第16話 やったー追放される! え、その前

 コツンコツンと机を叩く音が小さい部屋に響く。

 音を出しているのは慣れない眼鏡をかけては書類仕事をしてるスゴウベル、先ほどから義手をうまく使っては音を鳴らしているのだ。



「スゴウ兄、すこしうるさいよ」

「…………しかしだな、突然に家を出る。とはどういう事だ」

「ごく潰しはさっさと追放したほうがいいでしょ」



 クウガとの負けイベントを終えた俺は気分は晴れやかだ。

 過程はどうあれイベントを終えた。

 と言う事は俺は自由になったのと同じだろう。



 これで師匠を探しに行ける。

 5年前には揉めなかった尻。

 こぼれそうですね、と手で支える事が出来なかった胸。

 熱いのが苦手、あーんしましょうか? と言えなかった食事。

 攻略ページには書いていなかったスタイル抜群の裸体。


 全部含めて攻略できるのだ。

 そんな気持ちを抑え当主代理であるスゴウベルへと話に言ったのだ。



「もしかして、あーあれか? 俺様がお前を追放したいと思っていると思ってるのか?」

「うん」

「………………ちっ。そんな事最近は思っていない」

「冗談だよ」



 昔は思っていたらしい、いや知ってるけどね。

 虫を食べさせようとしたり、意味もなく殴って来たり愛人の息子は出て行け。などなど。

 ちなみに愛人じゃなくて第二夫人なんだけどさ。


 結果的に俺がスゴウベルより強くなった事でそのバランスは崩れた。



「まぁお掛けで俺も強くなったんだし、感謝してるよ。それにほらこれを見て」

「……これか。噂の『負けましたの証文』か」



 俺はカール爺から借りた証文をスゴウベルに見せた。

 これでスゴウベルは俺をスタン家の恥として追放しやすくなるだろう。



「そうそうそうそう、いやぁ彼はクウガは強かった。彼の一撃が目にも止まらない速さで振りかかると俺は思わず風圧で尻もち着いたぐらいだし、そこに彼の優しやが、なんと風圧で俺の紙風船がパカンっと二つに。ちびる前に逃げたってわけ」



 と、いうわけで。と俺は一息ついてさらに畳みかける。



「この証文はスタン家によってハジだろうし、いい機会とおもうだ」

「俺が聞いた話と違うな。寸前の所で見切って故意に負けた。と」

「ゼンゼンソンナコトナイヨ」



 スゴウベルは義手で机を叩くのやめて「わかった」と言ってくれた。



「どうせお前の事だから、メル先生様を追いかけて黙って出て行くのかと思っていたからな、逆によく5年間も家にいたな」

「まぁそれは色々ありまして」



 師匠の弟子としてあまりにも情けないのは師匠の顔が潰れるしイチャイチャするのにも弊害へいがいがある。


 師匠と弟子の関係としては最適であるが、攻略というのにはちょっと弱すぎる。


 それにだ。

 5年間の間に『マナ・ワールド』の事ももっと知っておきたかった、ゲーム内ではなく現実として。


 丁度ゲーム開始からの大きな流れなどは知っているけど、ゲーム開始前は何も知らない。

 ほいほいと出て行くのは危険すぎる。



 

「実はお前はメル先生様じゃなくて、もしかしてアリシアの事が好きなんじゃ? と思い始めてな。アリシアがせっかく頼って来てるんださっさと襲えばいいのに。と、お膳立てするつもりが無駄になったな」



 でたー!

 貴族特有の平民に人権はない! あるのは性別、さらに女であれば豊満な体だけだ! 精神。


 ちょっとだけ憧れる、ゲームプレイでも完全な正義ルートよりも悪人ルートのほうが面白い作品は山ほどあるし。


 逆に主人公のクウガに転生しなくてよかった。まである。

 『マナ・ワールド』のクウガルート、実はハーレムの呪いなだけあって誘惑が多い。




「俺とアリシアはあくまで旧友。それにヒロインは主人公とくっつくのが一番だよ」



 正直な話をするとアリシアの事は嫌いじゃない。

 だって転生前の俺が一目ぼれして強引に襲うぐらいだよ、結局はゲーム内では未遂で終わって仲間思いのクウガによって殺されるぐらいだし。


 クウガ視点で言えば殺して当然なのかもなんだけど、俺視点でいえば別に殺す事もないよね。とちょっと引く。


 こっちは仮にも貴族のそれも当主だよ。

 それを殺して逃げ、最後には屋敷に火をつけるんだから、本当にお前主人公か? と。



「よしわかった。正式に追放しよう、王都にいる親父には手紙を送っておく」

「助かるよ」

「……の前にだ。そのクウガ達に地下下水道の案内を頼む」

「え。やだ」



 スゴウベルが再び机をトントントンと叩きだした。



「じゃっ話は終わりと言う事で!」

「おま、よくこの状況で帰ろうとするな……こっちは不機嫌だって言うのに。最後の当主命令だ」

「うっ…………いやでも、ほら追放されるわけだし。無関係というか」

「まだ追放はしてないけどな。お前と酒を飲むのも最後かと思うと……兄としての願いも聞いてもらえないのか」



 泣き落としで来た。

 いやそりゃ……卑怯だ。



「卑怯だ!」

「俺が何年も……」

「泣いても仕事は受けない」

「この兄が頭を下げて頼んでもか……」



 ふんぞり返ってるだろうに、あーーー仕方がない!



「わかったよ」

「さすがは良く出来た弟だ」



 ――

 ――――



「えー……それではこれから地下下水道の案内をします」



 来たくもない街はずれの一角に、俺は立つと声を絞り出す。

 目の前にいるのは、クウガ、アリシア、ミーティア、クィルの4人。



「どうも、わざわざありがとうございます。クロウベルさん」



 クウガが代表して俺に頭を下げて来た。

 なんだろう、声と内容は普通の事を喋っているのに、何か殺気がこもってない? 


 気のせいだよね? 俺ちゃんと負けたよ? 君の事を全員に凄い奴だって広めたよ?



「まぁその力試しだっけ? 古代ミミズはいるとは限らないけど……地下2階までなら比較的安全なので」

「経験と仕事です。貴族の様に遊んで暮らしてはいけないので」

「あっそう……」



 ギルドの地下下水清掃の仕事かな。

 危険な仕事で……っても今は比較的安全だ。


 流石に5年前にあんな事があったのに完全放置。とはならないし。

 古代ミミズとか間違って街に出たら危険だしね、冒険者ギルトやスタン家、さらには他の有力者から金を出し合って少しの整備もした。



「では、僕達が先行しますので。クロウベルさんは後ろから、道を迷ったらお願いします」

「あ、はい」



 クウガが先頭にその横には先ほどからストレッチをしていたミーティア。弓の整備をしているクィルが続く。

 一番後ろにいるアリシアの側に近づくと俺はこっそり話しかけてみた。



「ええっと……アリシア。彼は何であんなに怒っているのかな?」

「本気でそれ言うの?」

「え。本気だけど」

「んーーーーー」



 アリシアが考えているとクウガは振り向いた。



「アリシア! この先の案内教えて欲しい」

「だって、お話は後だね」



 答えを言う前にアリシアはクウガの隣に行った。

 うう……胃が痛くなる。

 

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