第2章 魔法学院

2-1 魔法学院への推薦

朝もやの中、馬車が静かに走っていた。窓から顔を覗かせたエリーナは、遠くに見える巨大な塔を見つめていた。その塔こそ、彼女が今まさに向かっている魔法学院の象徴だった。


(やっと⋯⋯ここまで来たんだ)


エリーナは深く息を吐いた。この日を迎えるまでの道のりは、決して平坦ではなかった。


リュシアンとの秘密の特訓は、それから数ヶ月間続いた。昼間は家事に従事し、夜になると森で魔法の練習に励む日々。体力的にも精神的にも厳しい日々だったが、エリーナは決して諦めなかった。


そして、ついに魔法学院の入学試験の日が訪れた。


***


試験前夜、エリーナはリュシアンに不安を打ち明けた。


「心配するな。君なら必ず合格できる」


「でも⋯⋯家族には内緒で受験しなければいけません。どうすれば⋯⋯」


「俺に任せてくれ。君は試験に集中するんだ」


エリーナはその言葉に大きく勇気づけられた。


次の日、何故か家族は全員出かけることとなっていた。詳しくは教えられなかったけれど、さる高貴なお方に特別な呼び出しを受けたとアリスが得意げに言っていた。


そうして、エリーナは試験に臨んだ。試験官たちの厳しい視線の中、彼女は持てる力の全てを出し切った。風を操り、小さな炎を生み出し、時には複雑な魔法の理論問題にも挑戦した。


試験が終わった時、エリーナはへとへとに疲れていた。しかし、同時に大きな達成感も感じていた。


そして、数週間後、彼女はリュシアンから一通の手紙を受け取った。


合格通知だった。


エリーナは喜びのあまり、思わず声を上げた。けれど、喜びも束の間、不安が入り混じった表情でリュシアンを見返した。


「おめでとう、エリーナ」


リュシアンは満面の笑みを浮かべた。


「君の才能と努力が認められたんだ」


「ありがとうございます。でも⋯⋯これからどうすれば⋯⋯」


涙ぐみながら言ったエリーナにリュシアンは真剣な表情で応えた。


「もう隠し立てはできない。家族に正直に話すんだ」


エリーナは恐る恐る頷いた。


「それと⋯⋯君に言わなければいけないことがある」


ためらうように言葉を一度切ると、リュシアンはエリーナを見つめ話し出した。


「実は、俺は君の家の調査をしていた。詳しいことは明かせないが⋯⋯調査に行き詰っていて、君との接触を続ければ何か進展があるかと⋯⋯」


言葉を濁すように、向けられていた視線が反らされ、エリーナは彼の言わんとすることを察した。悪いように言えば、彼はエリーナを利用しようとしていたのだろう。


「そうですか⋯⋯いえ、いいんです。気にしないで下さい。私が助けられたのは事実ですから。何か見つかりましたか?」


「いや、まだ調査は続行中だ⋯⋯」


「本当に気にしないでください。私が希望を持てて、未来が開けたのも、全てあなたのおかげです」


微笑んで、心から感じたことを伝えた。リュシアンはあまり表情を変えなかったが、心なしかほっとしているようだった。


翌日、エリーナは家族を居間に集め、すべてを打ち明けた。秘密の特訓のこと、魔法の才能のこと、そして魔法学院への合格のこと。


予想通り、家族の反応は冷ややかだった。


「何を馬鹿なことを。お前のような者が魔法学院などに入れるはずがない」


「あなたが家を出てどこに行こうというのです」


父、母は冷たく言い放った。

兄は嘲笑し、魔法学院の試験に落ちた妹は嫉妬の眼差しを向けた。

だが、エリーナは怯むことなく言い返した。


「でも、私は本当に合格したんです。これが証明書です」


彼女は合格通知を差し出したが、誰も見向きもしなかった。


その時、扉が開き、リュシアンが入ってきた。 あらかじめエリーナが屋敷に招き入れており、家族に話す際の協力をお願いしていた。


「失礼します」


リュシアンは丁寧に挨拶した。ロバートは眉をひそめ、不審そうな目でリュシアンを見た。


「お前は誰だ? どうしてここに?」


エリーナは緊張した面持ちで前に出た。


「お父様、この方はリュシアンさんです。私の魔法の先生をしてくれている騎士の方です」


「魔法の先生だと? 使用人同然のお前が生意気な⋯⋯」


リュシアンは穏やかに、しかししっかりとした声で話し始めた。


「レイヴン卿、エリーナ嬢の魔法の才能は並外れたものです。私は彼女を魔法学院に推薦したい

と思っています」


「貴様に何の権利があって!!」


「身分も知れぬ者の言葉など⋯⋯」


その時、リュシアンはゆっくりと自身の胸元から、王家の紋章が刻まれた金のペンダントを取り出した。


部屋の空気が一変する。ロバートの顔から血の気が引いた。


「そ、その紋章は⋯⋯まさか⋯⋯」


リュシアンは静かに頷いた。


「ええ⋯⋯私の身分は王家に連なるもの、とだけ答えておきましょう」


部屋中がどよめいた。エリーナは驚きのあまり、その場に立ち尽くした。


「王家⋯⋯?」


エリーナの声は震えていた。ロバートは慌てて膝をつき、深々と頭を下げた。


「こんな無礼な対応をして申し訳ございません!」


リュシアンは手を上げて制した。


「お詫びは不要です。私はエリーナ嬢の才能を高く評価しています。彼女を魔法学院に送り出す

ことは、レイヴン家にとっても名誉となるはずです」


「しかし⋯⋯彼女は⋯⋯」


「私が保証します」


リュシアンは力強く言った。


「エリーナ嬢は必ず優秀な魔法使いになる。レイヴン家の名を高めることができるでしょう」


長い沈黙の後、ロバートはしぶしぶ頷いた。リュシアンの言葉は、貴族である彼にとって無視できないものだった。


「分かりました。行かせましょう」


エリーナは喜びのあまり、思わず両手で顔を覆った。激しい感情のたかぶりで声が出てこなかった。


それから数週間、リュシアンの協力により慌ただしく準備が進められた。学院への入学に必要な物品を揃え、これまでの生活に別れを告げる。


準備を進めている間、一時的に使用人が増やされ、エリーナは家の用事をしなくてすむようになった。 その間、リュシアンの部下が常駐していたためか、家族は彼女に対して何も言ってこなかった。


そして今、彼女は魔法学院へと向かう馬車の中にいる。新たな人生の幕開けを、エリーナは期待と不安を胸に抱きながら迎えようとしていた。

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