【七十.本当の家族・二】
塩谷家は、その公園から徒歩十分くらいのところにある、一戸建てのおうちらしい。かおりさんはガーデニングが趣味で、たくさんプランターでお花を育ててるみたい。日曜日はかいちゃんと一緒に苗を植えたり水をやったりしているそうだ。可愛い色とりどりの花に囲まれたお家……想像するだけで、わたしにとってはため息がでるほど幸せなおうちだ。だからさぞかし裕福に──わたしと同じくらいには──育ったんだろうと、そう思って、身の上話をしてみた。親が幼い頃離婚したこと。最愛のおとうとと離れ離れになったこと。おとうとが自殺したこと。何ヶ月か前に、火事で両親を亡くしたことも、もう一度話した。けれど、かおりさんは意外な過去を打ち明けてくれた。
「あたしはさ、児童養護施設で育ったんだよね。シングルマザーだったんだけど、母親にネグレクトされてさ。三つのとき、母親に恋人が出来てからだった。三日に一回しか帰ってこなくて、その時少しだけでもご飯が食べられれば幸せだった」
かおりさんは、ひとりで砂遊びするかいちゃんを、遠くを見るような目で見ながら、呟いた。
「五歳の時に児童相談所の職員さんに保護されたの。だから、母親は今も怖い。父親もいない。……火事で大切なご両親を亡くしてたり、自殺で弟さんをなくしてたり……なぎさちゃんとは境遇は違うけどさ……なんか、気持ち気持ちわかんだよね」
公園のベンチに、わたしとかおりさん、看護師さんと座って話している。看護師さんは、静かに黙ってうなずいている。
「まだ未成年でしょ? あたし、まだ二十四だけど、調べたらちゃんと普通養子縁組の対象になるみたいなんだ。ダンナとも話したよ。ダンナ、すごく優しくていい人でさ。こんなあたしを、中学生の頃から愛してくれてた。中三の時告られて……ま、これはナイショだけどね……それで、今の家庭を手に入れた。可愛い男の子にも恵まれた」
そして、わたしの方を見て、言った。
「ね、うちの子になりなよ。かいとのお姉ちゃんに、なって欲しいなー……?」
わたしは、涙が溢れてきた。こんな奇跡が、あるのだろうか。こんな幸せが、あるのだろうか。
目の前の女の人は、二度も失ったかいちゃんのお姉ちゃんに、なって欲しいという。わたしは涙を散らしながら、口を押さえて、何度も、何度も首を縦に振った。
「……はい……はい……お願いします」
こうして、十二月二日。月曜日。午後四時十七分。わたし十七歳は、三ヶ月目にしてようやく、病院を退院することになった。
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