第48話 ミランダと大魔導士アレキダロス

 ゼント・ラージェントが大勇者ゲルドンの屋敷に行った次の日――。


 ここは「ミランダ武闘家ぶとうか養成所ライザーン本部」の社長室。


 応接室のソファに座ったミランダ社長の机の上には、山のような札束が積まれている。


 1億……いや、10億……、50億……? いやいや、もっとだ。


 ミランダの前のソファには、白い仮面を顔につけた大魔導士、アレキダロスが座っていた。その隣には、黒服の赤鬼族の巨漢きょかんが腕組みしてふんぞり返っている。


 白仮面の大魔導士アレキダロス――セバスチャンの助言者アドバイザーだ。ちなみに、セバスチャンは、18日後、ゼント・ラージェントと決勝戦で闘うことになる。


「なんなんですか、これは?」


 ミランダはキッ、とアレキダロスをにらみつけた。


「100億ルピーです。お受け取りください」


 アレキダロスは、白い仮面の下で笑って言った。不思議な声だ。大人とも子どもともつかない甲高い声だ。――「変声魔法へんせいまほう」だ――とミランダは直感した。


 アレキダロスは言った。


「あなた方、グランバーン王国の武闘家ぶとうかは全員、セバスチャン率いる、我が『G&Sトライアード』所属武闘家ぶとうかにならなくてはいけない。セバスチャン本人から、すでに聞いているはずですよ」

「バカ言わないで!」


 バーン!


 ミランダは机を叩いた。赤鬼がピクリと動こうとしたが、アレキダロスが手でとどめる。


「セバスチャンは、その世迷よまよいごとを、まだ実行しようとしているの? 自分の『武闘家ぶとうか連盟会長』の権限を利用して!」

「ミランダ先生よぉ」


 アレキダロスの左に座っていた赤鬼が、口を開いた。


 着ている黒スーツがはちきれんばかりの、太い腕、脚の筋肉だ。体格は、身長190センチ、体重は90キロ以上はあるだろう。どうやらアレキダロスのボディーガードのようだ。


「死にたくねえなら、さっさと、この金を受け取って、セバスチャン先生の支配下に入りな」

「誰に向かって口を利いてるのっ!」

「元国民的ヒロイン、ミランダ先生にだよ。ああ、センセイ?」


 ボキリ


 赤鬼が拳を鳴らし始めた。


「やめろ」


 アレキダロスは赤鬼に言い、ミランダを見つめた。


「では、もう100億上乗せしましょう。合計200億。セバスチャン先生の願い――武闘家ぶとうか統一の願いを叶えませんか。グランバーン王国の武闘家ぶとうかは、セバスチャンの支配下になるのです」

「断る!」


 ミランダはそう声を上げた。アレキダロスは仮面の奥で、また笑っている。


「すでにほとんどの武闘家ぶとうか養成所は、我々『G&Sトライアード』の支配下に入っております」

「そんなバカな!」

「証拠をお見せしましょう」


 アレキダロスは、持って来た契約書の写しを、20枚以上、机に並べてみせた。


「山鬼族蛇の穴」「グロモリー武闘家ぶとうか養成所」「ホビット族武闘家ぶとうか養成所」「バスダルダン闘技とうぎ研究所」「ザンブ拳闘士けんとうし育成会」……。


 ギリッ……


 ミランダは歯噛はがみした。


 全部、有名な武闘家ぶとうか養成所じゃないの……。

 どうなってるのよ、彼らは武闘家ぶとうかのプライドはないの? こんなヤツらに、金の力で乗っ取られてしまうというの?


「ご存知の通り、グランバーン王国全体は不況なのですよ」


 白仮面の大魔導士アレキダロスは、愉快ゆかいそうに言った。


武闘家ぶとうか養成所も、なかなか存続できない時代に入っています。人々の戦争の不安もあります。人々は、強力な剣や斧、頑丈がんじょうな鎧や盾などを買いに行きます。習うのも、昔のように武闘家ぶとうか養成所ではなく、剣術や槍術そうじゅつ訓練所です。――なぜか?」

「……武器なら、魔物を手っ取り早く殺傷さっしょうできる」

「ご名答です。人々は素手で闘う技術を教える、武闘家ぶとうか養成所には行きません。こんな時代だから我々、武闘家ぶとうか関係者は、一致団結しなければならないのです」


 ミランダは「くっ」と息をついた。


 魔物との大戦争が始まるらしい――。そんな噂が民衆の間に広がっているのだ。

 しかし、世間を不安におとしいれる陰謀論者いんぼうろんしゃが、そんな噂を流しているという話もある。


「50の武闘家ぶとうか養成所が、100億を我々から受け取り、我々の支配下に入ると契約しました。あとはこの老舗しにせ武闘家ぶとうか養成所である、この『ミランダ武闘家ぶとうか養成所』だけ」

「うるさい! 帰りなさい!」

「フッフッフ……」


 ギシリ


 赤鬼がゆっくりと、ソファから立ち上がった。


「女だからって容赦ようしゃしねえぜええ! があああっ!」


 赤鬼は、丸太棒まるたんぼうのような足で、100億ルピーが乗った机を踏みつけようとした。


 しかし! ミランダは素早くその机の上に飛び乗ると――。


 ドガアアッ


 素早い上段横蹴りを、赤鬼のアゴに叩きつけていた。


「がはっ!」


 赤鬼はソファの上に崩れ落ちる。完全にアゴに決まった。


 赤鬼は、目を丸くして、ミランダを見上げた。ソファから立ち上がれない。ミランダの上段横蹴りは、赤鬼のアゴの急所に完全に決まっていた。


 しかし、大魔導士アレキダロスは笑っていた。机の上の100億の札束の山は、砂のように消え去った。……なるほど、魔法による模造品イミテーションだったのか。


 ミランダは叫んだ。


「私の所属の選手、ゼント・ラージェントは、トーナメント決勝戦でセバスチャンを叩きのめすわ!」

「ほほう?」

「それならば、このバカバカしい、あなたたちの武闘家ぶとうか界乗っ取り計画は、白紙になるでしょうね!」


 しかし、アレキダロスは首を横に振った。


「バカな。今、セバスチャンは、グランバーン最高の武闘家ぶとうかひょうされつつあるのですよ。ゼント? そんな元引きこもりの男に負けるわけがない」

「私の予想では、その元引きこもりの男が、グランバーン最高の武闘家ぶとうかに勝つわ」


 ミランダは声を上げた。


「ゼントは真の困難から立ち上がってきた! 彼こそ本物の『武闘王ぶとうおう』よ!」

「『武闘王ぶとうおう』ですって? あの伝説の? ハハハ。見た目も貧弱、まぐれで勝ち上がってきたようなあのゼント・ラージェントが、『武闘王ぶとうおう』? 冗談もほどほどに。――決勝戦までに、我々の支配下に入る用意をしておいてください。まあ、今日は帰りましょう」


 アレキダロスは立ち上がった。ソファに倒れ込んでいた赤鬼も、あわてて立ち上がった。


「一つ言っておきますとね」


 アレキダロスは社長室の扉に向かう途中、言った。


「セバスチャンと我々は、どんな手段を使ってでも勝ちにいきます。たとえば私たちは、あなたたちの大切な人に何をするか分かりません。――お気をつけくださいね――」

「あ、あなた、何を言っているの?」


 ミランダは驚いて言ったが、アレキダロスと赤鬼は部屋を出ていってしまった後だった。

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