第2話:作戦会議
――ミソサガの女主人公兼ラスボスであるアリスは完全な脳筋である。
それが俺がこの世界で2年間過ごした事での結論であり、これはきっと彼女が聖女になっても変わらないものだろう。例をあげるとすれば……岩が邪魔だといって槍で砕いたり、冒険者である彼女の父親に連れられていった訓練ではトロールの顔面を吹き飛ばしたり、遠くにいる怪鳥を弓で射れと言われたのに、自分で投げた方が早いと結論づけて弓を使わず撃墜したりと。
なんだそのチートスペックという風にツッコみたくなってくるが、彼女の成長しやすいステータスは攻撃と素早さだったことを思い出し、乾いた笑いが漏れてしまう。
それと思うのだが……アリスは聖女に本当になるのだろうか?
一応俺はアリスルートもプレイしているから聖女になるっていうのは分かっているのだが……。
いやでも、このアリスが聖女になるって嘘だろ。絶対バーサーカーだって、そっちの方が彼女らしいし。
あぁ、きっと未来の彼女の攻略対象であるイケメンキャラ達は振り回されるんだろうなー……と、そんな事を思いながら俺は地面に背中を預けていた。
「ねーレイ、速く立ってよ続き続き!」
ぶんぶんと槍を振り回しながら近づいてくる狂戦士。
彼女は俺が立ち上がるのを今か今かと待ちながら、不満そうな顔をしていてすぐにも爆発しそうだ。
もしも彼女が爆発してしまったら、それを鎮めるのは爆発させた俺になるので、すぐにでも立たないといけない。
「すぐ立つから待ってよ、でも待ってねまた力を借りるから」
そして少し話が変わるのだが、この脳筋チートスペックのアリスと僕が戦い続けられているのには少し秘密がある……いや、そんな大層なものじゃないか。
その内容というのが、男主人公を選んだ場合のみ使える固有魔法。
異形と呼ばれる種族の者や、世界に溢れるモンスターの力を絆を結ぶことで使えるというもの。
「という事で頼むよキキョウ」
そして今から力を借りるのは、俺が今の世界での家族である狼の力。
キキョウと名付けたこの狼のモンスターは自分の身体能力を上げるという力を持っており、転生したと理解した後の初めての仲間だ。
このモンスターの力を借りる能力はとても便利なのだが、一つ欠点がある。
それはモンスターの特徴が分かりようなモノが力を借りている間に出てくるというモノで、今回の場合は狼の耳と尻尾が生えてくるのだ。
この力を借りなければアリスと鍛錬できないというのは分かっているのだが、一つだけ文句を言わせて欲しいのだ開発陣よ。
なぜ男主人公であるレイの衣装や獣姿が数百個以上あるのだと。
そのせいで俺は彼女と戦う時毎回獣耳状態なんだぞ? 流石にここ二年間で多少慣れたが、辛いものは辛いのだ。
「耳が出たね、という事は準備は良い? いっくよー!」
こちらの答えを待たず、突撃してくる聖女様。
待ってって言おうとしたけど、もう遅く目の前には彼女がいて練習用の槍を既に振りかぶっていた。
何もないままだったら、僕はこのまま叩き潰されていただろうが、キキョウの力を借りた今は違う。
「おっ受け止めたねレイ、次行くよ」
「アリスいつも言ってるけど、声に出すのは悪い癖だよ」
すぐに受け止めた槍を流した俺は、蹴りに移ろうとする彼女の足を払い転ばせることにした。
蹴ろうとしていた足を払っても意味ないので軸としている足を狙った攻撃は見事に成功して、彼女を転ばせることが出来たのだが……脳筋聖女様はそれだけでやられるような人間ではなかったのだ。
「投げるから受け身取ってね!」
「ちょっま」
転ぶ直前受け身を取ると思ったのだが、彼女が取った行動は僕の服を掴むというもの。転ぶ勢いを利用した彼女は、そのまま僕を遠くの方へと投げ飛ばしたのだ。
「まだまだー!」
そして勢いよく飛ばされた俺にすぐに立ち上がった彼女が一瞬でまた迫ってきて――――。
「よしトドメ!」
そんな元気な声を最後に俺の意識は暗転した。
決まり手は
〇 〇 〇
「はいここに第二百九十六回、アリスを打倒する&バッドエンド回避会議を始めます」
司会は勿論俺で、参加メンバーはキキョウのみ。
やることと言えば、原作知識をまとめて今後の対策のためにその日を振り返るような感じだ。
「まず最初にキキョウ、あと二年以内に俺は人間に襲われます」
最初にそうぶっちゃけると、帰ってきたのは家族の驚きの反応だった。
ヴァフ!? 文字にするとそんな感じだろうが、いつも冷静なこいつの驚いた反応とか見れるの稀だから今まで黙ってて良かったな。
まあふざけるのはここまでにして、今キキョウに伝えたことは絶対に起こる未来だ。理由としては一つ、時期が早いがアリスが主人公になった時しか覚えることの出来ない縮地を使ってきたからだ。
「これをアリスが使えるという事は、この世界はアリスが主人公の世界だ。そこから考えると、この先俺は鬱シナリオも真っ青な未来に襲われるだろう」
例をあげるなら、まずは監禁、拷問、洗脳、奴隷。
あとは実験動物にされたりとか、人間に襲われた中で初めて心を許した人間の女性を殺されたりとか、苗床にされたりとか、吸血鬼と数世紀を過ごすとか。
あと印象的なのは、ネクロマンサーの玩具にされるとか……あとはなんだ? そうそう、狼人の少女に依存しきるとかだな。
他にも上げればキリがないが、今上げたのはアリス視点で見れる俺のBADエンドだ。特に最後の狼に関しては本当に酷い、色々あって壊れたレイ君が狼の少女に依存しきりその子とだけ暮らせるように生物を絶滅させようとするのだ。
「まあ同じ狼でもキキョウは違うよなー、ただのモンスターだし」
そんな狼は許せないと言いたいのか、怒った感情をこっちに送っている家族に癒やされながらも、ある程度のバッドエンドを回避するための案を出した俺は、一息ついてから今日の本題に入る事にした。
「そしてキキョウよ、俺は決めたよ。新しい仲間を増やそうと!」
これは前々から決めていたことなのだが、最近目処が立ったので今日満を持してキキョウに提案したのだ。
それに対して、一瞬首を傾げた俺の家族は数秒後内容を理解したのか、元気よく遠吠えを上げた。
「あ、ちょっとキキョウ。アリス達起きるから吠えないで」
設定的にレイ君は捨て子なので今の俺には親がおらず、アリスの家で過ごしているのであまり大きな声を出せないのだ……だって起こしちゃうし。
あと、眠りを邪魔したときのアリスの機嫌はヤバいほど悪いので、臆病な僕は起こす可能性を少しでも避けたいのだ。
え、なんだいキキョウ? それなら夜会議するなって?
ふふ、馬鹿だな朝だとバレるじゃん?
「そんな阿呆を見るような目で見ても俺には効かないぞ? ……あれ、何の話だっけ、そうだ新しい仲間の話だ」
最近出来た知り合いの猟師に頑張って交渉したところ、その猟師が狩場としている牙の森に明日一緒に緒に行けることになったのだ。
その森はアリスが主人公の時に行ける場所で、結構強いモンスターが沢山いることで有名だ。しかもあの森にはこの先絶対に使うことが出来るであろう飛行能力を持ったモンスターが沢山いる。
「目指すは、出来るだけでっかい鳥モンスター。頑張るぞ、キキョウ」
それを彼女に伝えたところで、丁度俺は眠くなり巨大な狼であるキキョウを抱えながら、明日に備えて眠ることにした。
〇 〇 〇
「よし我が愛弟子よ、準備は良いな!」
そして翌日、目的地である牙の森の入り口で暑苦しい声を聞いた後、僕はそれに返事を返した。
「バッチリですコジロウさん、早速行きましょう!」
「元気な我が愛弟子よ。しかしまだ整っていないだろう準備体操からだ!」
「押忍!」
この無駄……というか、そんな言葉すら吹き飛ばす程に元気なこの人は今回引率してくれることになった村一番の猟師だ。
実力はこの時点で物語の中盤の敵を倒せるぐらいにあり、最初の方のアリアのお助けキャラ。
彼がいるのなら今回の森の中での探索はとても楽なモノになるだろうし、きっとスムーズに目標である怪鳥を仲間にする事が出来るだろう。
まあ、この世界にテイム用のスキルとはないせいで、やるなら何回もこの森に来ないといけないから、結構時間はかかると思うけど、まあそこはあと2年はあるし気長にやろう。
「よし終わったな? なら早速森を探索だ!
「了解です!」
……そして、始まった牙の森探索だったのだが、俺は一つ重要な事を忘れていたのだ――それは……。
「俺がすっごい方向音痴だということ」
クエスチョン、俺は今どこにいるでしょうか?
ヒントは、昼にもかかわらず日が届かない場所、見渡す限りの木の枝には赤い目の鴉たちが沢山いる事、そしてあまりにも同じ景色過ぎてどこか分からない……あ、これは答えだわ。
という事でこの問題に対する答えは、全く場所が分かりませんでしたー!
わーぱちぱち…………はぁ、どうしてこうなった?
「ヘンゼルとグレーテルの物語みたいに、パン屑でも置いとけば良かったがまさか大人がいて迷うとわな、流石に俺の迷い才には驚いた」
キキョウの嗅覚を借りてコジロウさんの元に帰ろうかと思ったけど、この広い森でそれは出来ない。だってそうだろう? この森には様々な血の匂いが溢れている上に、キキョウがコジロウさんに会ったのは一度きり。
そんな状況で彼を見つけろというのは酷な話だ。
「これ、ヤバいよな……一応何があってもいいように道具とか持ってきたが――3日分の食料と包帯だけで何が出来るんだよ、剣はあるが刃こぼれした場合とかのメンテとか出来ないし、俺の魔法も多くは使えない……と」
一応誰にも見せられない攻略ノートは持ってるが、マップ自体を覚えてないせいで、帰れる気はしないし。
こんな時にスマホがあれば、遭難した時の対処法でも調べるのになぁ。
現実逃避がてらにそんな事を考えるのは、解決策が見つからないからだ。
「あまりにも滅茶苦茶に動いたせいで、帰り道とか分からないし……何より、この森の隠しボスこの時期だと残っているよな」
やることがないので、一先ず俺は持ち歩いている攻略ノートでこの牙の森というダンジョンの事を調べる事にした。
「えっと、牙の森……牙の森……あ、あった。『牙の森』そして別名が日の森。太陽が出ている間日の光に溢れる聖なる森。そしてこのダンジョンには、回復系のアイテムと満腹ゲージを回復するための果物が多数存在し、主に鳥や獣系のモンスターが多く生息している……隠しボスである聖獣フェンリルは、対話することが可能で何かを対価に願いを叶えてくれ……る? あ、これ助かるんじゃない?」
このノートを見る限り、俺が今やることは一つだろう。
それは、フェンリルに助けて貰う事だ。対価は毎回ランダムだから祈るしかないが、そこは頑張って交渉でもして――というか、アリア視点でみたがあの獣はかなり寛大だった気がするし、何より子供に優しかったはずなのでわんちゃん助けてくれる筈。
「そうと決まればすぐ出発、この森なら食料に困らないし気楽に頑張るぞー!」
だけどこの時の俺は見落としていたのだ。
攻略ノートにあった一文、この森は日が出ている間は基本光に溢れているということを。
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