第73話 ナイ

 頭に剣を刺された少年は、なおも笑っている。

 俺の嫌な時代の顔でだ。



「親しみを込め、姿で来たつもりなんだけどねぇ、いきなり刺すのかい? はっはっはっは狂っているよ君、大好きだ」

「………………」



 これが他人の姿であれば俺もいきなり攻撃はしなかった。

 突然現れた気配、昔の俺の姿、邪悪に染まる顔。

 全部に反吐がでそうだ。



「知能の高い魔物ね……目的はなに!?」



 アンジェリカが距離を取りながらも剣を頭に突き刺しても喋る奴に問いかける。



「それはこっちが聞きたいよ……君さぁいい加減に頭から剣を解いてくれない?」



 俺の剣が刺さったやつは顔を俺に向けた。

 なおも手に嫌な感触が伝わる。

 ソイツが見開いた目、白目がなく真っ黒で縦に金色が入っていた。


 部屋の中に暴風が吹き荒れた。

 何人かの悲鳴が聞こえるがそれに構わず力を込める。



「悲しいよ……人間君。こっちはこんなにも友好的というのにさ? いきなり刺し殺す。ん? 死んでないね。うん、こちらはこれぐらいは死なないんだけどさ、でも聞いて欲しいよ死なないだけで痛みはあるんだ、もうそろそろ力ずくで解除させてもらうよ」


 暴風の中耐えると、少年階の俺は諦めたポーズ〜とる。

 近くにいたアンジェリカが吹き飛ばされ壁にぶつかる音が聞こえた。

 それでも抜けない剣、ソレはお手上げポーズを取り始めた。



「まいった、降参だ」

「いいから死んでくれ」



 俺はそう言うと、水槍をと唱えた。

 足元の水球がソイツに突き刺さるも、気にしもしてない。

 出るはずの血は出なく手ごたえがない。



「解った解った、こうしよう君たちに危害は加えない、それでも駄目なら…………君以外死ぬよ」

「条件がある」

「この状況で? 君が? 人間が僕に? これほど譲歩してるのに?」



 言葉の通じる悪ほどたちの悪いものはない。

 俺がさんざんプレイした『マナ・ワールド』での悪役令息クロウベル。

 そいつはゲーム内でクウガ達に負けた時にクウガに謝罪をした、そしてクウガがあきれ果てて背を向けた所で斬ったのだ。


 助けられたアリシアがすぐにクウガを回復し、クウガは仲間を先に行かせ、残った俺の首を跳ねた。



「もしかしてお宝が欲しいのかい?」



 興味はあるが保険にはならない。



「ああ、そうか自分を殺せばお宝が取り放題か」

「クロウベル君!」



 アンジェリカが打ち付けられた壁から立ち上がり大きな声をだす。



「私は聖騎士隊副隊長アンジェリカ=アーカス、クロウベルくん……隊の安全のために、その交渉相手はこちらがするわ剣を抜いて……」



 抜かない場合はきっとアンジェリカが俺を攻撃してくるだろう。


 はぁ。ここまでか……俺は今すぐにでも昔の俺の顔を持つコイツを斬り殺したい。

 が、先ほどから一刀両断するのに力を込めているが剣も動かない。

 涼しい顔で俺に話しかけてくるし、こいつも本気を出していないのは面白がっているからだろう。



「アンジェリカ」

「何? クロウベル君」

「言葉が通じる敵もいる」

「これでも副隊長なんだけと、そんな悪党は沢山いたし切り捨ててきたわ」



 わかってるならいいか、俺は剣を抜くと傷の少年から目を離さない。

 流れるはずの血は流れなく傷口が見える。

 少年顔のソイツは傷を撫でると傷は綺麗になくなった。



「はっはっはっは、やっぱり君たち人間は狂っているよ。こんな姿の自分に切りつけるとかさ」

「化けるならもう少し違った顔にしたほうがいいだろうな……」

「そうかい? これでも気に入っているんだよ? 何も守れなかった男の顔さ」



 一瞬昔の事を思い出す。



「君はアーカスの子孫でしょ。顔が同じあれ? 聞いてない? アーカスの幼馴染の顔なんだけど……」



 ぶつぶつと少年顔の奴に俺はいら立ちを覚える。

 アーカスの幼馴染? じゃぁ偶然俺の転生前の顔だったって事か?

 そんなわけあるのか……はったりの可能性が高い。



「自己紹介ぐらいしたらどうだ?」

「ちょ、クロウベル君……交渉は私がするわよ」

「はっはっはっは、どうも自分は彼に嫌われているみたいだ。いいだろう、我が名はナイ」



 …………ふざけてるのか。

 名前がないとか、お前はどこぞの文豪の猫かよ。

 俺は剣の柄をそっと握りなおす、ふいうち以外で一気に距離を詰め外に持って行くか。



「違う違う違う。だから名乗りたくなかったんだよ! ああ、これもそれもこんな名前を付けたアイツが悪いだ。いいかい? ナ、イ。二つでナイ。もう一度いうよ。ナとイでナイだ」

「わかったわ……ナイ君ね。絶対に危害を加えない?」



 アンジェリカが諭すようにいうと、小さい舌を出してとぼけて見せた。



「殺すなら声かけない。そこのいきなり攻撃してきた彼と、君なら生き残るかもしれないけど……周りの人間は全部死ぬよ? それをしないって事は答えなんじゃないの?」



 他の聖騎士隊員がごくりと唾をのむのが聞こえた。



「要件はなんだ」

「おかしいな、彼に嫌われる事は何一つしてないのに」

「悪いな俺はその顔が嫌いなんだ」

「人間って嫌いな顔だけで人を殺すのかい?」



 ああ、そうだよ。俺がそういう前にアンジェリカから注意が飛んできた。



「クロウベル君、黙ってくれる?」

「…………」

「ごめんねナイ君。彼少し不機嫌みたい」

「不機嫌……はっはっは不機嫌なだけで殺人が正当化されるのか、面白い。うん、面白いよ! やっぱり魔物と一緒だよ君たち人間は」



 アンジェリカが少しきつい目で俺を見てくる。

 交渉が上手くいかないのを俺のせいにしてこないで欲しい……いや俺のせいか。



「例外もいるって話。ええっとナイ君はここに住んでるの?」

「住んでる? ああ、そうだね住んでるよ住んでる。この城は自分の城だし。自分の正体はね……」



 アンジェリカが驚くが、俺はそうだろうと思っていた。

 突然に現れる事が出来るぐらいに強い魔物でありながら俺が見た攻略情報に乗ってない敵。



「古龍だろ」

「………………君さぁ。どうして自分の楽しみを先に言うんだい?」

「もったいぶる必要もないと思ってね」

「そうなのか、なるほど忠告ありがとう。次はもっと早めに自己紹介するよ」



 アンジェリカが突然に膝を落とし頭を下げる。

 他の隊員も一斉に同じポーズをした。



「なにこれ?」



 ナイが俺に聞いてくる。

 俺はアンジェリカが頭を下げているようにしか見えない。



「古龍王とは知らずご無礼をいたしました」



 アンジェリカがそう言うとナイはもう一度俺に顔を見せてくる。

 その顔で俺を視るな。



「人間は王を神の様にあがめるって事だよ」

「ああ、そういえばそうか。人間の真似して城を作ったけど配下がいないからね。後に来る人間は勝手に城に入り部屋を探索するし、挨拶にもこない。王とは飾りと思っていたよ…………で、君は自分を崇めないの? ねぇ突然斬りつけた君だよ君」



 俺は剣を握りしめる。



「おーこわ。また刺される前に次にいこうか、アーカスの子孫達、楽にしていいよ」



 失礼します。といってアンジェリカが立ち上がる。他の隊員もアンジェリカに見習って立ち上がるが一歩後ろに引いた。



「自分としては、島の中で暴れる人間がいる。面白そうだから見に来たけど見に来て正解だったよ……人間の王は気分がいい時に何か褒美をだすんだっけ? そうだ! 君達、自分の騎士団になりなよ」



 飛んでも発言だ。

 天然で言っているのか計算で言っているのか。

 人間は王を神の様にあがめるのであれば、その命令は絶対だ。



「失礼ですが、すでに使える神はいますので……」

「なんだ、つまらない……じゃぁし――」



 俺はナイの首を跳ねた。

 いくら古龍でも人間に化けた状態で首を跳ねれば死んでくれるだろう。



「クロウベル君!?」



 ころころと転がった首を慌てて探す胴体。

 探し当てると切り落とした首をもう一度付け直した。



「いやだなぁ……じゃぁ幸せをって言おうとしたんだよ。何度も言うけど痛みはあるんだからねこれ」

「俺にはじゃぁ死んで。って言うのかと思ったけどな」

「…………ソンナコトないよ、うん。アーカスの末裔も面白いけど、君の方が面白い。配下になってよ」

「断る」



 ナイは「なんでだろう」と言っているが、その顔と行動が俺をいら立ちさせるからだ。



「じゃぁそうだ! 君達友達になってよ。うん、それだったらいいでしょ?」

「嫌だ」

「クロウベル君……ナイ様、私達であれば謹んでお受けします」

「本当!? 嬉しいなぁ、そこの彼は嫌みたいだけど」



 アンジェリカは立ち上がるとナイの前に立つ。

 相手は子供の姿であるが危険な存在なのに度胸があるな。



「じゃっナイ君にお願いがあるの」

「「ナイ君!?」」



 俺もナイもあまりの豹変っぷりに声が被った。



「だって友達に敬語って変じゃないの?」

「…………うわーこんな楽しいの何十年……何百年ぶりだろ」

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