108_宿敵
ルーシェは、迫りくる植物型の魔族たちを睨み据え、そっと手のひらに浮かべた光の玉を前方へ放り投げた。
淡い光の球は、薄暗い石畳のダンジョンを照らしながら、ふわりと魔族たちの間に降り立つ。まるで何かを告げる前触れのように、微かに脈動していた。
「なんだあ!?どんな攻撃かと思えば……拍子抜けだなぁあああ!!!」
植物型の魔族は笑いながら罵声を飛ばす。その顔には明らかな侮蔑の色が浮かんでいた。
だが、ルーシェの表情に揺らぎはなかった。
強い眼差しで魔族たちを見返し、静かに告げる。
「――早まらないで。私の攻撃は、これからが本番よ」
挑発を受け流すように言い放ち、ルーシェはひとこと、呟いた。
「シールド拡張」
その瞬間、光の玉が震えた。低く、唸るような音を立てながら、球体がみるみるうちに膨張していく。
「な、なにぃ……ッ!?なにが始まったぁああああ!?」
膨らむ光は、まばゆいばかりの輝きを放ち、石畳の天井や壁、そして恐慌に陥った魔族たちの顔を鮮明に照らし出す。影が伸び、空間全体を白く染め上げていく。
逃げ場を失った植物型の魔族たちは、壁と迫りくる光の壁に押し潰されるように圧迫され、目を見開きながらルーシェへと手を伸ばした。
「ち、ちくしょおおおおおおおおおおッ!!」
その断末魔が響いた直後――
ズンッ――!
巨大な光のシールドが炸裂し、怒号とともに魔族たちは音もなく消滅した。辺りに残るのは、微かな焼け焦げた香りと、静寂だけだ。
「す、すげぇ……!」
ギルドの精鋭騎士たちが、息を呑み、賞賛を漏らす。彼らの視線の先で、ルーシェはただ静かに息を整えていた。
ダンジョンに潜るまでの短い日々、彼女はただ一つのことだけを考えていた。
――姉を殺した魔族にどう立ち向かうか。
守るためにしか使ってこなかったシールドの力を、攻撃に転用するという逆転の発想。
それが、今、実を結んだ。
シールドの形状と大きさを自在に操る訓練を重ね、ようやく一網打尽にできるまでになったのだ。
「……これで、片付いたわね」
ルーシェは拳を握り、奥へと続く暗闇を見つめた。
「ようやく決着がつけられる……お姉ちゃんを殺した、あの魔族と……!」
その時――
「その必要はない。俺のほうから殺しに来たからねぇ」
横の石壁から、低くねっとりとした声が響く。
ゾクリ、と背筋が凍る。
――まさか。
ルーシェの心臓が跳ね上がる。振り返ると、石畳の壁の表面がぐにゃりと歪み、ぬるりと顔と胴体が現れた。
現れたのは――
姉・タナの命を奪った魔族、ケトス。
目の奥に潜む冷たい殺気が、ルーシェの身体を強張らせる。
口が乾き、声にならない悲鳴が喉の奥でくすぶる。
――そのとき。
カキィィンッ!!
鋭い金属音が空間を切り裂いた。火花が散り、鋭くとがった何かがはじき返される。
「まさか、あなたが自ら出てくるとは。おかげで奥へ行く手間が省けました」
静かな声とともに、ワイトが刀を抜き放ち、ケトスの放った舌の一撃を受け止めていた。鞘から引き抜かれた刃が月光のように鈍く輝いている。
「へぇ、やるねぇ。奇襲のつもりだったが、防ぐとは。少しは楽しめそうだ……」
ケトスがニヤリと笑い、ゴリゴリと首を鳴らしながら、石壁から完全に姿を現す。筋肉質な巨体がずるりと地面に立ち、空気が圧迫されるような気配が広がる。
ルーシェの胸に、再び闘志の炎が灯った。
――この魔族を、絶対に許さない。
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