【五.バイト・一】
六月七日。金曜日。西国分寺に着く頃、午後五時十五分を回っていた。わたし、十六歳。
稲田堤駅前の牛丼チェーン店でのバイトは六時からだ。急がないといけない。でも、こんな時に限って、反対側のホームには目的のオレンジの帯の電車がもう滑り込んで来ていた。府中本町方面のホームは、改札からいちばん遠い。走って階段を駆け下り、そして駆け上ったけれど、無情にも武蔵野線のドアは目の前で閉まった。
はあ。ため息を吐いて、駅のベンチに座る。梅雨で曇っているから夕方でも空の色は大して変わらない。ずっと、灰色のまま。わたしの心も、灰色のまま。それでも、わたしはまだまし。昨日、彼氏が出来たから。お母さん……お母さんは。
……お母さん。今日もわたしがわからなかった。あの日から、お母さんは自分を見失ってしまった。わたしをかいちゃんだと信じてやまない。わたしは怖い。
でも……わたしは考える。いったい、いつまで続くのだろう。いつまで続ければいいんだろう。いつまでわたしは、「かいちゃん」でいなければならないのだろう。
「……わたし、いつまで……」
そうつぶやいたと同時に、次の武蔵野線が入線してきた。中央線への乗り換え客の群れをかき分けて、オレンジの帯の電車に乗り込んだ。
府中本町で南武線に乗り込んで、稲田堤駅で降りる。新しくなった橋上駅舎を降りると、目の前に牛丼チェーン店がある。今から九時まで。月から金まで週に五回、三時間働いている。お母さんの病院帰りに丁度いい位置にあった。一店舗目、一回目の面接で受かったのは、我ながらツイていた。料理は苦手じゃない。牛丼を作るのも盛るのも、すぐに慣れた。
従業員入口にはナンバー型のロック。六桁の数字のボタンを素早く押し込む。体でもう覚えた。ドアを開けて、事務室の壁掛け時計を見る。六時四分前。いそいでチェック柄のシャツに緑のエプロンに着替える。おはようございます。
「おはよー」
四つしか違わないのに、大人っぽくてかっこいいバイトリーダーの川原さんが声をかけてくる。でも正直……わたしは苦手だ。でもタイムカードを切ったら、女子高生の荒浜なぎさはもうそこにはいない。
「いらっしゃいませ!」
わたしはりっくんに向けるのと同じ、貼り付けた笑顔で自動ドアを開けるお客さんを迎えた。
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