら――。


「おっと逃がさないぞ」


「そりゃ、回り込まれるよね」


 後ろからも聞こえるバサバサという蝙蝠の羽音。

 回り込まれ囲まれた俺達の周りには今頃三体の吸血鬼達がいるだろう。逃げられない、それに勝つのは絶望的。

 獲物であるフェンリルがいる以上逃がしてくれないだろうし、俺は最初の行動のせいで女吸血鬼に目をつけられている。


「キキョウ……やるよ、最初から全力だ」


 相手は強者。

 だけど吸血鬼の性格を考えれば格下である俺相手では絶対に慢心してくれるはずだ。ゲームでもレベル差が五以上あると手加減してくれたはずだし、それは吸血鬼という種族共通の性格だったと覚えている。

 だからここではその慢心を突くしかない。

 元より勝つのは絶望的だ――――ならやるしかないよね。

 死にたくない、絶対に生き残ってやる。


 ――――――

 ――――

 ――


 「どうしたどうした逃げてばかりか!」


 テンションが上がっているのか槍を乱射しながら襲ってくる吸血鬼。

 覚悟を決めて挑んでみたが、圧倒的なレベル差を覆すことは難しく早くも俺は防戦一方となっていた。


 しかも手加減された上でだ。

 相手に俺を殺す気があったら今頃俺は死体になっていただろうし、殺す気がなくても既に満身創痍な俺が生き残れる未来なんて全然見えない。

 縦横無尽に森の中をかけながら、なんども奇襲を仕掛けてみるもそれも全部防がれているし、全くもって笑えないのだ。

 で、何より厄介なのが――。


「その再生能力だよね!」


 なんとか見つけた隙を突いて、女吸血鬼の腕を刎ね飛ばして見たけれど痛みを感じていないのか、そのままこっちに向かってきて避けて視線を戻せばもう傷が治っていたのだ。


「ほらまた治っちゃったもっと頑張りなさい?」


 避けながらそして何より逃げながら頭の中にある攻略ノートの情報をまとめていく。相手は吸血鬼、性格的に格下には慢心する魔界出身の魔族。

 ありとあらゆる種族の血液糧にして数百年の時を生きるとされる化物。

 身体能力が高い上に性能が良いリジェネ持ち。弱点は聖銀や太陽の加護が宿った武器や流水でそれ以外の攻撃はあまり効果がない。


 幸い一応銀製の武器を使っているおかげか、普通よりは通るのだが最初期の武器ではあまり高いダメージは望めないのだ。 

 でもそれでも戦えている理由が一つ、それは一緒にいてくれているフェンリルのおかげだ。


 記憶違いでなければアリアを主人公として選んだ時のイベントで、フェンリルとの共闘があったのだが、その時には聖獣の加護というバフがかかるのだ。このフェンリルもそのバフを使えるようで俺の身体能力は体感三倍ぐらい上がっている。 

 だから今まで俺は生きてこれたし、まだまだ戦う事が出来るのだ。

 何よりまだ数は同じ、誰もかけてないおかげでリンチされることもない。


「ちょこまかと、逃げるなよガキ!」

「逃げられる方が悪いんじゃない? というかそんな事いうなら追いついてみてよ」


 森の奥に逃げるように攻撃を暫く避け続け、ある程度距離が空いた所でキキョウに乗った俺は、このまま巨大なフェンリルが住む神殿を目指して駆け出して貰った。

  

「行くよフェンリル、回り込まれる前に!」


 スピードでは勝てないのは分かってる。

 だから俺はフェンリルに先導して貰い、入り組んだ森を利用してどんどん距離を離していく。


 今回の戦いの目的、それは生き残る事だ。

 まだ俺達を侮っている相手ならその目的を達成できる可能性はきっと存在している筈だし、何より勝てるわけがないので今は逃げて助かる道を見つけるしかない。

 だからこそ此奴らを倒せる可能性がある神殿の主のフェンリルの元に向かうことにしたのだ。 


「ッそういう事か、なら先に機動力を潰させて貰うぞ」


 右斜め後ろから聞こえる男の吸血鬼の声、キキョウの能力の副産物である直感強化が警告を鳴らし避けなければという思考が頭の中を支配した。


「キキョウ避けて!」


 キキョウもその直感を共有しているから後ろから飛んでくる巨大な槍を避ける事が出来たのだけど、それを持ってないフェンリルは避ける事が出来なくて――。


「しゃッ大当たりだな!」


 巨大な槍が直撃し体に大きな穴を空けたフェンリルが倒れていく姿が目に入ったのだ。そしてその真後ろから、ゲームで景品を当てた時のような声音で喜ぶ吸血鬼の声と、ハイタッチしたような軽快な音まで聞こえてきたのだ。

 

「俺の勝ちだが、あの人間のガキはどうする?」


「勿論私が貰うわよ、ここまで健気に逃げてくれたんだもの。ご褒美くらいはあげなくちゃ」


 フェンリルの力が弱まったせいで加護が消え、今まで感じる事のなかった疲労感が一気に俺を襲ってくる。そんな中で聞こえる吸血鬼達のふざけた声は、妙に遠くから聞こえてきて現実感がなかった。

 

「おいガキ、どうした急に動かなくなって」


 これは俺のミスだ。

 もっと早く戦闘に見切りをつけてフェンリルの元に向かってれば……そして何よりもっと逃げる事に集中してれば。

 いや違う、そもそも俺が囮になっていればよかったのかも。

 失敗だ。俺のミスのせいでフェンリルが死んだ……それにこのままだと俺も攫われる。


「あ、ダメだこりゃ聞いてねぇ。まあいいか、まだやること残ってるしさっさと気絶させて連れてくわ」


 男が近づいてくる。

 このままいけば俺は倒されて、フェンリルの命も無駄になる――あぁ、ダメだそんなの許せない。でも無理だ、ここからこの状況を打開する力なんて俺にはない。


 やっぱり俺は、主人公じゃないな。

 俺が知るアリスなら、こんな状況でも……彼女なら笑って全部覆せそうで、俺が本当のレイなら諦めることなんてしないのに。


 と、そんな風に諦めかけていた時だった。 


『しょうがないな、少し力を貸してやるよ』


 何処かから声が聞こえてきたのだ。

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