小さな幸せ

@MeiBen

小さな幸せ

昔、イベントスタッフのバイトをした。

 なんてことない仕事。トラックからパイプを運んで、ひたすらテントを建てるという仕事だ。季節は夏。真夏。広い会場の中をひたすらに往復する。バイトはほとんど20代ぐらいの若い奴らだった。みんな社員の言いなりになってあくせく働く。

 でも一人だけおっさんがいた。50代ぐらいの白髪混じりの初老のおっさん。若い奴らがテキパキと動く中、おっさんだけはノロノロしていた。それでも怒られている様子はなかった。社員は気にかけていなかったし、若い奴らも必死だったから、気にかける余裕もなかったのだろう。

 ノロノロとパイプを運ぶおっさんとオレは何度もすれ違う。すれ違うたびにオレはおっさんを見た。滝のような汗と苦悶の表情。仕方がなかった。オレだってきつかったし、他の奴らも似たようなもんだった。みんなひたすらにテントを運び建てた。

 午後3時ごろか。暑さが天井を迎えたころだ。おっさんがトラックにもたれたまま動けなくなった。社員がおっさんの周りでガヤガヤと騒ぐ。オレ達も集まって様子を見ていたが、社員たちに追い払われて作業に戻った。

 結局、おっさんは途中で帰ることになったみたいだった。おっさんは社員たちに頭を下げて、ヨタヨタと駅の方へ歩いていった。


 おっさんは帰り道で倒れて死んだらしい。


 次の週、オレはそのイベントに行ってみた。色々な地域のグルメが集まるというイベントだ。家族連れ、恋人、友達同士、色んなやつらが来ていて、すごく賑わっていた。

 みんな楽しそうだった。そうだ。確かにあの時あの場所には幸せが満ちていた。

 やがて日が暮れて、みんな帰っていく。そこにあったものが失われ、空虚が満ちていく。

 「今日は楽しかったね」

 母親が子供に話しかける。

 

 そうだ

 その通りだ

 今日は楽しかった

 そして、みんな明日には今日を思い出すことはないだろう

 その程度の一日

 その程度の幸せ

 みんなの幸せ

 小さな幸せ


終わり

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