【四十三.カウンセリング・五】

 今令和何年? 何月何日? 何曜日? 今何時? わたし何歳だっけ?

 真っ白。真っ白な部屋。天井から床まで、全部真っ白。カウンセラーの先生の白衣も真っ白。

 全てが明るいこの部屋で、わたしは両手で肩を抱いている。


「なにが、見えますか」


 赤い縁のメガネが良く似合う、カウンセラーの先生が、いつものように聞く。


「バイト先のトイレ。あいつが立ってる」

「誰でしょう」

「あいつは……あいつだよ。バイト先の……こっちは気持ち悪くて気持ち悪くてたまらないっていうのに。何度も何度も。……最悪だよ、ちくしょう……う……気持ち悪くなってきた」


 全身に鳥肌が立つ。動悸がして、震えがとまらない。わたしを穴の空いた人形くらいにしか見てない、寒気のするあの暗い虚ろな目。


「ごめ……きもちわる……おええっ……げえっ……」

「大丈夫ですか」

「だいじょうぶなわけ……ごほっ……うええっ……ないじゃんっ……げっ……」


 ……


「落ち着かれましたか」

「……まあ、ね……」


 真っ白で綺麗なはずの、先生といるこの場所の、床。


「続けても大丈夫ですか」

「……いいよ。別にもうあきらめてるから」


 でもそこは、わたしの吐いた汚いものでよごれている。


「何をあきらめてるのでしょう」

「言葉通りだよ。わたし、別にあれが初めてじゃないの」


 綺麗にみえるのに、とてもキタナイ。


「それは初耳です」

「知りたいなら教えてあげるよ。わたしさ、汚れきってるんだよ。ずっと、ずっと。あの時から」


 それは、わたしと、おんなじだ。

 汚くてキタナクテ、嫌で嫌でたまらない。

 わたしは、わたしは。


「どの時でしょう」

「……あれ。いつからだっけ?」


 もう思い出せないくらい昔から。


「思い出せそうですか」

「あ、うん……そうだなあ。よくわかんないけど……んーと、ねえ」


 わたしはずっと、要らない子だから。


「おねえちゃんだもんな。守れるよな? おとうとのこと……って、なに?」

「……? なんでしょうか。初めて聞きますね」


 わたしに染み付いて、消えない言葉。


「夢に見るんだよ。毎日のように。聞こえるんだ。それが」

「夢の中で、言われるんですか? もしかしたら、なにか経験していることなのかもしれませんね」


 だから、守らなきゃいけない。わたしの大切なおとうとを。


「そか、思い出してみようかな。少しづつ」

「ゆっくりで、構いませんよ」

「そうねえ。じゃあ、かいちゃんが死んじゃう前から、話してみるよ」

「よろしくお願いします」

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