1―33.その色彩の意味は

「ところで、リオンくん……その……」


 いつまでも座り込んでる訳にはいかないと立ち上がり、ズボンに付着した土を落としていると、メルフィさんが遠慮がちに声をかけてきた。

 なんだろうと顔を上げて、メルフィさんのみならず皆の視線がある一点に集中してるのが分かった。

 そう、青みがかった銀髪に。


「……っ」


 反射的に頭を隠そうとしてぐっと堪える。

 大丈夫。ギルくん達になら本当の自分を見せても大丈夫。

 震える身体を叱咤しつつ、己の青い瞳を皆に真っ直ぐ向ける。


 とうに日は落ち辺りは暗い。雲の切れ間から覗く月だけが世界に優しい明かりを灯す。

 月明かりが導くように青みがかった銀髪を照らし、その光沢を放っている。


「拐われた原因はそれか」


 ギルくんの静かな問いにゆっくり頷いた。


 青みがかった銀髪と青い瞳。この特徴は神の色と言われている。

 『聖魔物語』に登場する聖人が同色の髪と瞳を持ち、尚且つその色彩は神と同じ。故に、青みがかった銀髪と青い瞳を持つ者は神の色を纏う天の使者と世間では信じられている。


 そんな特別な存在を前にしたらヒトはどんな行動に出ると思う?

 神が降臨したと崇め奉るか?

 普通とは違うからと排除しようとするか?

 利用価値を見出だして取り込もうとするか?

 答えは、全部。

 この色彩は多くの人に狙われる。それこそ日常生活もままならぬほどに。


 5年前の事件で誘拐されたのもこれが原因。

 世間で特別視される存在だと知った組織が、ある目的のために誘拐した。様々な人を巻き込んで。

 まぁ、結局その目的は果たされず、未だに黒幕も捕まえられていないんだけど。


 教会もこの色彩を持つ者を狙う組織のひとつ。もっとも、利用や排除ではなく、安全のために保護するって名目だけどね。

 向こうは狙ってるつもりがなくとも、信仰対象に近しい存在を保護して管理するなんて実質軟禁だもん。当人からすれば他の組織と大差ないよ。


「赤ん坊の頃、父さんに拾われたんだ」


「……っ!」


 今の言葉に込められた意味に気付いた3人が息を飲む。

 もしも血の繋がった親子ならば、狙われる確率はずっと低かった。神の色を纏っていても人の子である確かな証拠があるから。

 でも孤児はそうではない。誰が産んだか分からない、人の子である証拠がない。

 だからこそ、狙われる。


「ごめんね、皆。僕の事情に巻き込んじゃって。……今後もこういう事態に陥る可能性は高いし、やっぱり僕とは一緒にいない方が……」


 皆を見ていられなくて自然と俯く。

 大事な皆を危険に晒すくらいなら、いっそ独りでいた方がいいんじゃないか。皆と出会う前みたいに……


 ティアナさんが勇み足で僕へと近付く。怒ってるのかもしれない。大変な事件に巻き込むんじゃないわよって。殴られても仕方ない……

 すぐ目の前にティアナさんが来た。

 しかし、僕の予想に反して手も足も飛んでこない。代わりに、両手で頬をがしっと掴まれて無理矢理顔を上げさせられる。

 そこには、眉を吊り上げた怒り顔ではなく、仕方ないなぁとばかりに口元を緩めた穏やかな顔があった。


「バーカ。今更離れてなんてやんないわよ」


 ぱちんっと軽い音を立てて額を叩かれる。全く痛くない。

 見れば、メルフィさんもギルくんもその通りと頷いて口角を上げている。


「最初に手を差し伸べてくれたのはリオンくんだよぉ?それに、私達の事情にも巻き込んじゃったし、お互い様~」


「部外者になるつもりはねぇからな」


 ……無理だ。もう独りになんて戻れない。

 甘い毒はとっくに全身に回っていた。依存性の高い危険な毒が、知らず知らずのうちに己を蝕んでいた。

 皆の優しさに触れるたびに僕の心の弱い部分が丸裸にされていく。

 いつか僕の全てを暴いてしまいそうなその力強い優しさが、恐ろしくも頼もしい。


「……っ」


 静かに涙を流す僕を、全て悟ったような眼差しで見守る皆の目は温かかった。



◇◇◇



 涙も止まって落ち着いた頃、髪と瞳を普段の茶色に戻す。


「もうじき騎士団が到着するはずだよ。彼女の身柄は彼らに渡せばいい」


 若干鼻声だけどそこには触れずにメルフィさんが小首を傾げた。


「あれ、魔法鳥飛ばしてたっけ?」


「移動中にね。万が一に備えて飛ばしておいて良かった」


 魔力が封じられるのは想定外だったけど、ルッツくんを盾に何かしら仕掛けてくると予想して救援要請を出しておいたのだ。

 だからもし僕らが彼女に敗れても、騎士団が捕縛していただろう。


「リオン」


 どこか改まった態度のティアナさんとメルフィさん。


「司祭様にもシスター様にも絶対言わない。この秘密は墓場まで持っていく。約束するわ」


「血判契約を交わしてもいいよぉ」


 血判契約とは文字通り血の契約だ。秘密を漏らしたら命を落とす、国が管理する契約方法。

 そんな危険を侵してまで僕の秘密を守ろうとしてくれる。本気だというのが痛いほど伝わってきた。嬉しいけど、少し申し訳ない。

 皆を信用してるから血判契約なんてしなくても大丈夫。でも危険な契約を交わす覚悟を固めさせてしまった。


「謝んなよ。俺らは自分の意思でお前と関わるって決めたんだから」


 ギルくんに先回りされてしまった。僕の思考筒抜けかな??

 ならばと、謝罪の代わりに感謝の気持ちを伝える。満足げに笑っているからこれで正解だったみたい。


「にしても、ソフィアだったかしら?この女の目的は何だったのかしらね」


「リオンくんの知り合いみたいだけど、動機とかって分からない……よねぇ、さすがに」


 動機は何とも言えない。けど、ひとつだけ分かっていることがある。

 彼女の行動理念は一貫して主のため。

 だから、バックにあの人がいるのは間違いない。


 禍津結晶がもたらす結果があの人の望みとは考えにくいから、どこぞの組織を隠れ蓑に潜伏している可能性が高い。

 その組織は恐らく5年前に暗躍した例の組織だろう。隠れ蓑に使う代わりに組織の目的を代行して果たしたとも考えられる。

 彼らの間でどのような取引が行われたにせよ、重要犯罪を侵したのだから死刑は免れない。否、今回の件に関与してなくとも彼女らはとっくに死刑判決が出ているけど。


「来たな」


 ギルくんが眉をぴくりと反応させる。

 索敵範囲に統率のとれた人の集団が進入してきたからだ。

 やがて姿を表したのは予想通り騎士団だった。


「第4騎士団特殊部隊隊長のマクシム・レドルと申します。この度は国賊を捕らえて頂き感謝致します」


 僕らに頭を下げ、テキパキと部下に指示を出すマクシムさん。

 彼女に魔封じの枷を取り付け、未だ寝転けているルッツくんと一緒に護送用の馬車と予備の馬車へとそれぞれ運ぶマクシムさんの部下達。


 と、そこでふと気付いた。騎士団を見るティアナさんの表情が硬いことに。


「第4騎士団……表に出てこない、国の影とはまた別の超精鋭部隊。実在してたのね……」


 第4騎士団は表舞台には滅多に現れない。故に幻扱いされる。

 本来繋がりを持つことなど一生ない特殊部隊との邂逅に緊張している様子。


 粗方ここでの仕事を終えたマクシムさんは部下を馬車へ同乗させ、再び僕らに向き直った。


「それでは、リオン様。並びにブレスト殿、フィレム殿、カーター殿。大変恐縮ではございますが、ご同行願えますでしょうか」



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