第34話 ゼントVSセバスチャンの弟子、シュライナー②

 俺の相手は、バッティングという故意の頭突き――反則をおり交ぜてくる、とんでもない武闘ぶとう拳闘士、シュライナーだ。


 シュライナーは、すばやく走り込んで、大きな右フックを俺に叩きこもうとした。


 しかしだ!

 

 俺は見逃さなかった。ヤツの弱点!


 ビシイッ


「ぎゃっ!」


 シュライナーが再び声を上げた。


 俺の下段蹴りが決まっていた。左の内腿うちももがガラ空きだ! シュライナーは苦痛に顔をゆがめる。


 ベチイッ


 今度は外から! 上から振り下ろすような下段蹴りを食らわせてやった。


「ぐうっ!」


 そんな声とともに、シュライナーはリング上に倒れ込んだ。内と外の痛みのサンドイッチだ。効かないわけがない。

 こいつはやはり拳闘士。蹴られ慣れていない!


『ダウン! 1……2……3……!』


 シュライナーは地面に座り込みながら、俺をにらみつける。


「シュライナー!」


 声を上げたのは、客席のセバスチャンだ。


「負けた者は――『儀式』にかける! 分かっているだろうな!」

「儀式! ひ、ひいいっ!」


 シュライナーの顔が、いっぺんに真っ青になった。な、なんだ?


 あわててシュライナーは、ヨロヨロと立ち上がる。


「冗談じゃない……『儀式』なんてごめんだ!」


 シュライナーは意味の分からないことを言いながら、俺に向かって走り込んでくる。


 ブウンッ


 うおっ!


 シュライナーの見事な右フック!

 そして素早い右ストレート!

 俺はそれをけるが、下から!

 手の甲を使った、トリッキーなパンチ、フリッカージャブ!


 か、間一髪かんいっぱつけた。

 だが、み、見事な連続技だ!


 シュライナーが一歩踏み込み、左ジャブ――、いや! またも、ジャブに見せかけた頭突き! 俺の側頭部そくとうぶめがけて、自分の額を突き出す!


 グワシイッ


「ぐへ」


 当たったのは……俺の右肘みぎひじだった。シュライナーのアゴに、頭突き――反則のバッティングが来る前に、ひじを叩き込んでやったのだ。

 シュライナーは倒れようとするが、ふんばる。


 反則野郎だが、こ、根性のあるヤツだ!


「うおらああっ!」


 シュライナーの上から振りかぶるような、右パンチ!


 しかし、このパンチは動きが遅い! 俺は――。


 ガシイッ


「ガフ」


 シュライナーのほおに、左ストレートを叩き込んだ。


「あぐ」


 ヨロヨロとふらつくシュライナー。


 しかし、彼は再びふんばり――。


「だああっ!」


 シュライナーの左ジャブから右ボディーブロー! そして、ワン・ツー!


 見事な連続攻撃だ!


 俺はすべて防御したが――シュライナーは上からひじを落としてきた!


 シュッ


 シュライナーのひじは空を切る。俺の鼻の前を通過していった。

 あ、危なかった! こいつは実力者だ。どうして反則なんかに頼るんだ?


「ゼ、ゼント……。どうして君は、俺のパンチをけ続けられるんだ? 一体、何者なんだ? 僕は拳闘士だぞ、パンチに自信を持っている! なのに君は――」


 シュライナーが声を上げる。


「今よ!」

 

 エルサが声を上げる。


 俺は一歩前に進み出て、右フックを彼の側頭部に――。


 ガスッ


 叩き込んだ。確実にシュライナーの急所をとらえた!

 シュライナーはヨロリと体をふらつかせる。


 そして――ここだあああっ!!


 ガシイイッ


「グ、ハ」


 シュライナーが声を上げた。

 俺は、左手の平の下部を使った、掌底しょうていを、シュライナーのアゴに叩き込んでいた。

 

「ぐ、ふ」


 観客がざわめく。


 シュライナーは、小鹿こじかのようにヨロヨロとふんばったが、やがて両膝を床につけた。

 ダウンだ……。


 その時、リング外の白魔法医師が、立ち上がってあわてて手でバツの字を作った。


 その時!


 カンカンカン!

 

 ――と、ゴングの音が鳴った。


『8分20秒、でドクターストップでゼント・ラージェントの勝ち!』


 ウオオオオオオオッ


「あ、あのゼントってチビ、やったぁ!」

「すげえ……顔の急所を完全に打ち抜いてるぜ」

「ゼントぉっ! 1回戦から観てるぞ! お前は強い!」


 観客席から声が上がる。


「きゃああーっ、すごいですうっ」


 俺がホッとしてリングを下りた時、観客席に座っていたアシュリーが、俺に抱きついた。


「ゼントさんは、やっぱりすごーい!」

「こ、こら! ゼントは疲れてるのよ」


 エルサはアシュリーに注意したが、エルサも笑顔を隠し切れないようだった。

 ありがとう、エルサ、お前のアドバイス、役に立ったぜ。


 ◇ ◇ ◇


 花道を通り、控え室に向かう通路に向かうと――。

 何と、セバスチャンが笑顔で待っていた。


「な、何だ。あんたか」


 俺が言うと、セバスチャンが口を開いた。


「私の弟子を、見事に倒しましたね。見事な掌打しょうだでした」

「あ、ああ」

「君はとんでもない打撃の正確性を持っている。君は一体、何者なんです?」


 ……セバスチャン、俺はそれをあんたに言いたい。


「ゼント君、不可思議だ。君のような強い人を、どうしてゲルドン様は自分のパーティーから追い出したのか」

「それは昔の話だよ。セバスチャン、あんただって、ゲルドンの秘書かなんかだろ? 武闘家ぶとうかでもあるって聞いたけど?」

「フフッ」


 セバスチャンは不敵に笑った。


「私はゲルドンの執事家秘書ですよ。武闘家ぶとうかとしてもまあまあの腕があります。その実力を、次の試合で君にお見せしたいと思います」


 え? あ、そうか。次の試合は確か……。


「そうです。私の相手は、君の友人のローフェン君です。私に歯向かわないように、叩きのめします」


 な、なんだと? 叩きのめす? 

 ローフェンは強いぞ。そんな簡単にいくもんか。


「それはそうと、ゼント君。君は強い。君が私の仲間になってくれたら――。ローフェン君を無事にリングから帰してあげよう」

「ど、どういう意味だ。俺があんたの仲間に? お、俺があんたの仲間になんか、なるわけないだろ!」


 俺はセバスチャンに嫌悪感けんおかんを感じていた。このセバスチャンという男は、信用ならない。――そうか!

 俺はハッとした。


「シュライナーが握手に見せかけた肘打ち攻撃や、故意の頭突き――まさか、あんたの指導か?」

「フフッ。そうだとしたら? どんな手を使っても勝負に勝つ。相手を再起不能にしてもね――」


 俺はセバスチャンという男の心の闇を、確実に感じた。こいつは――ヤバい!


「君を仲間にできないのは残念だ。ローフェン君には地獄を見てもらいましょう」


 セバスチャンは悪魔のように笑いながら、廊下の奥の方に去って行った。

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