第1話

 白球が雲ひとつない快晴の空に上がる。

「レフト!長谷川はせがわ、走れッ」

 キャッチャーの濱野はまの尊志たかしが叫んだときには、長谷川の頭上を軽く越えていた。―――間に合わない。

「いけ、梅」

 ピッチャーの内海うつみ雅貴まさきがマウンド上で大声を出していた。梅――梅本うめもと陽香はるかは、この野球チーム唯一の女子だ。ポジションは、センター。尊志は白球の落下地点を見やる。フェンスぎりぎり。センターの守備位置ですらない。でも。

 パンッ。

 子気味いい音と共に、ボールがグラブの中に吸い込まれた。

「ゲームセット」

 五対三。勝利だ。チームメイトがわらわらと雅貴の周りに駆け寄る。

「ナイスピッチング」

「何がナイスだぁ!」

 一番遠くにいたはずの陽香が、いつの間にか到着していた。

「う、梅本さん……」

 下級生たちが一斉に道を空ける。普段は優しく気も利く、いいお姉さん的存在だが、一度怒り出すと手をつけられるのは同じ最高学年の尊志と雅貴しかいない。

「内海、また最後気ぃ抜いたでしょ。集中力無さ過ぎ」

「梅の見せ場作ってやったんだろー。感謝しろって」

「何―っ!」

 一発叩こうと振り上げた腕をやすやすとキャッチした雅貴は、ぷんすかしている陽香を見て笑った。

「今日が俺らの最後の試合じゃん。俺はピッチャーで大分目立ったし、尊志は七回にホームランかましたし、あとは梅の活躍所欲しいなーって」

 満面の笑みでそう言われてしまい、陽香が納得しかけた時。

「いった!」

 雅貴が頭を抑えてしゃがみこんだ。涙目で振り向いた先には、眉尻を吊り上げた尊志が仁王立ちしていた。ちなみに右手は手刀型。

「お前、これが最後の試合ってわかってたよな?」

「おう」

「さっきの場面、梅本が間に合わなかったら負けたのもわかってるよな?」

「梅なら絶対取れるって、わかってたから」

 にかっと笑った雅貴の脳天に、陽香と尊志の手刀が落ちた。


 三人は大の仲良しだったが、住んでいる地域が異なり小学校が違うため、この野球チーム以外に接点は無かった。

「本当に、今日でお別れなんだね」

 中学では皆部活に入ってしまう。三人は進学する中学も見事にばらばらだった。

「俺たち、中学は違うけどさ。高校、同じとこ行こうぜ」

 尊志の提案に、陽香も雅貴も悲しみで歪んでいた顔を輝かせた。

「いいじゃん、それ」

「俺、勉強頑張るわ。頭良い梅に志望校落とさせるわけにはいかないしな」

「そーだよ内海っ。あんたは野球意外も頑張んなきゃ駄目。高校は・・・…星蓮高校目指そう」

 星蓮高校は、甲子園にも何度か出場している地元の高校だった。

「うげ。あそこ入学条件超難しくなかったっけ」

「雅貴が来られなくても、俺は行くからな」

「私もー」

「~~~っ。わかったよ、勉強するっつーの!」

 頭を抱えながら叫んだ雅貴を見て、勉強が苦手ではない陽香と尊志は大笑いした。

 このご時勢、学校が違うからといって、別に音信不通になったりはしない。雅貴のいる中学の野球部が県大会に出場すると聞けば二人は応援しに行ったし、陽香が英検二級に合格したときも皆でお祝いした。小学生のときから変わらず、夏には花火大会に行った。

 それでも、全員が星蓮高校に進学できるとわかったとき。嬉しくて嬉しすぎて、陽香は号泣し、雅貴は飛び跳ね、尊志はバッティングセンターでホームランを打ちまくった。

 嬉しくて、どうしようもなかった。

 ―――三人でいる時間が一番好きだったから。

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