39_託された思い

 すっかり変わり果てたエウノキ村の中を駆け抜けていたダンテは、ピタッと足を止めた。


「テラ……」


 目の前の胸を酷く抉られるような残酷な光景に、ダンテは、悲壮感を滲ませた顔をしわくちゃにさせる。


 彼の視線の先には、風が吹けば忽ち命の灯火が消えてしまいそうなテラの姿だった。血まみれで倒れる彼のすぐ後ろでは、村に侵入してきた昆虫型の魔物たちの亡骸が山積みになっていた。


 それを見て、ダンテは、察した。


 自分がこの村にいない間、テラは一人、村の人達を守るために、自らの命を賭して魔物たちと相手をしていたのだと。


 一人、これだけの魔物たちを相手にすることが、どれだけ辛く苦しいことか、そして、どれだけ勇気のいることであったのか、ダンテは想像するだけで胸が引き裂かれそうな思いになった。


 俺のせいだ。俺が、世界樹から落下しなければ、テラはこんなことには、ならなかったかもしれない。テラに一人、重役を背負わせることもなかったかもしれない。


 途端に、ズッシリと罪悪感がダンテの肩にのしかかった。


 テラは、瞼を少し開き長細い視界にそんな彼の姿を捉える。


「ダンテ……伝えなければならないことがある」


 テラの弱々しい声が響いた。その声にはっとダンテはテラの方を見た。


 テラは、残り僅かの力を振り絞り何か大切なことを伝えようとしている。


 ダンテは、倒れるテラのもとに近づき、彼の言おうとしている話を聞き逃すまいと耳を傾ける。


「ハンナがさらわれた。フエンという魔族が、あそこに連れて行った」


 テラがそう言ってゆっくりと腕を上げて指さしたのは、白神山に高くそびえる塔の形をしたダンジョンだ。


「ハンナが……」


 ハンナがさらわれたことを知り、ダンテは思わず彼女の名を口にする。


「俺はもうじき死ぬ。だから、頼むよ。ダンテ、俺の代わりに彼女を……ハンナを救ってくれ。頼めるのは、君しかいないんだ」


 彼の言葉を聞いて、ダンテは眉を寄せて叫んだ。


「そんなこと言わないでくれ!お願いだ!俺は、テラ、お前のことを救いにここに来たんだよ!生きて、一緒に、ハンナを助けに行こうぜ、なあ?」


 ダンテはそう叫ぶが、自分がいかに死に近づいているのか理解していたテラは、横に首を振った。


「それは無理だよ。自分のことは自分が一番分かってる。実はさ、俺……ハンナのことが好きだったんだよね。彼女に思いを伝えたかったんだけどね。それも叶いそうにないや、ハハ」


 テラは、そう言って湧き上がる悲しみを覆い隠すように微笑んだ。


 ダンテは目を閉じて奥歯をぐっと噛み締める。目を閉じても、次第に、彼の体内に流れるマナの量が減っているのを感じられた。ダンテ自身、彼の命が長くは持たないことに気づいていた。だけど、その事実を認めたくはなかった。


 自らの死を確信し彼女の救出を託したテラの気持ちを汲み取り、ダンテは覚悟を決めた。閉じていた目を開くと、真っ直ぐとテラの目を見て、ダンテは一言こう言った。


「分かった。必ずハンナを助け出す。約束する」


 ダンテの言葉を聞き、テラは安堵の笑みをこぼす。

 

「頼むよ、ダンテ」


 そう言うと、ゆっくりとテラは目を閉じた。






 ドォオオオオオオオオオオ!!!!!






 テラが目を閉じた直後、静寂を打ち破るように凄まじい衝撃波が、ダンテの斜め後ろにあった壁を粉砕した。舞い上がる砂埃に、影が蠢き声が聞こえた。


「やはり、生きていたか。この男を、あえて生かしておいたのは、正解だった。のこのことこの場所に来てくれた」


 砂埃から歩いて出てきたのは、カカだ。手のひらから衝撃波を放出し世界樹からダンテを突き落とした魔族であり、天のメンバーの一人でもある。


 しゃがんでいたダンテは、ゆっくりと立ち上がると、静かな憤怒の炎を体のうちに燃え滾らせながらカカの方に鋭い眼光を輝かせると叫んだ。


「お前だけは絶対に許さない、カカァアアアア!!!!!!!」

 

 それに対して、カカは、戦闘の構えをすると平然と答えた。


「ほざけ、これからお前が知るのは己の非力さだけだと知れ」

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