「2-10」無能勇者、儚げな少女に感謝される
俺は、ひとまず周囲に獣払いの魔法を施した。ドラゴン相手には焼け石に水、だが、無いよりはマシだろうと思ったからだ。
何より、俺自身の心が持たないという理由があった。どんなにか細くてもいい、自分が安心できるような環境を、どうにかして確保したかったのだ。
孤独、それだけでこんなにも心がざわつくのか。俺は、改めてアーサーを心の底から尊敬し直していた。選ばれたとはいえ、他の戦士よりも強いとはいえ、当時の彼はまだまだ幼い十五歳の子供だったのだから。それを、何の疑問も持たずに旅に出て、荒くれ者のフロストさんを仲間に引き入れ、魔女と呼ばれ恐れられていたマーリンさんをも受け入れた。
どうして、俺なんかをパーティに入れてくれたのだろう。どうして、俺を仲間だと思ってくれていたのだろう。足手纏いでしかない俺なんかに、どうして聖剣と使命を託してくれたのだろうか?
(俺も、お前みたいに旅をして、たくさんの仲間ができれば、分かるのかな)
自分の旅は始まったにすぎない、今ある壁さえ、余りにも高い壁を乗り越えることも無いまま、自分の旅が終わるような気がした。とても、自分なんかが、あの大英雄を打ち倒し、その先に進んでいく……そんな未来が、どうしても思い描けなかった。
「う、ううっ」
苦悩する俺の思考を断ち切るかのように、品のある呻き声が聞こえてきた。
檻から救い出したあの少女だった。彼女は俺が話しかけるよりも前に上半身を起こし、そのまま周囲を見渡し始めたのだ。――雨に濡れた草木のような、儚げな人だった。短く切り揃えられた銀髪、そこから見える、琥珀を散らしまぶしたような碧眼。その輝きに負けない程の純白の肌。両腕が肩まで露出する青い服とは相性が良く、深い蒼色のマントで徹底的に肌が覆われた下半身と、対を為すような完成美さえあった。
「こ、ここは? 私は確か、檻の中で」
そう言いかけて、少女はハッとした様子を見せた。自分が檻の外にいる事に気づいたのだろう。困惑し、きょろきょろと辺りを見渡していくうちに、目が合った。
「……」
「えっ、と。自分で言うのもあれなんですが――」
「いや、言わなくていい。檻から出してくれたのは、君だな?」
なんと、冷静で的を得た態度。てっきり誤解を招くかと思って身構えていたが、想像の何倍よりも、見た目よりも、この少女は聡明で頭がいいらしい。しばらく俺の身なりを、上から下まで見た後に、彼女は首を傾げた。
「命の恩人である貴方にこんな事を尋ねるのは失礼かもしれないが、どうやって私を檻から出したんだ?」
「あはは……そうだよな。弱そうに見える、よな」
ショックを見せる素振りを苦笑いで誤魔化しながら、俺はポケットから例のブツを取り出した。当然、彼女の表情は曇ったし、なんなら怒りがチラついて見えた。
「信じられないかもしれないけど、本当にこれが役に立ったんだ。貴方だけじゃなくて、俺の命まで救ってくれた。……意味分かんないけど、それだけは事実なんです」
「成程、嘘は言っていないようだな。では、私も然るべき礼儀を通させてもらおう」
少女は腰を地面から浮かし、そのまま大変綺麗な姿勢で立ち上がった。あまりにも綺麗で礼儀正しいので、俺も釣られて立ち上がった。
「改めて、助けていただき心から感謝する。私はイグニスという」
「俺はガド、背中の剣を見てもらえば分かると思うけど……成り行きで、勇者として旅をしてるんだ」
「――これは、驚いたな。あの勇者アーサーの代わりに成るような人材が、この世界にはいたのか……」
「ちっ、違います! 俺はあくまで代用品って言うか、アーサー本人の意思って言うか……とにかく、俺には務まらないような大役なんです」
「そうか、大変なのだな……」
そう言って、イグニスさんはしばらく黙った。考えているのだろうか、しばらく顔に皺が寄り、やがてそれは、本人の答えと共に解き放たれた。
「私を、仲間に加えてくださりませんか?」
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