【四十.暗いワゴン車の中で・四】

 ワゴン車の中は、薄暗く、窮屈だ。

 ここはどこ? どこかの山の中──ううん、違う。どういう訳か、あの日のあの三年E組の教室の中に、くるまは停められているようだ。ひどいタバコの匂いで、うまく息が出来ない。頼りの■■君もいない。

 そして中にいる十五歳のわたしは、制服を脱いでいたから裸んぼで、身につけてるのは首元のリボンだけ。

 窓ガラスの、温度のないひんやりとした感覚が手に伝わる。


 がちゃがちゃ。がちゃがちゃ。


 暗いワゴン車の中、わたしはドアを必死で開けようとしている。おかしい。さっきロックは外したはずなのに、ドアが開かない。

 窓のすぐ向こうには、中学三年生のおとうとが居る。眼窩がぽっかり空いた、眼球の無い顔で。こちらをいる。かいちゃんの中学校の、おんなの子用のセーラー服を着て。とっても可愛い、どんなおんなの子よりも可愛いわたしのおとうと。


「いや、いや……」


 そんな、眼球のないかいちゃんは、まるで見えているかのように首を振りながら、わたしから後ずさった。


「来ないで……来ないでよ」


 がちゃがちゃ。

 わたしは必死にドアを開けようとする。かいちゃんを落ち着かせるための、満面の笑顔を顔に貼り付けて。


「大丈夫だよ、これは全部かいちゃんのためなんだよ。ね、全部かいちゃんのため。大丈夫、ほら、おいで? ね?」


 がちゃがちゃ。

 わかってくれるはず。かいちゃんは利口で、頭が良くて、可愛くて、天使みたいで。

 わたしの、わたしだけのかいちゃんなんだから。

 ね?


「いや、いや! 見たくない! 汚い、気持ち悪い、いや、いやだ……」

「かいちゃん、わかってくれるよね?」


 がちゃがちゃ。

 もう、おかしいなぁ。何このドア。かいちゃんのところにいけないじゃない。


「ね? かいちゃ」

「いやぁあああ──っ!」


 がたん。

 また、いつものように地面が抜けて、わたしの世界一たいせつなおとうとは目の前から消えた。


「かいちゃーんっ!」


 みるみるセーラー服のおとうとは小さくなって、植え込みの脇のコンクリートに頭から落ちた。

 ごんっ。

 大切な、何より大切な守るべきおとうとは、いつものように床が抜けて、鈍い音で頭蓋骨を砕いて、いつものように死んだ。


「おねえちゃんだもんな。守れるよな? おとうとのこと」


 耳元で、あのお兄さんが囁いた。

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