1  出発の準備

エリーナは自室で、旅の準備に忙しく立ち回っていた。彼女の銀髪が動きに合わせて揺れ、青い瞳には期待の光が宿っていた。ノーヴァリア王国への潜入調査。その言葉だけで、彼女の冒険心がくすぐられる。


「さて、何を持っていこうかしら」


エリーナは明るい声で独り言を言いながら、衣装ケースを開けた。中には華やかなドレスや、実用的な旅装が整然と並んでいる。


「派手すぎず、でも貴族らしさは出さないと」


彼女は慎重に服を選び始めた。その時、ノックの音が聞こえた。


「エリーナ、入っていいか?」


「ええ、どうぞ」


ドアが開き、リュシアンが入ってきた。彼の腕には地図や書類が抱えられている。


「準備は順調か?」


「ええ、もう少しで終わりそうよ。リュシアンはどう?」


リュシアンは机の上に書類を広げた。


「ノーヴァリアの地図と、最新の情報をまとめてきたんだ。一緒に確認しておきたい」


エリーナは興味深そうに地図を覗き込んだ。


「へえ、首都はこんなに山に囲まれているのね」


「ああ、だからこそ閉鎖的な国になったんだろう」


二人は真剣な表情で地図を見つめ、時折意見を交わしながら情報を整理していった。


「あ、エリーナ。領地の方は大丈夫だったか? 連絡したんだろ?」


エリーナは明るく微笑んだ。


「大丈夫よ、心配しないで。私がいない間の対応はしっかり指示してきたわ。それに、たまには離れることで新しい視点が生まれるかもしれない」


リュシアンは少し驚いたような顔をしたが、すぐに微笑んだ。


「さすが、エリーナらしい考え方だ」


準備を進める中、エリーナは時折窓の外を見やっていた。王都の景色が広がる向こうに、彼女の領地がある。少し寂しさを感じつつも、新しい冒険への期待が胸を満たしていく。


「ねえ、リュシアン」


「ん?」


「私たち、夫婦のふりをするのよね」


リュシアンは少し赤面した。


「あ、ああ。任務のためにはそうせざるを得ない」


エリーナは茶目っ気たっぷりの笑みを浮かべた。


「楽しみね。良い練習になりそう」


「エリーナ⋯⋯」


リュシアンが困ったような顔をするのを見て、エリーナは楽しそうに笑った。


「冗談よ。でも、本当に楽しみなの。あなたと一緒に冒険できるなんて」


「ああ、そうだな。不謹慎かもしれないが、俺も楽しみに思ってる」


エリーナは嬉しそうに頷いた。彼女は再び荷物の準備に取り掛かり、必要なものを丁寧に鞄に詰めていく。魔法の道具、必要になるかもしれない小物類や、緊急時の薬。全て慎重に選んだ。


「久しぶりに魔法の練習もしておかないとね」


エリーナは指を軽く動かし、小さな光の球を作り出した。それは部屋の中をゆっくりと漂い、柔らかな光を放っている。


「最近は簡単な魔法しか使ってなかったから、体が鈍ってるかもしれないわ」


彼女は目を閉じ、集中する。すると、部屋の空気が少し変わり、かすかな風が起こった。


「エリーナ⋯⋯部屋を壊さないでくれよ」


「大丈夫大丈夫、これくらい。なんの問題もないわ」


エリーナは目を開けると、いたずらっこのような笑みをリュシアンに向けた。


そして、準備が進むにつれ、二人の会話も具体的な作戦に移っていった。


「まず首都に入ったら、どこを調査するの?」


「王宮周辺の様子を探るのが先決だろう。でも、あまり怪しまれないように注意しないとな」


「そうね。私たちは観光に来た貴族夫妻。自然に振る舞わないとね」


エリーナは考え込むような仕草をした。


「街の人々との交流も大切ね。彼らの話から、重要な情報が得られるかもしれない」


「ああ、その通りだな。今の君なら誰とでも問題なく仲良くなれそうだ」


「ふふっ ありがとう」


エリーナは嬉しそうに微笑んだ。

夜が更けていく中、準備は整っていった。エリーナは最後の確認を行い、鞄を閉じた。


「これで大丈夫なはずよ」


「ああ、万全の準備だな」


「明日の出発、楽しみね」


エリーナの声には、期待と少しの緊張が混ざっていた。


「ああ、でも油断はするなよ。遊びで行くわけではないのだから、常に警戒を怠らないように」


「わかってる。でも、リュシアンと一緒だから楽しみなのよ」


エリーナの言葉に、リュシアンは優しく微笑んだ。二人の目が合い、そこには互いへの信頼と愛情が宿っていた。


「そろそろ休もう。明日は早いからな」


「そうね。おやすみ、リュシアン」


「おやすみ、エリーナ」


リュシアンが部屋を出ていくと、エリーナは窓辺に立ち、夜空を見上げた。星々が静かに輝いている。彼女の心は、明日から始まる冒険への期待で満ちていた。


初めて訪れる新しい国、新しい人々、そして新しい挑戦。全てが未知で、だからこそ魅力的だった。エリーナは深呼吸をし、ベッドに横たわり静かに目を閉じた。

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