第3話 春樹はまるで....
春樹の女装は正直言って、微妙だ。
突っ込みづらい程度には完成度が高かった。だけれど、褒めるほどの完成度ではない。
それなのに春樹は、さあ突っ込んで、と言わんばかりにこっちを見ている。
そんなに、自信ありげにこちらを見られても困る。
春樹を一人にしてしまった、という罪悪感が募る。
だが、そこまでして構ってほしいのかと、正直ちょっと引いている。
周りもだいぶ引いている。そこまでして突っ込んでほしいのかと。
誰かが「たかが一週間、無視された程度で必死すぎww」と、ぼそっと呟いた。
それから、波紋が広がるように、春樹の悪口がクラス内に広がっていく。春樹には伝わらない程度の声量で。
制服もただじゃない。確か、春樹には兄妹はいないはずだ。
そんなお金をドブに捨てるようなことをして、春樹が何がしたいのかがわからない。
春樹は、落ち込んだ表情になり、トボトボと自分の席に向かっていった。
春樹のさみしげな表情を横目に、私達は話し始める。
「春樹やばくない?」
軽いのか、真剣なのか、わからないような言葉で、切り込んでいったのは、田中 藍。彼女は、翼の幼馴染だ。中学までは学区がちがって、別の中学校に、通っていた。高校に入り翼に紹介された。そこから、意気投合したので彼女との付き合いはまだ二年も経っていない。春樹との関わりも同じようなものだ。そんな彼女が、春樹を心配してくれているということに、私は感動している。
「ここ一週間、部活にも顔を出さなくなっちまった。大丈夫なんかな?」
悲しそうに答えたのは、山田 悠介。彼は、春樹と同じサッカー部に所属している。新体制のエースとして、チームを率いるキャプテンだ。春樹とは、中学校からの付き合いだ。中学校のときは、春樹がキャプテンで、彼が副キャプテンだった。
「今はそっとしておくべきなのかな?でも今の春樹を一人にしておくと、ふとした拍子に死んじゃいそうだよ」
ネガティブな意見を言った彼は、中村 正吾。彼も、春樹や裕介と同じサッカー部だ。先生方からは、こいつら三人をまとめて「三馬鹿」と呼ばれている。正吾は少しネガティブな思考に陥りがちだが、それが三馬鹿の良いストッパーになっていた。
今、紹介したこの三人に、私と翼と春樹を加えたのがいつものメンバーだ。
「でもここで話しかけに行ったら、えりか達から見せしめとして、露骨な嫌がらせを受けそうだよ」
また、正吾がネガティブなことを言う。
そこに、すかさず藍が、返す。
「困ってるときこそ助けるのが友達じゃないの?」
「でも、そんなことをしたら、私達が今の春樹みたいになっちゃうよ。そうなったら、ミイラ取りがミイラだよ。春樹も、自分のせいで友達が無視されるのなんて、嫌じゃないかな?」
「そんなの、わかっているっつーの。だから、そうならないように春樹を助けようって話でしょ」
藍と正吾の話は段々とヒートアップしてきた。段々と声量が上がって、興奮状態な二人の間に、翼が割って入ってくる。
「まあまあ、落ち着いて。興奮していたって、いい案は浮かばないよ。はい、リラックス。吸ってー。吐いてー。吸ってー。吐いてー。どう?落ち着いた?」
普段から、この二人の喧嘩を仲裁してるだけあって、翼は仲裁がうまい。
「ありがとう、翼。落ち着いたわ。熱くなりすぎちゃった。ごめんね、正吾」
「こちらこそ、ごめんね。これからは、落ち着いていこう」
二人が握手を交わした。
そしてまた、今後どうするかの話し合いが始まった。
「まず、春樹がどうしたいかを聞くべきじゃないか?春樹が、今のままでいいと言うなら、そうするし。助けてほしいと言ったなら助ける。それでいいじゃないか」
裕介の発言に、みんながうなずく。
「じゃあ、スマホで聞く?」
翼がいい案を出してくれた。
「春樹は、一週間前から既読すらつけないよ」
正吾が申し訳無さそうに言う。
「やっぱり、会って話すしかないのか」
裕介がそう呟いた。
「じゃあ、水稀よろしく」
藍がそう軽く言う。
「え」
私は一瞬、驚いてしまった。動揺が口からこぼれてしまった。
そこに不思議そうな顔をして藍が聞く。
「なんで?嫌なの?」
「嫌なわけじゃないよ。ただ……トイレ事件の次の日の朝、春樹に聞いたら、はぐらかされちゃって。ちょっと自信ない……」
私が申し訳無さそうに言うと、翼がフォローしてくれた。
「水稀でそうなら、私達が聞いても、どうにもならないと思う。だから、お願いもう一度春樹と話し合ってくれない?」
翼の言葉に勇気づけられた私は、拳を強く握りしめ顔を上げた。
「じゃあ、頑張ってくる。」
勇気をもらったそのままの身体で、春樹の元へ行く。
「春樹ちょっといい?話があるんだけど」
春樹はイヤホンを外しこちらを見た。その目には、希望が溢れていた。
「いいよ。なに?」
久々に聞いた春樹の声は、久しぶりに声を出したのか、詰まったような声だった。
「放課後、公園に来て」
返事も待たぬまま、それだけ言うと、私は足早に去ってしまった。理由は、背後から、突き刺すような目線をこちらに送っているえりか達がいるからだ。背中から脇にかけて、汗がびっしょりと染み付いている。
振り向くと、春樹はまた悲しそうな顔をに戻ってしまった。心なしか、さっきより寂しげな表情を浮かべている。そこでまた罪悪感が積もってゆく。
ただ、彼のためになにかできたという達成感で、少しだけ肩の荷が下りたような気がした。
そこからの授業の内容は全く頭に入らなかった。右耳から入ってきた情報が、脳を通さずに左耳から抜けていく。頭の中には、春樹と何を喋るかのことしかない。
これほど学校が短く感じられたのは、初めてかもしれない。
公園までやってきた。この場所は、私が春樹から告白された公園だ。
私が公園についた時、まだ春樹はいなかった。
そこから一分待ち、段々とソワソワしてきた。
二分待ち、まだかなと期待が膨らんできた。
三分待ち、あれ、おかしいなと思い始めた。
春樹はたしか私より早く教室を出た。そして、この公園は、私の家より少しだけ春樹の家の方が近い。なのになぜ、私より遅いんだろうという疑問が出てきた。
とてつもない不安に襲われた。私がした過ちに気づいてしまった。
(そういえば、公園としか言ってない!どこの公園かなんて言ってなかったわ私。それじゃ伝わるわけ無いか)
自己嫌悪に浸っているといつの間にか、来てから十分も経っていた。
もうそろそろ、諦めて帰ろうとしたところに春樹が現れた。
春樹は申し訳無さそうに言う。
「ごめん。待たせちゃって」
「いいの私こそ、時間や場所を言い忘れてたし。こんな情報のない仲良く来れたわね」
私は感心していた。そして、一週間話さなくたって、私達は通じ合っているのだとも思った。
「じゃあ、さっそく本題なんだけど、最近どう?教室で一人になるのはつらいの?裕介達はみんな、春樹を助けようとしてるけど、助けてほしいの?」
思い切って全部言った。なんか、余計なものが身体から離れていくような気がした。少し気が楽になった。
彼は突然泣き出した。うずくまってしまった。
「うぅ、もう、あんなの嫌だぁぁああ」
そう叫んだかと思えば、
「助けてよぉおお。お願いだよぉぉおおお」
そう言ってすがりついてきた。
そんな春樹をなだめる。一度落ち着かせるために背中を擦った。
春樹は何度も「おえ、おえ」とえづきながら少しずつ呼吸を整えていった。
そしてまた、口を開くと、不満をこぼし始めた。
「なんで助けてくれなかったんだよ。なんで話しかけてくれなかったんだよ。こいつら友達じゃないんだっけって、何度疑ったと思ってるんだよ!」
怒りを爆発させる春樹に、私は、「ごめん」としか言えなかった。
「謝るなよ。余計に惨めになるじゃないか」
春樹は悲しそうな顔に戻ってしまった。だが、その顔には、さっきまでの絶望はない。
そこで話題を少し変えようとして、春樹に話しかける。
「なんであんなことしちゃったの?」
この話題の選択が、私達の中を切り割くことになるとは、このときは知る由もなかった。
「・・・・」
春樹は、下を向いて黙ってしまった。
「やっぱり答えてくれないんだ。じゃあなんで、坊主にしてきたの?反省の気持ち?それとも、いじられたくて?」
答えてくれないことに、少しイライラした。隠し事をする人なんだと、少し幻滅した。
「・・・・・・」
春樹は、またも黙って下を向いてしまった。
「なんで今日、女子の制服着てきたの?みんなに構ってほしかったの?答えてよ!!」
段々と声が大きくなり、攻める口調になってしまった。
「・・・・・・・・」
彼はまた黙り込んでしまった。
その態度を見て、何かがプツンと切れてしまった。
そこからは、ただ感情に身を任せ得て、春樹に罵詈雑言を浴びせていた。
「なんで答えてくれないの?こっちには、なんで助けてくれないんだとか、散々文句を言っておいて。聞かれる立場になったら黙り込むとか都合が良すぎない?何様のつもりなの?なんで、こんな簡単な質問にも答えてくれないの?なんで黙る必要があるの?いえばいいじゃん。別に、どんな理由があって女子トイレに入ったとしても、反省してるなら文句を言うつもりもないし。ただ構ってほしくて、色々やってたなら、ねぎらいの言葉ぐらいかけるし。なに、私信用されてないの?なんか言えよ!!違うなら違うってはっきり言ったらどうなの?!!!逃げんなよ!!!!!」
口から溢れ出た不満を貼る気にぶつけた。私は怒りながらも泣いていた。どういう感情になればいいのか分からなくって、頭がパニックになってきた。
春樹は、私の言葉を聞いたあと、泣きながら走り去っていった。
私は、春樹の背中を見送ると、崩れるようにその場に倒れた。
彼との始まりのこの場所が、こんな喧嘩の場所になってしまうなんて。
告白を受けたあのときは、あんなに色鮮やか見見えた景色も、今ではもうモノトーンに見える。
家に帰り、ベッドに倒れ込むと、春樹にメッセージを送った。
「もう別れよう」
そのメッセージに、あの事件から初めて既読がついた。
もう終わってしまったのだ。お門違いかもしれないが、その日は枕を濡らし泣きじゃくった。
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