1―31.罠
僕らが足を踏み入れたのは、お馴染みの北の森だった。
低級の冒険者や魔物に遭遇することもなく、不自然なほどあっさりとルッツくんを発見。
「なんとまぁ、暢気に眠りこけちゃって……」
「強制的に眠らされてるだけだねぇ。闇属性の魔力を感じるもん」
とっとと叩き起こそうとルッツくんに近付くティアナさん。
しかしそれを阻むように鈍く光る何かが飛んできた。
ティアナさんはひらりと軽く避け、飛んできたナイフは地面に刺さる。全員が警戒度を上げる中、この場に姿を表したのは貴族家の使用人然とした女性。
「まったく……余計な手間かけさせるわね」
ダークブラウンのポニーテールが歩を進める度に左右に揺れ、冷淡な炎を宿したサファイア色の瞳で視線を突き刺す彼女は、ルッツくんの専属侍女だった。
「こっちの台詞なんだけど」
今にも舌打ちしそうな顔で吐き捨てるティアナさん。
「正直、この子供で釣れるかは賭けだったけど……引っ掛かってくれて良かったわ。じゃなきゃ殺してたもの」
魔法で眠らせているルッツくんの背中を蹴る彼女に目を吊り上げるティアナさんだが、冷静さを保つためか一度深呼吸してから口を開いた。
「わざと引っ掛かってあげたのよ。それで?禍津結晶をいくつも仕込むなんて、この国を滅ぼしたいわけ?」
ルッツくんの専属侍女は上品にくすりと笑う。
「あらやだ、稀少な禍津結晶を初めから大量に使う訳ないじゃない。最初はひとつだけだったのよ?ひとつだけでも十分スタンピードになり得るもの」
通常ならね、と続ける。
誰かさんが多くの魔物を間引いたせいでスタンピードは発生ならず。仕方なく隠れ蓑にしてた貴族家の坊っちゃんを利用して足止めしてる隙に予備の禍津結晶をばら蒔いたのだと言う。
しかしその後全ての禍津結晶が奪われて北の森は元通り。
国の手に渡ってしまった禍津結晶も取り戻せず、実戦授業が再開される始末。計画を進めるのが非常に困難となった。
そこまで聞いて冷や汗がつぅっと流れる。
とても……身に覚えがあります。
「誰の仕業なのか、調べなくともすぐに分かったわ」
僕達を冷ややかに一瞥する。正確には僕とギルくんを。
「幻想の魔導師と赤狼さえいなければ、今頃王都は魔物の住み処になってたでしょうに。計画が台無しだわ」
「だから、その計画を実行するために始末しようって?」
ご名答、と目を細めてうっそりと笑う侍女。
ギルくんが胸糞悪いと言わんばかりに眉間のシワを深く刻む。
「そう簡単に殺せるとでも?」
「だからこそコレがいるんじゃない」
コレ、とルッツくんを見下ろす。
「人質って訳ね……」
忌々しげに眉をしかめるティアナさんをよそに、メルフィさんが静かに問いかける。
「そうまでして国を陥れたいのぉ?」
「必要なものを手に入れるために利用しただけよ。結果的にこの国が滅んでも別に構わないけど」
彼女が欲しているもの。それが分からない。
禍津結晶を利用して得られるものなんてあるのかな?と少し考えてみる。
思い出すのは禍津結晶の特徴。蛇龍の鱗を結晶化させるときの条件次第で効果が変わるが、今回のは竜脈の凝固した魔力を吸収して空気中に吐き出すというもの。それも元々の鱗の持ち主である竜種の魔力。
結果、溢れた竜種の魔力に当てられた魔物が暴走する。最悪スタンピードが起こる訳だ。
森や街、人的被害等を省けば素材を大量に入手できる最高のイベントではあるけど、彼女が求めているのは魔物の素材ではない気がする。
とすると、生き物の体内に宿る魔力?空気中に漂う魔素?いや、どっちもわざわざ危険な禍津結晶を使う意味がない。もっと簡単な方法で入手できるはずだ。
「……何が、欲しいの?」
「形なき自由、形なき不自由。誰もが持っていて、誰もが手放したいもの。手放したくとも手放せないもの。とでも言っておくわ」
半ば独り言に近い問いかけに返ってきた答えは謎かけのような意味深な言葉。
自由で、不自由。形はない。誰もが持っていて、手放したいけど手放せない何か。
うーん、ますます分からなくなってきた。
「禍津結晶を使ってる時点でまともな目的じゃないでしょ」
焦れたティアナさんが予め準備していた魔法を放つ。
鋭利に尖った氷柱が全身に降り注ぐが如く侍女に襲い掛かる。
しかしそれは侍女の身体を傷つける直前に霧散した。
「そこの赤髪を除いて魔法に秀でた集団なのはもう調査済みよ。何の対策もしてないとでも思って?」
侍女が懐から取り出したのは懐中時計。否、パッと見懐中時計にしか見えない魔道具。
蓋が開き、中に刻まれた紋様をなぞるように淡い光が中空に螺旋を描く。
「魔封じの道具ね。用意周到だこと」
「この魔道具は優秀でね。ただ魔法を使えなくするんじゃなく、構築途中の術式も予め発動していた術式も全て無効化するの」
どくん。
心臓が跳ねた。
「……だから、」
足首に仕込んでいた刃物をルッツくんの首に宛がい、僕らの動きを制限するとともに僕へ向けてナイフを投擲する。
いつもなら軽く避けられる速さで投擲されたそれは、動揺のあまり反応が遅れた僕をいとも簡単に捉えた。
銀色の軌跡を描いて襲ったのは僕自身ではなく、日頃常に深く被っているフード。
あっと気付いたときにはもう遅く、ビリッと破ける音とともに頭部が露になった。
中途半端に破れ役目を果たせなくなったフードを見て唇を三日月に歪める侍女。
夕闇が辺りを覆い尽くす中、どこか冷ややかに、されど瞳の奥に熱を秘め、それでいて艶やかに嗤う。
それは、あの日の、彼女のように。
「隠しても無駄よ。
彼女の視線の先にいるのは、どこにでもいるごくありふれた茶髪に同色の瞳を持つ少年ではなく。
夕日に照らされても尚燦然と輝く青みがかった銀髪と、宝石を嵌め込んだような青い瞳を持つ少年だった。
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