第5話

「ふぃ~。食った食った。余は満足ナリ~」


 昼食を食べ終えて、僕らは部屋に戻ってきた。

 荒川さんは床に座り、幸せそうな顔でポンポコお腹を叩いている。

 荒川さんの手料理は、二人分には多すぎた。

 僕が少食である事を除いても、四、五人分はあっただろう。

 そのほとんどを、荒川さんは一人で平らげていた。

 いつまでも見ていられるような、気持ちの良い食べっぷりだった。

 その結果、荒川さんのムチっとしたお腹はぽってりと膨らんでいた。

 ぴちっとしたTシャツの裾がまくれ上がり、煮卵色のお腹が覗いていた。

 荒川さんがお腹をポンポコする度、プリンのように揺れている。

 下には灰色をしたスウェット生地の短パンを履いていた。

 パンパンに張った太ももが根元近くまで露出して、僕には下着と大差ないように見えた。

 食い込んだウェストの上に、プニッとお腹が乗っている。

 お腹版絶対領域だと僕は思った。

 だらしない光景のはずなのに、不思議と僕は目を奪われた。

 幸せそうにポンポコお腹を叩く荒川さんの揺れるお腹を盗み見て、僕は静かに息を飲んだ。


「どうかした?」


 何気なく、荒川さんが聞いてきた。

 責める様子など微塵もなかったにも関わらず、僕はやましい気分になった。


「なんでもないけど……」

「嘘だぁ! あたしのお腹、ジッと見てたじゃん!」


 言いながら、荒川さんが膨らんだお腹をユサユサ揺らした。

 恥ずかしくなり僕は目を逸らした。

 ただのお腹のはずなのに、目の前でおっぱいを揺らされているような気分になった。

 僕は変態なのだろうか? と不安になったけど、女の子の剥き出しのお腹がエッチなのは当たり前だと思い直した。


「……よく食べるなと思って」


 照れ隠しにそう言った。

 そう思っている事は事実だった。


「食べるの好きなんだよね。てか小山食べなすぎじゃない? もしかして、美味しくなかった?」


 誤解されて僕は焦った。

 コミュ障だからすぐ焦ってしまうのだ。


「全然! 凄く美味しかったよ! 小食なだけ! いつもより、食べた方だよ……」


 悪い癖なのは分かっていた。

 だから途中で恥ずかしくなり、僕はトーンダウンした。


「あれで!? そんなんじゃ大きくなれないよ?」


 荒川さんに他意はない。

 わかっていても、僕はムッとした。

 平均以下の身長に、僕はコンプレックスを持っている。


「関係ないよ……」

「いやあるでしょ。あたしが証拠!」


 ポコンと大きくお腹を鳴らし、荒川さんが自慢気に両手を広げる。


「荒川さんは育ち過ぎだと思うけど……」


 嫌味っぽい言い方になってしまい、僕は後悔した。

 荒川さんが育ち過ぎなのは事実だけど、大きな背も、肉付きの良い身体も、Tシャツのプリントを変形させる巨大な胸も、桃太郎が生まれて来そうな立派なお尻も、ムッチムチの太ももも、全て僕には魅力的に見えた。

 ポッコリ膨らんだお腹すら、撫でてみたいと思わせる不思議な魅力を放っている。

 だからそんな、無防備なムーブは慎んで欲しい。

 嫌な気持ちにさせただろうかと僕はオドオドするけど、荒川さんは気にした様子もなかった。


「それな~」


 荒川さんがはみ出したお腹のお肉をプニプニつまむ。


「流石にこの腹はヤバいよね。マジデブい。ただでさえ太りやすいのに」

「ぼ、僕はいいと思うけど!」

「は?」


 空気が凍った。

 荒川さんの苦笑いに焦って、つい変な事を口走ってしまった。


「ぁ、ぃや、その、い、今のは、変な意味じゃなくて……」

「じゃあ、どういう意味なわけ?」


 ニヤニヤと、意地悪な顔で荒川さんが聞いてきた。

 焦りと恥ずかしさで僕は俯く。


「それは、その……。ふ、普通に可愛いなって……」


 荒川さんはキョトンとすると、お腹を抱えて笑い出した。


「あははは! なにそれ! 小屋ってデブ専?」

「ち、違うよ! 別に荒川さん、デブじゃないし! ちょっとムチっとしてるだけでしょ!」

「あはははは! そーだけど! 必死過ぎ! あはははは!」


 なにが面白いのか、荒川さんは爆笑しながら床を転がった。

 僕はなにも言えなくなり、キュッと唇を噛み締める。


「あはははは! ごめんごめん! 拗ねないでよ! フォローしてくれたんだよね? わかってるから。あたしも小山がちっちゃいの、可愛いと思ってるし?」

「そんな事、心にも思ってない癖に……」


 僕の頬が膨らんだ。

 荒川さんの言う通り、僕はちょっと拗ねていた。


「いやマジで。ここだけの話、あたしちょっとショタコン入ってるから」


 神妙な顔で言われても困る。

 なにを言ってるんだこの人は?


「あ、疑ってる? 電子書籍のショタ漫画コレクション見せてもいいけど?」

「いや、見たくないし。……一応僕、同い年なんだけど」


 どう考えてもショタと言えるような年齢じゃない。


「キャラデザの話じゃん! ロリババァってジャンルもあるでしょ? 見た目がショタなら年齢は関係ないから!」

「そ、それはそうかもしれないけど……。それ言われて、僕はどうすればいいのさ!?」

「小山が始めたストーリーじゃん!」

「なにが!?」

「デブ専だって!」

「言ってないよ!?」

「似たようなもんでしょ? だからあたしも言っただけだし。なんかちっちゃいの気にしてるみたいだしさ。意地悪で言ってると思われたら嫌じゃん!」


 荒川さんとしては、僕が気にしているからフォローしたという事らしい。

 だとしても腑に落ちない状況だけど。


「ならいいけど……」


 なにがいいのか分からないけど、とりあえずそう答えておいた。


「それはそれとして! 多分あたし、小山が可愛すぎて時々意地悪しちゃうと思うけど、そういう癖なだけだから気にしないで」

「気にするよ!? 普通にやめて!」


 真顔なのがガチで怖い。


「頑張るけど多分無理。あたしも小山がお腹とか太ももチラ見してても黙認するから、お互い様って事で!」

「ぬぁっ!?」


 グッと拳を握られて、僕は青ざめた。


「ば、バレてたの!?」


 言ってから、しまったと思って口を押さえる。


「そりゃバレるでしょ。バレてないと思ってるのは男子だけで、女子はみんなそういうの気付いているから」

「……ごめんなさい」


 恥ずかしい……。

 死にたい……。

 消えたい……。


「別にいいって。慣れてるし、それだけあたしが魅力的って事でしょ?」


 ダブルピースで荒川さんが笑いかける。

 許された気がして僕はホッとした。


「でーもー、たまにはあたしも良い目みたいじゃん? そういうわけで、意地悪させて? 勿論、ガチなのはしないから! 小山が嫌がってたらちゃんと空気読むから! お願いお願い!」


 荒川さんに両手を合わせて頼まれたら、イヤだなんて言えるわけがない。

 恥ずかしいので、ハッキリどうぞとは言えないけど。


「う、ぁぅ……す、好きにすれば……」

「公認キター!」


 荒川さんは両手を広げて喜んだ。

 勢いで、たわわな胸がバインと弾む。

 ふと真顔になり。


「てか小山、普通に危ないから。あたし以外にそういうのオッケーしちゃダメだよ?」

「わ、わかってるよ!」


 そもそもの話、そんな物好き荒川さん以外に現れるとは思えない。


「わかればいいけど。って事でお腹もこなれて来たし、この辺でちょっと運動しない?」


 唐突に、荒川さんがTシャツを脱ぎ出した。

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