【六十八.レジンのボール】

 今令和何年? 何月何日? 何曜日? 今何時? わたし何歳だっけ?

 子供たちの笑い声が響く、東京都多摩市、多摩ニュータウン内にある児童公園。可愛いカラフルな遊具に、オーソドックスな形の滑り台。今日のお空みたいな水色のブランコでは、小学校低学年くらいの女の子ふたりが立ち漕ぎしてる。わたしもかつて、遊んだ。このくらいの歳の子と、こんな感じの公園で、ああやって遊んだ。


「すいませーん、ありがとうございますー」


 なんてなまえだったっけ……

 たしかこんな感じの、柔らかな髪の毛で……


 若いお母さんが、ボールを拾いに来た二歳くらいの「そのおとこの子」の元へ駆け寄ってきた。


 たしかこんな感じの、背格好で……


「あら、元気いっぱいね」


 はい。

 わたしの車椅子を押していた看護婦さんが、わたしの足元に転がってきた、ピンクのレジンのボールを拾って、渡してあげる。


 ……なんて、なまえだったっけ。ピンクのくまのワンビースがかわいい、わたしが大好きだった、命より大切だった、あの子のなまえは……


「ありがとうございます! ……ほら、かいと、ありがとう、は?」

「……りがとー」


 ぴくん。


 かいと……?

 わたしの手が、少し動いた。


「……いちゃん……」

「え?」


 わたしは、乾いた唇を、懸命に動かして呼んだ。

 その声に看護師さんがびっくりして、わたしを見る。看護師さんにも、聞こえたようだ。


「かい……ちゃん」


 二ヶ月間焦点が合わなかったわたしの瞳が、しっかりと目の前のかいちゃんを見ている。


「荒浜さん、わかるのっ?」

「かいちゃん……かいちゃん……」


 わたしは痩せて木の枝みたいな腕を伸ばして、目の前の小さな男の子のほっぺたを、むにむにと触った。小さなわたしのかいちゃんは不思議そうな目をした。


「……おねえちゃん、だあれ?」


 わたしは、涙をぽとりと落とした。


「かいちゃん……おねえちゃんだよ……わかる?」


 その時。

 神さまが奇跡をくれたのだろうか。

 いや、そんなわけはない。

 奇跡をくれるなら、初めから二度も、わたしから奪ったりしないはずだもの。


 じゃあ、なんで?どうして?

 ……わたしにはわからない。


 けれど、どうしてか、今。間違いなく。

 かいちゃんは、その小さな頭を振った。


 縦に一回。

 こくん、と。

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