1―27.治療院勤務と魔道具作り

「それにしても、全っ然似てないわね」


 王宮に行った次の日の昼休み。

 いつもの裏庭で、昨日のことを思い出したティアナさんがお弁当を食べながら言った。


「見た目はね。あ、でも頭使うのが苦手なとこが瓜二つってよく言われるよ!」


「喜ぶとこじゃないでしょそれ……」


 呆れられてしまった。

 だ、だって、親子で似てるところなんてそれくらいしかないから、良くない部分だって言われても嬉しくなっちゃうんだよぅ……


「でもびっくりしたよぉ。あの魔導師団長と幻想の魔導師が親子だなんて知らなかったもん」


 野菜オンリーなお弁当をつつくメルフィさんが意外そうに目を瞬かせる。


「隠してる訳じゃないんだけどね……」


 大方、あの人が情報規制してるんだろう。

 僕の存在を快く思っていないのは知ってるし、情報操作できる立場なんだから不思議ではない。


 最後の一口を水で胃に流し込み、小さく息を吐いた。

 昼食を摂るのにも少し慣れてきた気がする。

 激苦薬草パンっていいね。1日に必要な栄養の大半をこれだけで賄えるんだもん。

 何故か購買でワースト3に入る超絶不人気商品だけど。


「手掛かりは掴めたのか?」


 2つ目のパンを食べ終わり、3つ目のパンへと手を伸ばすギルくんが不意に問いかけた。

 禍津結晶を埋めた犯人のことかと悟ったティアナさんらも耳を傾ける。


「うん。犯人は女性だよ」


「どうやって調べたか、聞いても?」


 調べて分かったことじゃなくて、証拠が向こうから突撃してきたんだけどね。


 実は僕らが帰った後、怪しげな格好をした人物が王宮に不法侵入した。

 魔導師棟の素材保管室に向かっていたことから狙いは魔力を抜いた鱗の結晶だと推測。

 鱗の結晶は稀少な物だから取り戻そうとしたんだろう。

 残念ながら犯人には逃げられてしまったが、交戦した騎士の証言では明らかに体格が女性だったとのこと。

 逃亡直前に左腕に怪我を負わせたそうだけど、治癒魔法で治されたら特定はほぼ不可能。

 幸いにも鱗の結晶は盗られずに済んだ。でも結果的に王宮の警備が厳重になっただけな気もする。


 副団長によれば、犯人の特定はできず終いだけど、ある程度候補は絞れたそうだ。

 犯人は元王宮関係者。

 王宮内部を知っていないとまず使えない侵入経路を使い、魔導師棟の一番警備が手薄な場所から素材保管室に向かおうとしていたそうなので。

 使用人含め、現在王宮への出入りが許されている者を洗い出して犯人と特徴が近い女性を中心に調査した結果、全員シロ。そこで過去の王宮関係者にそれらしい人物がいないかを調べている真っ最中だ。


 ただ、犯人が見つかっても蜥蜴の尻尾切りになる可能性大。貴族が味方についていて、それも他国の貴族だった場合はより厄介な事態になる。

 コルネリアを狙う国はそこかしこに存在する。こちらで把握してる他国の間者の中に怪しい動きがないかもチェックしているがそれらしき痕跡はなし。

 貴族の命令で動く鼠か、貴族を味方につけた愚者か、はたまた共謀か。

 いずれも過去に事例があるだけにないとは言い切れない。


「逃げ足の速いことで」


「まぁ、犯人が元王宮関係者の女性だって分かっただけでも進歩なんじゃない?」


 ティアナさんが舌打ちし、メルフィさんがまぁまぁと宥める。


「あの、メルフィさん。ちょっとお願いがあるんだけど、いい?」


「私?リオンくんからのお願いなんて珍しいねぇ。私でできることなら何でもするよぉ」


「えっと、じゃあ……今日だけ臨時で治療院で働いてもらえないかな?」


 実は、犯人は攻撃用の魔道具を使ってたんだけど、犯人と戦った騎士数十名と魔道具の余波で怪我を負わされた使用人の治療のために、治療院の魔導師が今日1日王宮勤務に変更になったのだ。

 全員が王宮勤務になる訳じゃない。でも治癒魔導師は宮廷魔導師団の中でも少数で、常に人手不足。1人異動するだけで治療院が大変なことになる。

 そこで、治癒魔法を修めているメルフィさんの出番。


「王宮に常駐してる治癒魔導師はいないの?」


「いるよ。1人だけ……」


「たったの1人!?王宮なのに!?」


 皆が驚く。うん、そんな反応にもなるよね。


「基本王宮から出ない魔導師団長も副団長も治癒魔法を人並み以上使えるし、他の団員も小さな怪我なら治せるから、今まで1人だけでも余裕でやってこれたんだ」


「それが昨日の件で人手不足になっちゃったんだね。いいよぉ。治癒魔法の勉強にもなるしねぇ。ただ……知っての通り、私、教会の人間だから。治療院に来た怪我人に受け入れてもらえるかどうか……」


「そこは大丈夫。団長と副団長の連盟で推薦状を出しておいたから。何か言われたらそれを見せればいいよ」


 表情に影を落とすメルフィさんに大丈夫だと太鼓判を押す。

 それを聞いてホッとひと安心するメルフィさんだが、すぐに怪訝そうな顔に。


「……用意周到だねぇ。何か企んでる?」


 フード越しに頭を掻く。

 あはは、気付かれちゃったかぁ。


「今回の件がなくても治療院は常に人員が不足しててね。できれば今日だけと言わず可能な限り働いてほしいなって」


 両手を合わせてお願いしたら「仕方ないなぁ」って顔で笑みを浮かべた。

 実際に治療院で働いてみて、それから決めると言ってくれたよ。

 治療院勤務の魔導師は仕事に対しては厳しいけど、人種差別なんてしない優しくておおらかな人柄だから、すぐに打ち解けるんじゃないかな。


「じゃあメルフィが治療院でバイトしてる間は魔道具作りに専念できるわね。リオン、放課後ちょっと残りなさい」


「うぇっ!?あ、はい」


 お弁当を食べ終わって爽やかな果実水で口の中をさっぱりさせたティアナさんが僕をチラリと覗き見る。反射的にぴしっと背筋を伸ばした。

 多分、僕がリクエストした魔道具のことだろう。素材提供、忘れてませんとも。ええ。



◇◇◇



 そして放課後。

 メルフィさんが治療院のバイトへ、ギルくんが昨日の依頼達成報告に冒険者ギルドへ行く中、僕とティアナさんは空き教室で魔道具作りと洒落こんでいた。

 正確には僕が素材を出してティアナさんが魔道具の調整をしてるんだけども。


「もう土台は完成してたんだ?」


「ええ。あとはリオンが言ってた、触れずに魔力を吸い取って発動する機能をつけるだけね。それが難しいんだけど」


 前に貰ったランタンよりも丸みがあり、淡い宝石を散りばめたようなどこか温かみのある装飾が目を楽しませてくれる。

 凄いなぁ。これ全部ティアナさんの手作りなんだよね。凝り性というか何というか。


 凝り性といえば、空き教室を借りたのもそう。

 僕を気遣ってくれたのもあるけど、一番の理由は危険な素材を扱うため。

 魔力に干渉できる魔物素材って一歩間違えば危険な物もあるからね。

 心配性なお姉さんがいるとそんな素材に触れられない。鬼の居ぬ間に危険な素材を好きに使おうって魂胆です。

 危険な素材を使ってでも完璧に仕上げようとするその心意気には舌を巻く。


 魔力に干渉する魔物素材を加工して取り付けては首を横に振るの繰り返し。

 時折「方向性は間違ってないのよね……」とか「素材に問題が?それとも術式の方?」とかブツブツ呟いて微調整をしているのをぼんやり眺める。

 暇だ。とてつもなく暇だ。素材を収納から出すだけで素材の加工も魔道具の調整も全部ティアナさんがやってるから暇で仕方ない。

 何か手伝おうとしてもティアナさんがやってるのは僕が苦手な細かい作業なので無理。

 術式を紙に書き起こしたり加工した素材を内部に組み込んだりと小難しそうなことを嬉々としてやるティアナさんの思考回路が理解できないよ。

 何もすることないからと収納から出したとっておきのコレクションを鑑賞する。


「……石、じゃないわね。魔石?それをどうするの?」


 作業に集中しつつこちらの様子も窺っていたティアナさんの質問に「どうもしないよ」と答える。


「綺麗なものをただ見てるだけ」


「ああ、例の魔石コレクション?魔物の心臓とも言われるものを集めるだなんていい趣味、ね……」


 瓶の中に浮かぶ魔石を見て脳天に稲妻が走ったような衝撃を受けるティアナさん。

 そして何かを閃いたティアナさんが椅子を蹴倒す勢いで立ち上がり、僕の持つ魔石入りの瓶を指差す。


「そうよ……それよ!それだわ!」


「そ、それって?」


「物を浮かせる魔法!なんで気付かなかったのかしら。設置型だと地面から溢れる竜脈が干渉して上手く魔力を自動吸収できない。でもあの魔法で常時浮かせてヴァンパイアスネークの牙とシルフハウンドの魔石を組み合わせれば……!」


 重力魔法の術式を僕から半ば強引に聞き出して書き起こし、加工済み素材を使って何やらごそごそして……と作業すること数十分。

 僕のリクエストした、魔力を自動吸収して発動する魔道具が完成した。


「前は設置型を考えていたんだけど、それだと竜脈から流れる魔力が建物を伝って自動吸収する性能を妨害しちゃうから浮遊型にしてみたわ。ヴァンパイアスネークの牙は傷をつけた対象の血を吸う効果があるの。風の魔力を司るシルフハウンドの魔石と融合することでその効果を血ではなく魔力を吸うものに転じ、同時にシルフハウンドの魔石効果の風を薄く広げ対象者の魔力に触れることで発動する仕組みよ。ふふ、やりきったわ!」


 達成感に満ちた笑顔で長々と丁寧に説明してくれてるところ申し訳ないけど、専門的なことを言われてもさっぱり理解できません。

 魔物素材の特性とか興味ないから覚えてないです。

 でも、こんなにも時間と労力を使ってまで僕のために作ってくれたことは凄く嬉しい。


「ありがとう、ティアナさん。大事に使うね」


 照れ隠しなのかそっぽを向いて「壊すんじゃないわよ」とぶっきらぼうに言う。

 副音声で「喜んでくれて良かった」と聞こえたのは、きっと気のせいじゃない。



 様子を見に来たエド先生に下校時間が迫ってるので早めに退出をお願いしますとやんわり注意され、そこで初めて大分日が傾いていることに気付いた僕らは慌てて片付けて帰宅した。


 さっそく使ってみようと枕元にふわりと浮かせたら徐々に眠気が襲ってきた。

 重力魔法を維持するために常時魔力を吸収する浮遊ランタンだけど、睡眠導入効果は一定時間のみ。

 おかげで今度は寝坊することなくスッキリ起きられたよ。




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