【三.彼氏・一】
令和六年六月七日。金曜日。午前四時三十五分。わたし、十六歳。
仄暗い天井。夜が明けたばかりの灰青色の光が差す窓。いつもの悪夢を見て、
……わたしの名前は荒浜なぎさ。東京都は西部の山の中。多摩ニュータウン、南大沢の都立高校に通う高校二年生。おしゃれに興味はある。彼氏だって欲しかった。このハーフアップだって結構似合ってると思うし、スカートもなるべく短くしている。でも、毎日が灰色で。生きている実感がひとつも湧かなかった。
そんなわたしに昨日、ようやく彼氏が出来た。ひとつ歳下の、サッカー部の期待の新人、森田りく……りっくん。昨日、急に告白された。びっくりしたけど、さわやかでとってもハンサムで……告白を受け入れた。わたしは、自分の灰色の人生にこの日、色彩が戻ってくるのを感じることが出来た。
今日は一緒に帰る約束をしている。校門のところで、待ち合わせ。
「お待たせ」
「ううん、俺も今来たとこ」
彼は白い歯を見せて笑った。
……
「どうしてこんなわたしに声をかけてくれたの?」
ぐおーん。バスはエンジンを吹かして加速する。紺色をまとった京王バス。一緒に帰る車内で、聞いてみた。
顔はふつう。成績は中の下。部活も帰宅部。サッカー部のエースとは、ぜんぜん釣り合わないもの。
「見かけたんだ、なぎちゃんの教室で」
二人がけの青い座席。りっくんは照れくさそうに、膝に乗せた学生カバンを見た。日本代表のヤタガラスのバッヂがつけてある。……代表、なりたいよね。応援、してる。
「今にも落ちちゃいそうだったから……放っておけなかった」
「あの窓だよね。うん。飛ぼうと思ってたの」
「え?」
彼は無邪気な顔で聞き返してこちらを向いた時。わたしはいつもの笑顔を貼り付けていたから気づかれなかった。
「なんて?」
「ううん、なんでもない」
「南大沢駅、南大沢駅終点です」
わたしの声を運転手さんのアナウンスが遮った。わたしたちはバスを降り、年中人で溢れている南大沢の改札をくぐった。
「さようなら」
わたしは短くそう言うとりっくんとは反対の、新宿方面のエスカレーターに、吸い込まれるようにして乗り込んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます