2-2 学院長への挨拶

馬車が学院の門をくぐると、壮大な景色が広がっていた。巨大な塔を中心に、いくつもの建物が立ち並び、生徒たちが行き交う。時折、魔法の光が空に舞っていた。


「すごい⋯⋯」


エリーナは息を呑んだ。馬車が止まり、二人が降り立つと、エリーナは緊張で体が硬くなっていた。


「さあ、行こう」


リュシアンが笑って彼女の背中を軽く押し、二人は学院長室へと向かった。


***


あの日、リュシアンが実は第三王子だと教えられ、エリーナは、これまでの会話や行動が走馬灯のように頭の中を駆け巡っていた。


「⋯⋯私⋯⋯なんて失礼なことを⋯⋯」


家族との話が終わったあと、エリーナは謝罪のため膝をつき、深々と頭を下げた。


「申し訳ございませんでした。いままで不敬な態度を取ってしまって⋯⋯お許しください」


リュシアンは驚いた表情を浮かべ、すぐにエリーナの肩に手を置いた。


「エリーナ、顔を上げてくれ」


彼の優しい声に、エリーナはおずおずと顔を上げた。涙が頬を伝っている。


「謝る必要なんてないんだ。むしろ、今までの君との時間が俺にとってはかけがえのないものだった」


リュシアンの言葉に、エリーナは驚きの表情を浮かべた。


「でも⋯⋯私のような身分の者が、殿下と⋯⋯」


リュシアンは微笑んで首を横に振った。


「身分なんて関係ない。俺はこれからも君と一緒に魔法の練習をしたい。そして⋯⋯」


彼は少し照れくさそうに続けた。


「これまで通り、リュシアンって呼んでほしいんだ」


エリーナは驚いて目を丸くした。


「え? でも⋯⋯それは⋯⋯」


リュシアンは優しく微笑んだ。


「理由はある。実は、王族の中でも俺は特殊な立場なんだ。俺の身分は公には明かされない。普段は身分を隠して一人の騎士として過ごしている」


リュシアンの説明に、エリーナは少しずつ納得していった。


「だから、これまで通り接してほしいんだ。君との関係は、俺にとって本当に大切なものだから」


その言葉に、エリーナの頬が赤く染まった。


「リュシアンさん⋯⋯」


彼女は迷いながらも、ゆっくりと頷いた。


「はい⋯⋯分かりました。これまで通り、リュシアンさんと呼ばせていただきます」


「ありがとう、エリーナ」


リュシアンは嬉しそうに笑顔を見せた。


***


「大丈夫だ、エリーナ。学院長は良い人だ」


リュシアンは学院長室の前まで来ると、緊張して固くなっているエリーナを励まし、重厚な扉をノックした。


すると、中から温和な声が響いた。


「どうぞ」


部屋に入ると、そこには白髪の老紳士が温かな笑顔で彼らを迎えた。グレゴリー・クロウフォード学院長だ。


「やあ、リュシアン。そして君が噂の新入生、エリーナ・レイヴンさんかな?」


グレゴリーは優しく微笑んだ。


「は、はい。よろしくお願いします」


グレゴリーは立ち上がり、エリーナに近づいた。


「君の才能については、殿下から聞いているよ。素晴らしい能力の持ち主だそうだね」


「そんな⋯⋯まだまだです」


「謙虚さも大切だ。しかし、自分の才能を恐れてはいけない」


グレゴリーは優しく諭すように言った。


「この学院では、君のような才能ある生徒を心から歓迎する。存分に力を伸ばしてほしい」


リュシアンは満足げに頷いた。


「ありがとうございます、学院長」


グレゴリーはエリーナの肩に手を置いた。


「時には困難もあるだろう。しかし、それを乗り越えることで、真の成長がある。私も可能な限り君を支援しよう」


エリーナは感動して目を潤ませた。


「ありがとうございます。精一杯頑張ります!」


「そうだ、それでこそ我が魔法学院の生徒だ。君のこれからの未来が明るくなるように、ちょっとしたおまじないを掛けてあげよう」


グレゴリーの手から光が洩れ、エリーナの体を柔らかく包んだ。


「さあ、これからオリエンテーションがある。リュシアン、案内してあげてくれ」


二人が部屋を出た後、グレゴリーの表情が一瞬だけ曇った。しかし、すぐに元の温和な表情に戻り、窓の外を眺めた。


エリーナは学院長室を出て、リュシアンと廊下を歩きながら言った。


「学院長先生、とても優しい方ですね。親しいんですか?」


「ああ、グレゴリー学院長とは旧知の中なんだ。彼は生徒思いで知られている。君のことも必ず支援してくれるはずだ」


***


学院の建物が近づいてくると、エリーナは再び緊張に包まれていた。


「緊張してる?」


隣に座っていたリュシアンが優しく尋ねた。


「はい⋯⋯でも、頑張ります」


「君なら大丈夫だ。ただし、油断は禁物だぞ。学院での生活は決して楽ではない」


「はい、分かっています」


エリーナは真剣な表情で答え、深呼吸をしてまた一歩を踏み出した。


学院の玄関には、たくさんの新入生が集まっていた。みな、エリーナと同じように緊張した面持ちだ。


「新入生の皆さん、こちらへどうぞ」


教師らしき人物が声をかけてきた。エリーナはリュシアンを振り返った。


「ここからは一人で行くんだ。君の力を信じている」


エリーナは涙ぐみながら頷いた。


「リュシアンさん⋯⋯本当にありがとうございました。ここまで来れたのはあなたのおかげです」


「頑張れよ」


リュシアンは最後に彼女の頭を撫でた。エリーナは深く息を吐き、他の新入生たちに混ざっていった。

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