第5幕 武器を作ります

「おい、起きろ! そんな布団にしがみつくな! 今日は鍛練じゃなくて工作するだけだ。昨日と比べて楽だぞ」


「か、身体中が動かない、もう少し待ってくれ」


 エルフの店で豪遊した次の日。

 俺は案の定、筋肉痛と二日酔いに襲われていた。


「全く、また人の金で豪遊しやがって……」


「地球の知識で稼ぎまくったら返すから、もう少し待ってくれ……」


「じゃあ稼ぐために売れそうなものをじゃんじゃん作ってくれ。ほら、早く出てこい!」


 オベイが強引に布団を引きがす。


「寒い寒い! 分かった! 分かったから布団だけは返して!」


「分かったなら布団は要らないだろ」


 オベイは慈悲も容赦もなしに布団を遠くに投げ捨てると、今度は手を俺の首筋に当て。


「ベットから起き上がらないのなら、五秒おきに氷魔法を発動する」


「起きました」


 陸に打ち上げられた魚の様に跳ね起きた俺は、寝起きで冷め切った体を震わせながら、その場で縮こまる。


「ほら、さっさと顔洗って身なりを整えてこい。お前そんな寝癖でボサボサの状態だと後悔するぞ」


「後悔? 何で?」


 俺が首を傾げていると、ドアがノックされる。


「お、割と早かったな。入っていいぞ」


「お邪魔しまーす」


 聞き覚えがある声。

 ドアが開き、特徴的な尖った耳が見えた。

 俺は誰が来るのかを察し、せめて寝癖だけでも治そうと洗面所にダッシュしたが、既に遅く。


「あら、その様子だと今起きた様ね、コリン君」


 そこには、いつもの扇情的な服ではなく、ラフな服装に身を包んだリリィが立っていた。

 なぜこんなところにいるのかの驚きと寝起きの情けない姿を見られた恥ずかしさから固まっている俺を他所に、二人が話始める。


「じゃあ今日はよろしく頼む」


「本当にいるだけでいいの?」


「あぁ、いるだけでいい。それだけで効果的面だ」


 二人が何か話しているが、急いで顔を洗いに行った俺の耳には届かなかった。


「あの、何でリリィさんがここに……」


 俺は濡れた顔をタオルで擦りながら、椅子に腰掛けていたリリィに問いかける。


「なんかコリン君が面白い事するから観に来ないかってオベイ君に言われてね」


 俺はリリィに見えない様にガッツポーズをした。

 よし、良い所見せるぞ!

 などと息巻いていたが、ふと、ある重大な問題に気づく。

 俺はオベイに近寄ると、リリィに聞こえない様に耳打ちをする。


「なあ、俺が異世界人ってリリィにバレないか?」


「あぁ、お前が異世界人って事ならもう知ってるよ」


「え、まじ⁈」


 俺が驚いてリリィの方へ振り向くと、リリィは首を縦に振った。


「他にも異世界人は見たことあるし、ほとんど知られてないだけで異世界から来た人って結構いるのよ? 前の魔王を討ち取ったパーティの一人も異世界人だったわ」


 そういえばイシスが自分以外にも異世界に人間を飛ばしているって言っていたな。


「でも異世界から来たって事はあまり口外しない方がいいわ。未知の存在を恐れる権力者や、解剖したがるマッドサイエンティスト、異世界の知識の悪用を試みる闇組織とかに狙われることになるし、他にもリスクがいっぱいよ」


「肝に銘じて墓まで持っていきます」


 想像するだけで身の毛がよだつ。

 異世界人というステータスを利用して、他のエルフとお近づきになろうかと考え始めていたので危なかった。


「リリィさんが見た事ある異世界人って今どこにいるんですか?」


 同じ異世界人として、是非一度会って話がしてみたい。

 同郷ではないかも知れないが、せめてイシスの愚痴で盛り上がりたい。


「もうこの世にはいないわよ?だって最後に見かけたの八十年くらい前だし」


「へ?」


「エルフは長命種だぞ。知らなかったのか?」


 そういえば北欧神話に出てくるエルフにもそんな設定あったな、完全に忘れてた。

 どうやら地球上で語り継がれた神話の中には、事実も含まれているらしい。


「私はハイエルフだからね、他のエルフよりもさらに長命なのよ。こう見えても一五〇〇は超えてるんだから」


 誇らしげに胸を張るリリィ。

 なるほど、一五〇〇歳ということは普通の人間にとっては熟女だ。

 だからオベイはリリィに気が……。

 などと考えていると、前後から同時に頭をはたかれた。


「痛い! 何するんだよ!」


「「何か失礼なことを考えていた気がして」」


 こいつらエスパーかな?

 もしかしたら思考を読み取れる魔法とかを使っているのかもしれない。


「どうせ張っても胸ないなとか思っていたんでしょう?」


「いや全くそんなこと思っていませんけど。というか自分は貧乳派です、安心してください」


「あらそう、ごめんなさい。勘違いした私が悪かったわ」


 真剣な眼差しで想いを伝えると、やや表情を引き攣らせながらリリィが距離を取った。

 何故だろう。


「とりあえず飯を食いに行くぞ。あと、もう多分ここには戻らないから忘れ物するなよ?」


「え? 泊まる宿、変えるのか?」


「お前専用の施設を用意した」


「施設⁈」


「衣食住はもちろん、工作室や素材管理室、実験室、化学研究室など、必要になるものは全て完備している」


 こいつ本当に何者だよ。


「時間がないからな。移動しているのも勿体ない」


「フフフ。オベイ君、随分コリン君に期待しているのね」


「地球の科学技術にはそれだけの可能性あるからな。ガーナピットの兵どころか、この世に蔓延はびこる魔物すら殲滅せんめつできる可能性を秘めている」


 オベイが余りにも期待に満ち溢れた言い方をするため、地球の科学技術が何かよく分かってなさそうなリリィも、俺に期待と好奇心たっぷりの眼差しを向けてきた。

 ……ハードルめちゃくちゃ上がってるじゃん。


 昨日戦った猪型の魔物。

 戦ってみた感想は、車。

 車並みの装甲と突進力。

 魔法で身体を強化をしていなければ、避けることも装甲を貫くことも困難だっただろう。

 魔力有りと無しでは戦闘能力に天と地ほどの差がある。

 銃程度の物を作ったところで、どうにかなるとは正直思えない。

 とはいえここまでされたらできることはやるしか無いな。

 俺を救ってくれた、この世界でたった一人の親友の期待に応えるために。


「任せろ!」


 一肌脱ぐとしますか。


    ◆


「これが銃か」


 両手で丁寧に持ちながら、銃を物珍しそうに見るオベイ。

 鉄も火薬も豊富にある上、鍛冶屋まで雇っていたため、加工もすぐにしてくれた。

 熱して形を変える工程も冷やす工程も、全て魔法で行うのであっという間に出来上がった。


「とりあえず貫通力重視の単発銃を作ってみた。これならあの猪にもかなり効くと思うぞ」


 半自動作動方式の回転式拳銃。

 打った時の反動はかなりのものだが、威力がないと装甲を貫通できないので仕方がない。


「そこの引き金を引いたら発砲されるから気をつけろよ?」


「じゃあ早速戦闘訓練室で試すとするか」


「そんな所まであるのかよ……」


 この施設の大きさをはっきりと把握はしていないが、下手したらヴァレッタ闘技場くらいの大きさはあるんじゃないだろうか。

 どうやって用意したのかはなはだ疑問である。

 などと思っていると、戦闘訓練室と書かれたドアが見えてくる。

 オベイがドアを開くと、そこにはテニスコートが余裕で四面入るほどの大きな空間が広がっていた。

 天井も、高校の体育館くらいの高さがある。


「ここなら銃でも爆弾でも打ち放題だ。これを引っ張ればいいんだな?」


「あ、あぁ……」


 余りの広さに唖然としていると、ドンッという音が鳴り響き、遅れて薬莢の落ちる音が響いた。


「うおっ!聞いた通り、かなりの反動だな」


「魔法無しであんなに遠くの壁に傷をつけるなんて……。本当にチキュウの武器って凄いのね」


 リリィが銃に対して目を輝かせている。

 だがオベイはあまり満足していなさそうな表情をしていた。


「うーむ、この程度の弾速だと身体強化した兵士なら避けるのも難しく無いな」


「嘘だろ? マッハは出てるぞ?」


「試しに俺に打ってみろ」


 そう言い、オベイは俺に銃を渡してきたが、はい分かりましたと打つわけにもいかない。


「待て、俺は銃なんて打ったこと無いからどこに飛ぶかも分からないし、当たりどころが悪かったら普通に死ぬぞ」


「大丈夫だ、その程度の武器なら、当たっても虫刺され程度にすらならん」


 一応日本なら持っているだけで逮捕されるレベルに危険なんだが……。

 そこまで言うなら大丈夫な気がしてきた。

 深呼吸をし、覚悟を決めて、引き金に引っ掛けた指に力を込める。

 次の瞬間、放たれた弾丸は高速回転しながらオベイの身体に………被弾するはずだった。

 銃の反動で視界が揺れた一瞬の隙に、オベイの姿が俺の視界から消える。


「ほらな」


 薬莢が地面に当たる音よりも早く、背後から声が聞こえた。

 驚いて振り向くと、そこには放たれたはずの弾丸を握りしめたオベイが立っていた。


「おい、冗談だろ? 高速回転している弾丸を素手で止めたのか?」


 ある程度は覚悟していたが、まさかここまでとは。

 これ本当に核とか持ってこないと勝てない気がしてきたんですけど。


「いや、これは本当にオベイ君がおかしいだけよ。普通の人はこんな事できないわ。避けるので精一杯よ」


 いや、避けれはするのかよ。

 敵にオベイレベルの相手がいないことを願おう。


「なあ、オベイが戦っている姿とか全然見たこと無いんだけど、お前ってどれくらい強いんだ? リリィさんの反応を見るに、かなり強いんだろうけど」


 俺の質問にオベイは少し頭を悩ませると。


「そうだな、この国では一番強いだろうな」


 オベイは自信に満ちた表情で言い切った。


「それじゃあ俺はこれから用事があるから失礼する」


「え? あとは俺一人でやれっていうのか?」


「別に一人じゃ無いだろ。アシスタントもたくさんいるし、リリィもいる」


「そうだよ、私を忘れないでよ」


 なん……だと⁈


「リリィさんと二人っきり……、エルフと二人っきり……」


「いや、一応他にも人はいるぞ」


 いいところを見せるチャンスだ。

 俄然やる気が出てきた。


「任せろオベイ。この国は俺が救ってやる」


「な、こいつチョロいだろ」


「オベイ君が私を誘った理由がよく分かったよ」


          ◆


 単発銃だと避けられてしまうのなら、弾数を増やしてしまおう。

 ということでアサルトライフルを作ってみた。

 数打てば当たる大作戦だ。

 この世界なら大きな反動も身体強化で対処できる。

 ちなみに手榴弾などの爆弾系統も作ろうと思っていたのだが、 それはもうこの世界にはもう魔力起動爆弾というものが存在していた。


「あの、できたのでお願いできますか?」


「うむ、承知した」


 腕を組んで部屋の壁にもたれかかっていた強面の男が返事をする。

 オベイに無理な要求を押し付けられた将軍、フィグナルである。

 回復要員のライドルと共に、オベイに頼まれて武器の性能チェックの手伝いに来てくれたらしい。


「先程の武器よりえらくゴツいのができましたね」


 ライドルがアサルトライフルを持ち上げながら言う。


「これは期待できるわね」


「弾速もさっき作った単発銃の倍以上、さらに一秒に十発近く発射される連発銃です」


 オベイ相手でも結構やれるかも?

 などと期待していたのだが。


「それじゃあライドルさん、試しに打ってみてくれませんか?」


「私がですか?」


「俺程度の身体強化魔法じゃ反動には耐えられないので、お願いします」


 分かりましたと頷くと、ライドルは遠くの壁を目掛けて引き金を引いた。

 数十発の銃弾が発射され、それを見たフィグナル達が驚く。


「うおおっ! これはすごい! 魔力もなしにこれほどの殺傷能力が出る武器を作れるとは!」


「チキュウという星はすごいな。魔力がなくとも人間が生きていける理由が分かった気がするぞ」


 もちろん、フィグナルとライドルも俺が異世界人だということは知っている。

 なんなら俺と初めて会う前に、事前にオベイから聞かされていたらしい。


「さて、いいウォーミングアップ程度にはなりそうだな。ライドル、私に向かってそれを打ってみろ」


「分かりました」


「え、大丈夫か? 流石に危ないんじゃ……」


「こう見えて俺も大国の将軍の地位を任せられている者。安心して見ていてくれ」


 自信満々な様子で上着を脱ぎ、軽いストレッチをするフィグナル。

 隣に居るリリィも心配する様子は全くなく、それどころか楽しそうだし私も行こうかなと呟いていた。

 アサルトライフルの弾を浴びる事をゲーム程度にしか思っていないのだろうか。

 この世界の人達、怖いんですけど。


「それじゃあ行きますよ!」


 掛け声と共に、ライドルが発砲する。

 フィグナルはそれを、目にも止まらぬ速さで避け、受け止め、さばき、ジリジリとライドルに近づいていく。

 そして手が届く距離まで近づくと、手のひらで素早く銃先つつさきを握りつぶした。


「あ、すまねえ。ついうっかり力んじまった!」


 ついうっかりじゃねえよ! 薄々分かってはいたが、この世界にいる奴はどいつもこいつも化け物か⁈

 節分の豆まきじゃないんだからもう少しひるんでくれてもいいじゃないか。

 もうこいつらが人の皮を被ったサイボーグゴリラにしか見えない。


「あーあ、私もやってみたかったのに。コリン君、もう一つ作ってくれない?」


 リリィが残念そうに先端を潰された銃を見る。

 

「いや、そんな暇があるならもっと強い武器作れってオベイに怒られそうなので……一応聞きますけど、その武器で敵兵は倒せそうですか?」


 俺の質問に、実際に弾を浴びたフィグナルは首を傾げると。


「そうだな、一般的な戦闘兵にはまあ牽制程度にはなるだろう。だが将官クラスには全く効かないだろうな。」


 俺は思わず黙り込む。

 今の俺の知識を総動員しても、この世界にある素材だけでフィグナルを倒せる武器を作れるビジョンが浮かばない。

 対物ライフルや重機関銃も作ってみよう。

 それで無理なら別の方法を考えるしか無い。


「それにしても、コリン君、よくこんな複雑な構造の武器を一から作れるわね。元いた世界では武器職人でもやってたの?」


「実は元いた世界の記憶が殆どないんですよ。でもそうだったかもしれませんね」


 知識は消えず、思い出だけが消えている。

 たまたまなのか、それとも意図的に消されたのか。

 真相は分からない。

 分かる日が来るのかも分からない。

 考えても無駄だ、いま目の前にある難題に思考を費やそう。


          ◆


「うおっ! この威力と射程距離なら十分に実用性があるぞ!」


 対物ライフルの弾を受けたフィグナルが、嬉々とした声を上げる。

 対物ライフルの有効射程は一五〇〇メートルほど。

 この世界ので、それほどの射程がある魔法はほとんどなく、発動するにしても、大量の魔力と下準備が必要であり、大抵は発動する前に敵にバレてしまうとのこと。

 相手もまさか一五〇〇メートル離れたところから自分を殺せる武器が存在するとは思わないだろう。

 つまり、初見殺しとして使えるということだ。

 いくらこの世界の人間でも生身で食らえば即死は免れない。

 どんなに強い相手でも、身体強化で防御力を上げていない状態なら撃ち殺せるという事だ。


「遠距離武器としてはもちろん、至近距離でこれほどの威力の弾が当たれば、並みの兵士なら致命傷を与えられる。万が一受け切られてもかなりの衝撃を与えることができそうだ」


 遠距離武器としての性能はもちろん、至近距離ならフィグナルですら多少は怯むレベルの威力。

 重さも反動もこの世界ではあまりデメリットにならない。

 やっと一つ、有用な武器が作れた様だ。


「お手柄だコリン! これならもしかしたら奴を……早速量産しよう」


「じゃあ鍛冶屋さんにお願いしてきますね!」


 ライドルはそういうと、ダッシュで鍛冶屋のいる所まで向かっていった。


「そういえばフィグナル君。ガーナピットの兵たちはあとどれくらい位で攻めてきそうなの?」


「報告によりますと、今の進軍速度からして、あと三日ほどでヴァレッタに到着するとのことです」


「うーん、それまでにどれだけ生産できるかな……」


籠城戦ろうじょうせんになりそうなら、狭間さまを作るのがいいかもしれません」


 他国との戦争において、国を囲むあの高く分厚い壁を利用しない手立てはないだろう。

 まあそこにたどり着かれる前に敵を殲滅できればそれが一番いいのだが。


狭間さま? 何だそれは」


 フィグナルが首を傾げる。


「城壁などにもうける、遠距離武器を使うための小穴です。地球ではその穴から外の敵を一方的に狙い撃ちする戦法がありました」


「なるほど。早速部下に命じて作らせよう」


 フィグナルは上着を羽織はおると、ダッシュで部下に指示しに行った。


「お疲れ様、コリン君。もう夜も遅いし、今日はここらへんにして、ご飯食べに行こうよ」


「そうですね、流石に疲れました」


 疲れた原因の半分くらいは感情の起伏きふくのせいだけどね。

 フィグナルが重機関銃をマッサージ感覚で使い始めた時は流石に空いた口がふさがらなかった。

 

「そういえば、フィグナル将軍ってどれくらい強いんですか?」


「うーん、この国の兵士の中では一番強いんじゃ無いかな?」


「なるほど、それなら少し安心しました」


「まあ私のほうが強いけどね」


「ハハハ、そうですね」


「コリン君絶対信じてないよね」


 リリィがもしフィグナルよりも強かったら人間不信になるぞ俺は。


「そういえばオベイが、自分が一番この国で強いって言ってましたけど、本当はどれくらい強いんですかね」


「さぁ? 本当に一番強いかもね」


「ハハッ、それは無いでしょう」


 弾丸キャッチをした時は本当にそうなのかと思ったが、今は、この世界の人間なら誰でもできるんじゃね? と思うくらいには、感覚が麻痺まひしてきている。


「そういえばリリィさんは十数年前にガーナピットが襲来しゅうらいしてきた時、ヴァレッタにいたんですか?」


「勿論よ。今のお店は五十年前くらいから開いているもの」


「なら、その時の状況を詳しく教えてくれませんか?」


「あら、どうして?」


 オベイが以前にこの事件について話していた時の苦痛に満ちた表情。

 ただの興味で、その原因を少しでも知れたらなどとは言えず、俺は黙る。

 そんな俺を見たリリィは、何かを察した様にやれやれと首を振り、ため息をつくと。


「あの戦争はね。ガーナピットが勝ったのよ」


「え?」


「追い返しはしたものの、各国の損害は比じゃなかったわ。ガーナピットは死傷者ほぼ無しなのに対し、ヴァレッタは兵の七割が死亡、または二度と戦線に復帰できないほどの傷を負ったわ」


 遠い目をしながら、嫌な記憶を掘り返す様に話すリリィ。


「じゃあ何でガーナピットは引いたんですか。攻め続ければ目的は達成できたんじゃないですか?」


「できなかったのよ、一つの魔法が原因で」


 リリィが腕を前に突き出すと、あわい光の膜が現れる。


「先代国王が自らの命を媒介として国民全員にかけた超魔法、通称『光の加護』。この魔法は付与した対象を守るだけでなく、殺意を向けてきた人間に対して、光の刃で自動反撃するの。壁を見て」


 言われた通りに壁を見ると、まるでテレビの様に映像が投影とうえいされる。


「これは私の記憶、そしてこれが『光の加護』の効果」


 足を怪我して動けなくなったヴァレッタの兵士に対し、剣を振り下ろそうとした瞬間、光の膜から薄く伸びた光の刃に首を切断されるガーナピットの兵士。

 それを見た周りのガーナピット兵が、何が起こったか理解できず狼狽え、後ずさる。


「ガーナピットの兵達も、この魔法に対抗する術はなく退いていった。だけど発動してから十年以上経った今、この魔法の効力も失われつつあるわ」


「……残り時間は?」


「持ってあと三日ね」


 そういうことか。

 ガーナピットの王は、『光の加護』が消えるタイミングを見計らって攻めに来るつもりなのだ。


「でもヴァレッタは国土の三割を失った今も世界有数の大国なんですよね? ガーナピットがまた卑怯な手で戦力を埋めてこない限り、こっちが負けることは無いんじゃないですか?」


「……あなたはオベイ君からどこまで聞かされているの?」


 俺はオベイから聞かされたその時の話を、全てリリィに伝えた。


「ほとんど彼の言った通りね。でもおかしいと思わない? 戦力が十倍近く違う相手よ? 三割の兵士が居なくなったところで戦力差は全然埋まらないわ」

 

 確かにそうだ。

 あの時はオベイの重々しい雰囲気に気圧されて気づかなかったが、よくよく考えたらおかしい、計算が合わない。

 つまり、他にもガーナピットは所持していたのだ。

 圧倒的な戦力差を埋めるための切り札を。

 オベイは、ガーナピットの王が勝算もなしに突っ込むほど間抜けではないと言っていた。

 前回の様な小細工も警戒され、全く通じない可能性があるのにも関わらずだ。

 つまり。


「いるのか……。圧倒的な戦力差をくつがえせるナニカが」


「そういうことよ。『光の加護』が無くなってしまったら、もうアレを止められる者は、現状、誰もいない」


 再び、壁にリリィの記憶が映る。

 そこには、血で汚れた長い金髪をたなびかせ、死体の山の上で高らかに笑う男がいた。


「将軍、シンラ・ゾディアック。今まで数々の国を潰し、ガーナピットでは神と崇める人もいるそうよ。十八年前の襲撃で、奴は一人で半数以上のヴァレッタ兵を鏖殺おうさつしたわ」


「……そいつはフィグナル将軍より強いですか?」


「少なく見積もっても百倍は強いわ」


「あー、それは……マジでまずいですね」


 ソシャゲのインフレかよ。

 対物ライフルを至近距離で受けて無傷な男の百倍以上って……。

 本当に核でも持ってこいってか。


「頭一つ抜けた魔法の才に加え、無尽蔵の魔力。そして根っからのサイコキラー。人を殺すために生まれてきた化け物よ」


 リリィの魔法で映し出された映像では、遠くでシンラが魔法を放っている姿が見える。

 水魔法を使えば洪水が起き、炎魔法を使えば辺り一面が灰燼かいじんと化す。

 歩く自然災害の様な奴だった。

 人間がどうすれば自然災害に勝てるんだ。


 俺が諦めかけていると、リリィが俺の後ろから抱きついてくる。

 そして耳元で甘い声で囁く。


「もしコリン君がこの国を救ってくれたら……お店のエルフ総出で大サービスしてあげるわよ」


 本来ならその場で燃える様にやる気を出す筈なのだが、今はそれどころじゃない。

 俺は背中に全神経を集中させ、柔らかい二つの感触を……。

 あれ? 背中と背中がくっついているのだろうか?

 俺が思わず後ろを振り向くと、至近距離にリリィの顔があった。

 背中ではない……ということは。


「コリン君、絶対今失礼なこと考えているわよね?」


 リリィが抱きついた腕でそのままギリギリと首を絞めてくる。


「いや違います! リリィさんの色仕掛けが刺激的すぎて固まっていただけです!」


「誰が硬いですって⁈」


「言ってない言ってない! 誰か! 助けてえええ!」


「何やってるんだお前達」


 いつの間にか、そこには冷ややかな目線を向けてくるオベイが立っていた。


「早く飯を食いに行くぞ」


 ナイスタイミングだオベイ!


「リリィさん、お腹も空きましたし早く行きましょう!」


「どうせ私はお腹の上がスカスカよ!」


 リリィはプンスカ怒りながら部屋を出て行った。

 どうしたものかと悩んでいると、オベイが安心しろと言わんばかりに俺の背中を軽く叩く。


「大丈夫だ、あいつは美味いもの食ったら嫌なことは忘れるタイプだからな」


 一五〇〇年も生きているのに、中身は割と子供の様だ。




          ◆



 食事と入浴を済ませた俺は、寝室のベッドに座りながら、頭を悩ませていた。

 シンラ相手にどうすれば対抗できるのだろうか。

 二十二世紀の地球の科学技術ですら、自然災害には手も足も出なかった。

 意識を持った天災みたいな相手にどうやって戦えばいいんだ。


 ……ここには色々な魔物の素材や鉱石があった筈、色々試してみるか。

 明日からもっと大変そうだ。













 そして、二日が経った。

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